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2009年8月23日 (日)

二項対立ではなく

 建築家の安藤忠雄さんは、「瀬戸内オリーブ基金」や大阪の「桜の会・平成の通り抜け」をはじめ、島や街や都市に木を植える運動を続けています。エコロジーの時代でもあるし、緑が増えると暮らしが豊かになるし、いいことだな、という単純な思いで今までいました。

 「CASA BRUTUS TADAO ANDO:BEYONDO TOMORROW」の中の「ANDOはなぜ木を植えるか」というチャプターを読みながら、ああ、そういうことなのか、と思い直しました。その中で、安藤さんはこうおっしゃっています。

「環境とは与えられるものではない。育てるものである」

 また、冒頭のインタビューではこんなふうにも話されています。

「環境問題を考えるとき、忘れてはならないのが、都市とは結局、人工の産物なんだということです。人間は集まって“豊かに”生きるために社会を営み、都市をつくる。その都市にいて、健全な水と空気、美しい緑の風景を求めるのなら、その自然もまた、人間の手でつくらねば手に入らないのです。」

 つまり、安藤さんにとって、植樹もまた建築なんですね。人工/自然という二項対立で考えるのではなく、人工の産物たる都市空間の中での緑は、我々の手で作られ、育てていくものである、と。この考え方は、さらっと読めてしまいますが、かなりラディカルな考え方だと思います。

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 私を含めて我々はよく「緑を残す」と発想します。でも、都市空間においては違うんですよね。本当は「緑をつくる」なんですよね。前者の発想では、緑は時代の流れとともに減っていくものとして意識されています。だから、我々は今残された緑をいかに残すかと発想してしまうんですよね。でも、都市を人工の産物と規定し、都市においては緑はつくるものでしかあり得ない、という後者の発想に立てば、いろいろなことが違った風景に見えてきます。

 つまり、昔は緑が多くてよかったね、なんとか緑を後世に残したいよね、ではなく、緑の都市こそが未来なんだ、という考え方ができるということです。私は、この安藤さんの言葉を読んで、自分が関わる様々な分野に置き換えていったとき、いっきに未来が開ける思いがしました。

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 どうしても、テクノロジーというものを経済的利便性の追求という視線で考えてしまいます。そして、その実践として、今の東京や大阪の都市の風景があります。ある種の経済的利便性の全面的な肯定は、都市に雑多な多様性と豊かさをもたらしました。その猥雑な空間を私は愛するものではありますが、その一方では、人工的な計画性を持つ西洋の街並があります。

 そのどちらが優位なのか。人間の利便への希求を求めて雑多に発展する都市と、中心系を持ち放射線状に道が広がる西洋の都市。前者は周囲の環境を無視するかのように、自分の都合だけでつくられたペンシルビルを生み、後者は内部の繁栄と引き換えに周縁の荒廃を生み出します。そういうふうに考えてしまうとき、また自由/計画という二項対立に絡めとられているのかもしれません。

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 大阪の実家の近くに桜宮橋という名の橋があります。旧淀川にかかる、昔からある橋です。私たちは銀色のアーチから「銀橋」と呼び親しんできました。道路が拡張し、隣に新桜宮橋ができました。その設計は、安藤忠雄さんです。

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 そのデザインは、「銀橋」と同じアーチ型なんですね。だけど、「銀橋」を模倣するのではなく、同じアーチ型だけど、ボルトが少なくすっきりとしたモダンなデザインになっています。それは、古くからあり市民に愛されて来た「銀橋」への敬意はあるけれど、決してテクノロジーの否定ではない、新しい都市の姿に私には見えるのです。(今度大阪に帰ったときに写真を撮ってきて、ここに掲載しますね。少しお待ちください。9月21日追記:写真を撮りました。)

 その新旧「銀橋」が寄り添うほほえましい姿に、これからの都市の進むべき姿があるのかもな、と思います。だからといって、その風景は何かを象徴するほどの派手さもなく、周囲になじむ地味なものではあるのですが。そう言えば、世界に多くのファンを持つANDOのコンクリート建築は、どれも見た目は地味だったなあ。

 関連エントリ:「銀橋2009」 上記の銀橋についての概要と写真を掲載しています。

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