« 「餃子の王将」がブームらしい | トップページ | 「ゆるさ」をつくる。「のりしろ」をつくる。 »

2009年7月 2日 (木)

詰まれてうれしい人はいない

 というのを忘れてしまうんだよなあ。コンペにしてもなんにしても、理屈で相手を兵糧攻めにして出口をなくしてしまうことは、純粋に戦略的に見ても得策ではないんだけど、会議をしていると、みんなそのことを忘れてしまうんだよなあ。この出口を閉じて、あの出口を閉じて、その反論も封じて、よしっ、これだけやれば受け入れるしかないでしょ、って、そこまでされたら受け入れられるものも受け入れられなくなっちゃいますってば。

 将棋ってあるじゃないですか。あれは、こういうルールの中でお互い競い合いましょ、っていう合意があるから成り立つわけで、だから、あっ、詰まれた、もうあかん、ってなったとき、参りました、と爽やかに言えるんですよね。

 でも、コンペにしても、広告の企画にしても、マーケティングにしても、その提案なり商品なりをお買い上げいただきたい人との間にルールなんてないわけです。しかも、会議室で広告マンたちが勝手に決めて、これしか真実はないよねっていう、そんな身勝手なルール、相手からしたら、そんなん知らんがな、てなもんですよ。

 仮に、うまいこと社会にそのルールを広めることができたとしても、そのルールに従うことで、まるで将棋のように、どうすることもできない状況に追い込まれたら、詰まれたなあ、参りました、その商品を購入いたしますとはならないわけですよ。将棋盤をひっくり返しますよ。ルールごと、なかったことにしますよ。人間って、そういうものです。当たり前じゃないですか。詰まれて、負けて、受け入れる。そんなの、けたくそ悪いもの。

 そういうやり方がすべてうまくいかないとは言わないですよ。うまくいくことも、たまにはあるでしょう。それは、ある意味、マーケティングの定石かもしれんよ。でもね、そういうのは、長く続くことはまずないんじゃないかな。短期的にでもうまくいけばいいじゃないかって。目先のことも大事だって。

 じゃあ言いますよ。素敵じゃないんですよ。そういうやり方は、まったくもって美しくないんです。でもそれは、あなたがそう思っているだけでしょ、って。じゃあ、言いましょう。私は、そういうやり方、嫌いなんですよ。大嫌いなんです。もういいでしょ。じゃ、そういうことで。夜も遅いしさ。

※これは創作ですからね。念のため。


|

« 「餃子の王将」がブームらしい | トップページ | 「ゆるさ」をつくる。「のりしろ」をつくる。 »

広告のしくみ」カテゴリの記事

コメント

若造のくせして甚だ僭越ですが
死ぬほどわかる気がします、その気もち。

消費者がみんなコトラーのマーケティング・
マネジメントを熟読していて、かつ
自分なりのクリエイティブ論を持って
生きている、という前提で
作っているとしか思えないような
アウトプットを出してくる人が
自分の周りには結構いたりします。

でも未熟さゆえ、そんな人にまだまだ
理屈で負けてしまうのが悔しいです。
いつの日か突破口を見つけるべく、
地道にがんばりたいと思っています。

投稿: amanda | 2009年7月 2日 (木) 00:56

>でも未熟さゆえ、そんな人にまだまだ
理屈で負けてしまうのが悔しいです。

そうですねえ。そんな人のルールを「それは無効である」と言うためには、相手の話す言葉でまず話す必要がありますからねえ。
私はたいがいのことは、そういう考えもあるんかな、と穏やかなんですが、なんかね、自分のルールを押し付けてくる人には、どうしても本能でセメントというかシュートを挑んでしまうんですよね。
で、論破して、会議でその人に恥をかかせて、残るものと言えば、いやな気分だけ。だから、きっと右から左に受け流す、が正解なんでしょうね。
もうひとつの方法は、定着で場を逆転させるやり方。こっちのほうが健全かもなあ。人は素敵なほうに動きますから。お互い地道にがんばりましょ。

投稿: mb101bold | 2009年7月 2日 (木) 01:12

そういうやりかた、もういいでしょ。
…すごくそのきもちわかります。

投稿: hikkiyoshino | 2009年7月 2日 (木) 09:25

気分の問題だけじゃなくて、そういうやり方って、あまり効果的ではないと思いますし。

投稿: mb101bold | 2009年7月 2日 (木) 10:54

喧嘩は勝ちすぎちゃいけないですよね。
でも喧嘩を避けちゃいけないとも思うんですよ。

投稿: takupe | 2009年7月 2日 (木) 23:25

そのへんのさじ加減は難しいですよね。
コメントとは関係ないけど、仲畑さんのコピーを思い出しました。
「喧嘩はやめた。だからもう負けない。」
確かパルコでしたよね。見た目、喧嘩が得意そうな仲畑さんらしい、いいコピーですよね。

投稿: mb101bold | 2009年7月 2日 (木) 23:59

さじ加減、確かに。

仲畑さんのコピー、強い人ならではですよね(笑)!
ほんと、いいコピーだと思います。

投稿: takupe | 2009年7月 3日 (金) 09:35

日本語に清濁併せ呑むという言葉があるということもこういうことの一端なのかなーと感じました。

投稿: tmp | 2009年7月 4日 (土) 17:31

ま、清濁あわさったのが世の中で、机上の清は世の中にまだもまれていないわけですから、机上の清だけの企画っていうのは、多かれ少なかれ挫折するわけで、濁を折り込まない企画っていうのは弱いよね、とは思います。

投稿: mb101bold | 2009年7月 4日 (土) 22:00

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/214429/45512086

この記事へのトラックバック一覧です: 詰まれてうれしい人はいない:

« 「餃子の王将」がブームらしい | トップページ | 「ゆるさ」をつくる。「のりしろ」をつくる。 »