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2009年8月の25件の記事

2009年8月30日 (日)

「民意にマジレス〜ネット論客が民意にもの申す!〜」が面白いですよ。

 

livedoorねとらじ特別番組「民意にマジレス〜ネット論客が民意にもの申す!〜」

 

 弾さん池田さんが出演。こういうの、民放ラジオでもやればいいのに、と少し思いました。ラジオの番組表を見ると、選挙関連番組は少ないようですね。テレビとの棲み分けなんでしょうが、こんな時だから、テレビじゃできないことをラジオがやる、みたいなことがあってもいいのにな、と少し思います。やっぱり、民放ラジオは元気がないですね。

 ねとらじでは、ただいま、生放送で旧メディア(=ブロードキャスティング)対ネット(=コミュニケーション)をテーマに、熱いトークが繰り広げられてます。ネットらしいテーマで、なかなか面白いです。テレビにくらべると、ちょっと極論が多くて、脱線も多いけど、それが逆に自由な感じで、こういう感じがラジオの良さなんだよなあ、と思いました。それがねとらじで、というのが今という時代なんでしょうね。

 23時頃(頃というのがいいですね)までやっているそうです。

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ラジオの楽しさが生き残るために(2)

 ラジオに限らずテレビもそうですが、基本、放送の中身である番組は、もしかすると放送されたその瞬間はまだコンテンツではないのではないか、という気がしています。少しばかり極論気味な感じがしますが、「番組は放送された瞬間はコンテンツではない」という仮説で論をすすめてみます。

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 番組は放送された瞬間はコンテンツではない。

 では、それは何か。言葉の使い方は正しくないのかもしれませんが、ニュース、もしくはニュースに近いものなのではないか、と思います。そう考えると、私が前回のエントリの冒頭で上げたポッドキャストの違和感に説明がつくような気がします。

 ラジオの未来が語られるとき、いつもポッドキャストのテクノロジーとともに語られます。しかしその方向性が、番組の広告・PR目的以外の目的では、現在のところうまくいっているように思えない理由は、CMやオンエア楽曲、出演者契約などの諸権利問題だけではないと私は考えます。もしポッドキャストでの広告収益モデルが完成したとして、ラジオ番組がすべてポッドキャスト化すると、ラジオに未来がやってくるのか。そうではないことは、わりとたやすく想像できるだろうと思います。それは、ラジオからタイムテーブルが消滅する、もしくは無効化することを意味します。タイムテーブルの無効化は、ラジオのニュース性の消滅を意味します。

 なぜ、ラジオ放送は広告モデルなのか。それは、広告というものは、それ自体がすでにニュースであるので、その性質上、基本的にはコンテンツにつくものではなくニュースにつくものだからです。テレビもそう。新聞もそう。雑誌もそう。話からは少しずれるかもですが、新聞系ニュースサイトの有料化への流れ(参照)は、広告モデルから課金モデルへの移行という軸で見るべきではなく、広告モデルだけでは支えきれないという成長性の上限という見方をすべきなのだと思います。新聞は、紙媒体では購読料+広告料で成り立つ媒体だったわけですし。

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 ラジオがコンテンツではなくニュースである、という軸で考えると、ラジオ黄金期になぜフリートークという括弧付きの「話芸」が生まれ育って来たのかが少し理解できそうです。関西だと、仁鶴さんから鶴瓶さんに至るラジオ話芸は、まさにニュース性を持つメディアとしてのラジオに最適化することで生まれたと言ってもよいのではないか、と思います。

 これはテレビにも同じことが言えますが、音声だけを表現手段とするラジオは、そのメディア特性上、生放送が多くなりますし、スタジオとパーソナリティだけで番組が成り立つシンプルさゆえ、そのニュース性が表現としてはより際立つ構造になっていると思います。

 その昔、ラジオ大阪に「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」(参照)というラジオ番組がありあました。鶴瓶さんと放送作家の新野新さんが話すだけのラジオ番組です。日曜の深夜でもあり、終了時間もまちまちで、初期の頃はスポンサーもなくCMさえ流れませんでした。その自由さこそが、20年以上経った今もなお、コンテンツ未満のニュース性を持つラジオの可能性の中心にあると私は思っています。

 そして、補足として取り上げておきたいのは、ネットラジオではじまった「nukarumi.com」のこと。私は会員でしたが、やはり有料コンテンツで、いつでも聴ける環境では、あのライブ感は出せていなかったように感じました。数ヶ月で終了したネットラジオは、ラジオ放送の本質が、コンテンツではなくニュースであることを象徴しているように今の私には思えます。

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 しかしながら、あのライブ感が今ラジオで成り立つのか、というと、少し疑問符がつくことも事実です。簡単に言えることではなさそうですが、象徴的なのは「北野誠のサイキック青年団」の終了(参照)なのだろうと思います。今の時代の情報の拡散は、ひとつのメディアで閉じることを許さない感覚があります。その要因のひとつが、私のブログのような個人メディアであることも否定できない事実でもあるし、良くも悪くも、そういう環境の中で考えないといけないし、それはテレビも出版も同じでしょう。でも、その社会的、時代的制約の中で、ラジオメディアが新しい自由さを獲得することは可能なのではないか、と私は思っています。

 そのためには、ラジオはどういうものなのか、ということをもう一度考える必要があるだろう、というのが私の見立てです。少し大雑把な用語使いと、仮説からの考察で、整理されないままの断章ばかりになってしまったきらいがありますが、何かの光が見いだせたら、と思うんですけどね。

 特にAMラジオは、制作もスポンサー料もテレビにくらべても安く、考えようによっては、今最も「何とかしようのある」メディアでもあると思います。何でもそうですが、こんな憂鬱な時代の流れも、魅力的な番組ひとつで変わってしまうのも事実でもあるし、このブログを書き始めた頃に書いた「がんばれAMラジオ。」ではないですが、まあ、それぞれの立場にはあるけれど、ラジオファン同士がんばっていきましょう、という感じです。できることからやるしかないですね。では。

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2009年8月29日 (土)

ラジオの楽しさが生き残るために(1)

 ラジオが好き。特にAMラジオが好き。例えば、伊集院光さんも、爆笑問題のお二人も、雨上がり決死隊のお二人も、ナイティナインのおふたりも、大竹まことさんも、テレビに出演しているときとは違って、すごくリラックスして喋っていて、そのためか、ラジオの時間はテレビの時間と比較すると、ゆったりしている気がします。どちらも芸能活動ではあるのでしょうが、テレビとラジオでは、きっとモードが違うんでしょうね。

 聴き手にとってみれば、ラジオは音声だけだから、ながらで聴けるし。私は、広告コピーやら企画書やら、仕事の書き物は家ですることが多く、そのときはテレビではなくAMラジオを流しています。テレビはどうしても映像が入るから、目が画面にいってしまって、人とおしゃべりしながらだと案外目線が外れることが都合がよかったりしますが、ひとりのときには、映像がないラジオのほうが、いわゆる「ながら」には好都合なんですね。

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 ポッドキャストというものがありますよね。私もよく利用します。便利ですよね。でも、やっぱりポッドキャストでは、私にとってのラジオの楽しさの大事な部分が欠けてしまっているような気がするんです。それはきっと、「その時にしか流れない」という即時性の部分。何度も繰り返し聞ける、という便利さがプラスされるだけで、それはもうラジオではない、という気さえしてしまいます。もちろん、以前から好きなラジオはカセットテープに録音して聴いてはきましたが、それは自発性が絡んでいますから、あらかじめお好きな時間にお好きなだけ、というポッドキャストは別物だという気がどうしてもしてしまうんですね。

 古いタイプの人間なんだろうな、とは思います。私はラジオを聴いて育ってきましたし、その頃は、AMラジオが黄金期だった時期と重なりますから、どうしてもその頃のラジオの活況と今を比較してしまうところはあると思うんです。基本的にはノスタルジーでしょ、と言われても、それは、その通りです、と答えるしかないとは思うんですね。

 ノスタルジーはノスタルジーとして面白いとは思いますが、ノスタルジーだけではラジオは生き残れないのは広告でもジャズでも何でも同じです。ラジオの楽しさが生き残るために本当に大切なのは、その楽しさをどう残していくかという部分をきちんと考えることだと思います。

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 すこし前のことになりますが、あるフリーのラジオ番組ディレクターさんとお話をしたことがありました。私のブログを読んでくださっていて、一度ラジオのことについて話したいとご連絡をいただいて、ラジオについて現場目線でたくさんお話をしました。

 広告会社にとってのラジオ。番組制作者にとってのラジオ。話ははずんで、最終的にお金の話になりました。ラジオ放送局が流すラジオメディアは、基本的には広告収入で成り立つ広告モデルの収益構造を持っています。その構造を、今の不況下で成り立たせるためには、広告会社は、1社買い切りの番組が手軽にできる方向でラジオを活かそうとしますし、番組制作者は、なかば広告番組化した番組の中で、おおらかな自由さが失われてきている、というのが現状だね、ということになりました。

 確かに、ジェットストリームのような、提供社のブランドの世界観をエンターテイメント性豊かに伝える素晴らしい1社提供番組はありましたが、それは、あるバランスを持って存在するものです。そのラジオ番組ディレクターの方は、プロの話芸、プロの番組制作ノウハウが、番組が広告化することでないがしろにされていく現状を深く嘆いておられました。少し専門的になりますが、ラジオに限らず、これが今の多メディア化が生んだブランデッド・エンターテイメントの潮流の現実でもあります。

 どうにかなりませんかね、このままじゃラジオが駄目になってしまう、とその方はおっしゃっていました。

続き

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2009年8月28日 (金)

なんか空が秋っぽくなってきましたね

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 ひさびさにWILLCOM 03から更新してみました。うまくいけたかな。あいかわらず外は暑いけど、空気のサラッと加減が秋だよなあ、という感じですね。季節の変わり目、みなさんも体にお気をつけくださいませ。ではでは。

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2009年8月25日 (火)

フィー制というのはもともと

 1960年にオグルビー社が、それまでの15%のコミッションというアメリカ広告業界の報酬に関する商慣習をやぶって固定フィーにしたことがはじまりなんですね。会計が明朗なこと、そして、コスト削減にもなることから、この固定フィーは好意的に受け止められて、オグルビー社躍進のトリガーになりました。

 一般的に、「コミッションからフィーへ」というとき、逆の見られ方をする場合が多いですが、それは歴史的に言えば違います。広告業界の場合、まずは、広告主側に割安感がある固定フィーからはじまって、そのあと、広告会社側のコスト的な限界から、弁護士やコンサルタントの報酬制度に近い時間フィーへと移行していきます。そして、その反作用の意味合いで、大規模マスプロダクト企業を中心に、広告主側の要請で成功報酬への移行が定期的に検討される、というのがここ10年くらいの流れ。

 この流れで言えば、そこには景気動向が作用していて、いつも原資の最適配分に関する駆け引きがあり、日本の場合は、フィー制への移行があまり進まず、コミッション率を中心にその駆け引きが行われてきた、という感じかも。その歴史的な流れには、その国、その国の文化的な事情が作用してて、一概にこれが正しいとは言えない、というのがいろいろ考えてきた上での感想です。

 フィーについては、このブログで断片的にいろいろ書いて来ていますが、興味のある方はこちらからどうぞ。では。

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2009年8月24日 (月)

ほんまや

 大阪にいる親父と電話で話していたら、こんな話に。

 「ほんまや、知ってるか?」
 「えっ、ほんまや?知らんけど。」
 「水や。」
 「水?」
 「ペットボトルの。水道局の。」
 「水道局?」
 「そうや。大阪の水道局がつくってるやつ。話題やで。」

 うちの親父は、大阪に帰るといつも「広告みたいな、そんな若くて感覚のするどいやつしか通用せえへん商売、いつまでもできると思ったらあかん。おまえももう若くないんやから、しっかり考えんと。」と小言ばかり言うわりには、ときどき関西のとっておき情報をこうして教えてくれるのです。

 電話を切って、「ほんまや」ってなんだろ、と思ってGoogleで検索すると、ありました。

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 「なにわ育ちのおいしい水 ほんまや "Honmaya"

 大阪市のページですね。大阪市水道局がつくっているようです。「“ほんまや”とは、大阪市の高度浄水処理水を加熱殺菌した上で、ペットボトル(500ml )に詰めたものです。ラベルも一新にピンクのボトルで新たにデビューしました。」とのことで、希望小売価格が100円(税込)だそうです。このサイト、なかなかのつくりで、お役所なのに、とってもいい感じ。そこらの民間企業顔負けです。こういうのは元MBSアナウンサーの平松市長効果なんでしょうね。

 このネーミングもよくできてますねえ。こんな感じでしょうね。

 「大阪の水道水って、まずくて飲まれへんわ。」
 「それ古いなあ。今はすごくおいしなってるんやで。」
 「ほんまかいな。」
 「ほんま、ほんま。これ、飲んでみ。」
 「あっ、ほんまや。」

Honmaya_3  お見事。ナイスです。たかがネーミングですが、こういう商品がこんな素敵なネーミングをまとって世の中に出ることで「大阪市って、最近いい感じだよなあ。」みたいなブランド広告にもなるし。この「ほんまや」の場合は、たぶん広告をやっていないのでしょうけど、ネーミングが広告として機能するだけの力を持っていますよね。

 私はよく若い人に「販売促進の売りが目的の広告だって、まわりまわってブランド広告なんですよ。販促広告とブランド広告を区別するのは、作り手の理屈。だから、しっかり作らないと駄目。」と言っていますが、これなんか、お手本ですよね。これ見て、大阪市っていいじゃない、と思う人、確実にいると思うんですよね。

 離れてみてわかりますが、こういうのって関西方面は上手ですよね。茶目っ気のさじ加減が絶妙というか。ネーミングやデザインに、説教くさいエコロジーの匂いがこれっぽっちもしないのも、じつは相当考え抜かれてるんじゃないでしょうかね。きちんと100円で売るところも、ほんとに100円で売れそうなとろこも、大阪らしくってとってもいいです。大阪の水はお金出しても納得のうまさです、というメッセージも感じるし。

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2009年8月23日 (日)

二項対立ではなく

 建築家の安藤忠雄さんは、「瀬戸内オリーブ基金」や大阪の「桜の会・平成の通り抜け」をはじめ、島や街や都市に木を植える運動を続けています。エコロジーの時代でもあるし、緑が増えると暮らしが豊かになるし、いいことだな、という単純な思いで今までいました。

 「CASA BRUTUS TADAO ANDO:BEYONDO TOMORROW」の中の「ANDOはなぜ木を植えるか」というチャプターを読みながら、ああ、そういうことなのか、と思い直しました。その中で、安藤さんはこうおっしゃっています。

「環境とは与えられるものではない。育てるものである」

 また、冒頭のインタビューではこんなふうにも話されています。

「環境問題を考えるとき、忘れてはならないのが、都市とは結局、人工の産物なんだということです。人間は集まって“豊かに”生きるために社会を営み、都市をつくる。その都市にいて、健全な水と空気、美しい緑の風景を求めるのなら、その自然もまた、人間の手でつくらねば手に入らないのです。」

 つまり、安藤さんにとって、植樹もまた建築なんですね。人工/自然という二項対立で考えるのではなく、人工の産物たる都市空間の中での緑は、我々の手で作られ、育てていくものである、と。この考え方は、さらっと読めてしまいますが、かなりラディカルな考え方だと思います。

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 私を含めて我々はよく「緑を残す」と発想します。でも、都市空間においては違うんですよね。本当は「緑をつくる」なんですよね。前者の発想では、緑は時代の流れとともに減っていくものとして意識されています。だから、我々は今残された緑をいかに残すかと発想してしまうんですよね。でも、都市を人工の産物と規定し、都市においては緑はつくるものでしかあり得ない、という後者の発想に立てば、いろいろなことが違った風景に見えてきます。

 つまり、昔は緑が多くてよかったね、なんとか緑を後世に残したいよね、ではなく、緑の都市こそが未来なんだ、という考え方ができるということです。私は、この安藤さんの言葉を読んで、自分が関わる様々な分野に置き換えていったとき、いっきに未来が開ける思いがしました。

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 どうしても、テクノロジーというものを経済的利便性の追求という視線で考えてしまいます。そして、その実践として、今の東京や大阪の都市の風景があります。ある種の経済的利便性の全面的な肯定は、都市に雑多な多様性と豊かさをもたらしました。その猥雑な空間を私は愛するものではありますが、その一方では、人工的な計画性を持つ西洋の街並があります。

 そのどちらが優位なのか。人間の利便への希求を求めて雑多に発展する都市と、中心系を持ち放射線状に道が広がる西洋の都市。前者は周囲の環境を無視するかのように、自分の都合だけでつくられたペンシルビルを生み、後者は内部の繁栄と引き換えに周縁の荒廃を生み出します。そういうふうに考えてしまうとき、また自由/計画という二項対立に絡めとられているのかもしれません。

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 大阪の実家の近くに桜宮橋という名の橋があります。旧淀川にかかる、昔からある橋です。私たちは銀色のアーチから「銀橋」と呼び親しんできました。道路が拡張し、隣に新桜宮橋ができました。その設計は、安藤忠雄さんです。

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 そのデザインは、「銀橋」と同じアーチ型なんですね。だけど、「銀橋」を模倣するのではなく、同じアーチ型だけど、ボルトが少なくすっきりとしたモダンなデザインになっています。それは、古くからあり市民に愛されて来た「銀橋」への敬意はあるけれど、決してテクノロジーの否定ではない、新しい都市の姿に私には見えるのです。(今度大阪に帰ったときに写真を撮ってきて、ここに掲載しますね。少しお待ちください。9月21日追記:写真を撮りました。)

 その新旧「銀橋」が寄り添うほほえましい姿に、これからの都市の進むべき姿があるのかもな、と思います。だからといって、その風景は何かを象徴するほどの派手さもなく、周囲になじむ地味なものではあるのですが。そう言えば、世界に多くのファンを持つANDOのコンクリート建築は、どれも見た目は地味だったなあ。

 関連エントリ:「銀橋2009」 上記の銀橋についての概要と写真を掲載しています。

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2009年8月18日 (火)

タイムラグと閾値

 景気でも、業界の動向でも、道路の渋滞でも、何にでもタイムラグがあります。

 今、「餃子の王将」に行列ができています。少し前に、メディアで「餃子の王将」ブームと盛んに言われていた頃は、今ほどの行列ではありませんでした。たしか、雨上がり決死隊がラジオで話し出して、生中継したりして、決定打は「アメトーーク!」で王将芸人という企画をやったことでブームが生まれたんですよね。

 このブームと行列のタイムラグは、おもしろいな、と思いました。私は、このタイムラグは閾値で説明できるのではないかと思っています。

 「餃子の王将」がメディアでブームだと言われた時点では、じつは閾値を超えてなくて、そのブームをメディアで知り、巷で話題にされ、熟成されて、やっと閾値を超えて、今、「餃子の王将」に長蛇の列ができる、というプロセスかな。このブームの場合は、タイムラグが約1ヶ月でしょうか。

 このタイムラグ感覚をいつも意識していたいと思っています。効果はすぐには出ません。必ずタイムラグがあります。だから、販促活動やブランディングにあせりは禁物。あせりをなくすには、実務経験からつかんだタイムラグ感覚を根拠にして、「大丈夫です。もうすぐです。」と言えるかどうかが肝のような気がします。

 そのとき閾値という考えがなければ、その人はただの楽天家になってしまいます。何でもそうですが、閾値を超えなければ、待っても何も起こりません。見事に起こりません。お金をドブに捨てるようなものです。いかに閾値を超えるか。また、どのくらいの時期に閾値超えをするか。その2つの基軸が、コミュニケーション設計では重要な気がします。

 クリエイティブは、この閾値に対してどういう働きをするか。それは、閾値を超える時期を設定する主要因として働きます。一気に閾値を超えて、瞬間的に暴風を吹かせるのか。それとも、じわじわ閾値に迫り、閾値を超えた後も、その緩やかな風を長くキープするのか。その鍵を握るのは、じつはメディア量ではなくクリエイティブのような気が私はしています。

 もちろん、この話は、クリエイティブがメディア投下量に対して「×1」のときでも閾値を超えるということが前提の話です。それ以下の場合は、クリエイティブは、本来なら閾値を超えないであろうメディア投下量であるときに、閾値を超えるための主要因として機能してしまい、本来の目的である風のコントロールとして機能しなくなってしまいます。

 わかりやすく言えば、奇跡を起こすためにクリエイティブが使われる、ということです。その昔、「ケタグリ」と言われていたクリエイティブ手法です。作る立場から言えば、「ケタグリ」は博打です。博打は面白いけれども、ビジネスでやるからには、毎回博打ではきついのだろうと思います。だから、なるだけ博打ではない勝負をしたい。そんなこんなで、ここらへんまでは大丈夫です、保証します、と言いたい。

 タイムラグと閾値。

 低予算で即効性、みたいな世知辛い世の中ではついつい忘れがちですが、けっこう重要なことではないかな、と思っています。時代に関係なく基本的なことですしね。ではでは。

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2009年8月17日 (月)

今年の夏は入道雲を見ないような

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 そんな気がしませんか。

 気のせいかな。

 

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2009年8月16日 (日)

レンタル日記とブログ

 ブログができる前は、レンタル日記というサービスがありましたよね。というか今もありますね。「エンピツ」とか「さるさる日記」とか。

 テキストサイト全盛の頃、「htmlとか書けなくても大丈夫。レンタルで気軽に日記を公開。」みたいなコンセプトで、知り合いにも使っている人がちらほらいました。おもしろいから使ってみたら、と誘われたりもしましたが、どうも日記というのがいまいち私にはピンと来ませんでした。今まで日記なんか夏休みの宿題でしか書いたことがないし、みたいな感じです。

 そんな私が、もはやブロガーといっても何の違和感もないくらいな感じでブログを書いているのは不思議な気がします。Movable Typeが標榜していた「Personal Publishing System(現在はSocial Publishing Platform)」のPersonal Publishingの部分に、なんとなく、これいいかも、と思った覚えがあります。「個人でも出版と同じようなことができますよ。」というコンセプトが私にはあっていたような気がします。

 これは人それぞれなんでしょうね。

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 日記コンセプトの方が、コンセプトとしては敷居が低く、多くのユーザーをつかめそうな気もしますが、でも時間が経って機能が高度化していくと、やがてコンセプトが製品の実体を支えきれなくなります。製品がコンセプトをどんどん裏切っていくんですよね。こういうのは仕事でもよくあります。けっこう悩みます。ロンチ時の広がりと瞬間風速をとるか、その後の製品とか市場の成長を見据えて、あえて高め(あるいは無理め)のコンセプトを設定するか。

 日記コンセプトは、きっとSNSに移行したのだろうな、と思います。日記コンセプトの機能のベクトルとしては、レイアウトとかデザインとかではなく、感性を共有する読者とどうつながるか、というベクトルでしょうから、mixiなんかの「マイミク」とか「足あと」とかの機能を見ると、「エンピツ」とか「さるさる日記」の日記コンセプトを引き継いだのはSNSだな、と感じます。

 そもそも、「エンピツ」とか「さるさる日記」って、目立っているサイトは、はじめから創作性が高かったですし、先鋭的なユーザーさんは、過渡期として出版コンセプト的に使っていた部分もあるのでしょうね。

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 はてな村という言葉がありますよね。

 「はてなキーワード」によると、「そこに行けばどんな夢もかなうと云われている割に、犬が支配している村。誰も皆行きたがるが、具体的にどこにあるのか、あるいはどこからどこまでがその村なのか、見解がまったく一致しない蜃気楼の村。」とありますが、まあ、ほんとにあるのかどうかはわかりませんが、はてなのユーザーさんを集合的に見たときに感じる独特の雰囲気というのは、じつはそのへんにも理由があるのかな、なんて考えたりもします。

 はてなのブログサービスは「はてなダイアリー」ですものね。つまり、実態はともかく、ネーミングが思いっきり日記コンセプトを標榜しています。そのあたりは、ブログブームみたいなものがでてきたときに、きっと葛藤はあったのでしょうけど、それでも「ダイアリー」というネーミングを残したことで生まれたものは、やっぱりあるのだろうと思います。

 ブログからコメント・トラックバック機能を除くと、機能的にはほぼレンタル日記と一緒ではあるのですが、でも、やっぱりそれでもブログはブログですよね。なぜそう感じるかというと、やっぱりコンセプトが影響しているからでしょうね。明示されていなくても、製品のどこかしらにコンセプトは染み込んでいて、そのコンセプトがそう感じさせるのでしょうね。わかりやすい部分では、それはデザインに表れるのでしょうが、もっと広くいろんなところになんとなく感じるという具合にコンセプトは表れてしまいます。

 コンセプト設定いうかコミュニケーション設計っていうのは、消費者に明示的に示されるものではないけれど、けっこう大事だったりします。なにせ根っこの部分ですから。

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 ほんとは、このエントリは、「本日は晴天なり」というタイトルで、今日は天気がよかったので、掃除をしたり洗濯をしたり、いろいろはかどったなあ、よかったなあ、「王将」で天津飯と餃子を食べようと思ったら、ブームの影響か、ものすごい行列ができていて、やむなく「福しん」にしたけど、「福しん」の餃子もあっさりしてていいよなあ、みたいな日記っぽいことを書こうと思ったんですが、こんなことになってしまいました。やっぱり私には日記的なものはちょっとしんどいのかもなあ。

 まあ、今日はなかなか充実した1日でした、ということで。ではでは。

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2009年8月15日 (土)

NHK 戦争証言アーカイブス トライアルサイト

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 少しずつ「NHK 戦争証言アーカイブス トライアルサイト」に収められた映像を見ています。これだけまとめてたくさんの戦争証言映像を続けて見るのははじめてです。このサイトには、8月13日から10月15日までの限定公開で、約100人の証言、太平洋戦争をテーマに取り上げた2つのシリーズ番組、国策番組である「日本ニュース」、玉音放送を含めた戦時録音資料などが集められています。より充実したサイトにするためのベータ版的なものだそうです。

 私は42歳ですが、私の親にしても戦時中は子供でした。父が72歳で母が69歳。社会では高齢者。にもかかわらず、その世代でさえ、もう生々しい戦争の記憶を持っていない世代なんですよね。私の母は、こんな話をしていました。

 「空襲警報が鳴って、外に出ると街の遠くのほうが真っ赤になってて、おかあちゃん、きれいやなあって言ったらすごいおこられてん。子供やったからな、花火をやってると思ってしまたんやねえ。」

 私の母は大阪市の南で育って、その地域は空襲を免れています。悲惨な戦争でも、少し場所が違うとそんな日常があったということです。

 父は広島の尾道からフェリーで10分ほどの小さな島出身です。広島に落ちた原子爆弾のことを報道で知ったと言っていました。けれども、当時は「とんでもない空襲があったそうだ」という感じだったそうです。その惨状が明らかになるのは、終戦後です。同じ広島県内でもそんな感じだったんだそうです。

 なんとなく思うのは、どんなに悲惨な戦争にも日常はある、ということです。場所が少し違ったり、世代が少し違うだけで、その日常はずいぶん違います。もしまた戦争が起こったら、きっとその日常に慣れます。慣れてしまいます。

 この「NHK 戦争証言アーカイブス トライアルサイト」の「ご覧になる前に」にある文章を引用します。

日中戦争・太平洋戦争の終結から64年、戦争の時代を生きた方の多くが80歳を越えるようになりました。NHKの「戦争証言プロジェクト」ではこうした戦争体験者の証言を取材し「証言記録 兵士たちの戦争」「市民たちの戦争」などの番組を制作してきました。今回、このプロジェクトの新しい取り組みとして「戦争証言アーカイブス」を開設します。これは、収集した証言を、未放送の部分も含めて、インターネットを通じて誰もがいつでも視聴できるようにするものです。その第1段階として今年の8月から2か月間、約100人の証言を収めた「トライアルサイト」をオープンしました。このサイトをできるだけ多くの方にご利用いただき、さまざまなご意見、ご要望を生かしながら、より使いやすく充実したアーカイブスに進化させていきたいと思っています。そして太平洋戦争開戦70年にあたる2011年には、空襲や疎開など銃後の体験も含め、1000人の証言を集めたサイトを完成させる予定です。

戦争体験についての証言は、これまでもテレビのドキュメンタリーなどで部分的に紹介されてきましたが、日本人の戦争体験全体を、体系的・総合的に整理し公開するのは初めてのことです。また、証言してくださった方の中には、戦後長く封じ込めてきた記憶や思いを、次世代のためにと、今回初めて語ってくださった方もいらっしゃいます。この「戦争証言アーカイブス」を通じて、戦争体験が「社会の共有財産」となることを願っています。未来に伝えるために。

 このNHKのプロジェクト、応援したいと思います。

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新しい広告は新しいテクノロジーから生まれるんじゃない。新しい表現から生まれるんだ。

 ここ最近、自分のブログの広告関係の過去ログを読み直しています。あんたどんだけ自分が好きやねん、みたいな感じもしないではないですが、時間の経過によって、過去の自分を客観的に見られるメリットもあり、いろいろな思考の整理にもなるんですね。

 で、客観的になって自分の書いたことを読んでみての感想。結局、このブログの人はこういうことを言いたかったんじゃないかな、みたいなこと。それが本日のエントリのタイトルにあるようなこと。なんだか「踊る大走査線」みたな台詞ですが、繰り返しますね。

新しい広告は新しいテクノロジーから生まれるんじゃない。新しい表現から生まれるんだ。

 このブログの人は、ことあるごとに表現の問題、表現の問題、と言っています。このブログの人は、所謂インターネットの人ではなくて、従来のマスメディアの広告を生業にしている人なので、ときどき、ちょっとイライラしながら書いているな、と思うエントリもあります。その行間に感じられることを代弁すると、こういう感じでしょうか。

 インターネットの人は新しいテクノロジーが新しい広告をつくるというけれど、それは違うんじゃないか。例えば、ラジオができて、テレビができたとき、広告の本質みたいなものがガラッと変わったか。変わってないと思う。まあ、変わるという言葉をどんな意味合いで使うかにもよるだろうけど、それでも変わってないと言い切れると思う。それは、DDBのフォルクスワーゲンでも、平賀源内でも何でもいい、過去にさかのぼって広告の歴史を見てみればいい。広告という行為の本質は何も変わっていない。

 けれども、表現はどんどん変わっている。はっきり言えば、80年代の広告は今、通用しない。その延長線上にある今の広告も通用しにくい。当たり前。その時代において最大限の効果を生むことが広告に与えられたミッション。後世にもなお通用するということは、広告のミッションではない。時代が変われば表現が変わる。それだけのこと。

 そのことをインターネットの人は鬼の首を取ったように、広告は終わった、広告はシステムになる、と叫ぶ。それが、この今の情況。でもね、広告はシステムにはならないよ。あの時代の豊かな広告からは学ぶことはたくさんある。学ぶものがないという人は、学び方を知らないだけだと思う。

 多様なメディア。個人発信。ネットによってできた新しい環境とこれまでの環境の違いは、大きく言えば、この2つ。この新しい環境から出て来たものは、情報の拡散・消費の速度が上がったこと。そして、フラット化。この条件の中でどう広告するか。伝えたいことをきちんと伝えきるか。それはまさに表現の問題でしかないではないか。

 みたいなことかな。こう書くと、ずいぶん反抗的なもの言いだよなあ、と思います。あと、こういう言い方をすると、テクノロジー否定のような感じに受け取られるけど、そうではないですからね。むしろ、日々進化するテクノロジーに必死についていってる私がいるもの。それはそれで、餅は餅屋、お互いがんばりましょう的な別の問題。でも、こういう補足を書かないといけないのが、情報発信における「今」ってことなのかも。そんな環境で、いかに広告が広告が本質的に持っている力を発揮できるか、というのが、このブログの広告関係エントリの主題だったのだろう、と思います。

 表現の問題というのは、表現の設計の問題でもあります。大胆な言い方になりますが、成功するかどうかの8割は、その設計で決まってしまいます。その設計のいい解を見つけられたら、その仕事の成功はなかば見えます。で、いい設計をしておけば、後からついてくる様々メディアでの様々な表現は、生き生きと活かされてくるものです。設計という言葉からのこじつけではなく、このニュアンスは都市や建物の設計に似ていると思います。

 私がこのブログを書き始めた頃からの仕事でも、それは実感することです。だから、もう、広告は個別のクリエイターの問題ではないのだと思います。もちろん、個別のクリエイターが優秀であることは必要。けれども、建築家のリアルな実務がそうであるように、それは建築主との幾度ものコミュニケーションによって生まれるもの。そう考えると、これはある人の受け売りではあるけれど、プレゼンの時代が終わり、ミーティングの時代が始まる、ということは確実に言えることだろうと思います。

 あとは、産業としての広告業界が、その流れに対応できるか、ということ。そして、この流れが見えてきたことが、私が実感する「時代の変わり目」というものの正体のような気がしています。

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2009年8月14日 (金)

10年早いわ!と言うヤツはしばきたおせ

ただし、心の中でね。
ほんとにしばくと警察くるからね。

10年早いなんて、誰が決めた。
10年待ったら、時代が変わってしまうがな。
やればいい。やればええねん。

なんやその顔、自信がないんか。
まあ今はしゃあない。
でも今まで君がやってきたことは、
逃げたり消えたりしないから、心配すな。

おっさんはこう見えても、
いろんなヤツに10年早いと言われながら
しれっと何でもやってきたんよ。
それで嫌われたり干されたりもしたけど、
やってよかったと思ってるよ。
少々やせ我慢も入っとるけどな。

10年早いわ!

そんなこと言うヤツはしばきたおせ。
心の中で。

えっ、その台詞、
先輩もよく言うじゃないですか、って。
あのな、よく聞け、若者よ。
おっさんがいつも言ってる台詞は、こう。

100年早いわ!

やって死ぬのと、
やらずに死ぬのとどっちがいい?

な。やればいい。
おっさんの言うことなんか無視して
思ったことをやればええねん。

やりたかったらやればええねん。
やらずに死ぬのは嫌やろ。

ほんとにやりたいことなら
努力の仕方もわかるやろし、
がむしゃらにやる中で
時代の流れも見えてくるやろし、
あかんかったらやめたらええだけなんやし。

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2009年8月13日 (木)

PV幻想の崩壊という意味合いもあるのでしょうね

 ちょっと旬を逃した感がありますが、8月6日のニュース。

マードック氏は決算発表後の電話会見で「質の高いジャーナリズムは高くつく。内容を無料で提供することは、資産を切り売りしているのと同じことだ」と語り、世界の主流となっている新聞社系Webサイトでの記事の無料提供を見直すと明言した。

 また「有料化の先陣を切ることで読者の減少に見舞われようともかまわない。もしわれわれが成功すれば、世界中の新聞が追随するだろう」とも述べ、傘下にもつ英国の高級紙タイムズや大衆紙サンなど、すべての新聞を来年夏までに有料化するとした。

新聞のWebサイトをすべて有料化に——メディア王のマードック氏(2009.08.06 ITmedia)

 紙媒体の発行部数は、欧米の新聞はかなり少なく、ひとつひとつの新聞のターゲットがかなりセグメントされているので(参照)、この出来事を日本の新聞にそのままあてはめることはできませんが、この試みがうまくいくと、やがては日本の新聞社系Webサイトも同じような流れになるのかもしれません。

 ほんの少し前までは、わりと牧歌的に、紙の新聞は消え、すべての新聞はPCで読まれるようになると言われてきたような気がします。そして、PCで読まれるという言葉が想定するイメージは、無料で、ということでした。そこに、有料というイメージはほとんどなかったし、また、多くのネットユーザーからは望まれていない雰囲気がありました。

 新聞社をはじめとする多くのニュース系Webサイトはコメント、トラックバックなどの双方向機能を強化し、PVの拡大に躍起になりました。なぜPVを上げようとするのか。それは、収益性という視点で見れば広告のクリック数を上げるためです。サイトの広告媒体の価値は、概ねPVとの相関で語られます。多くの人に見られている媒体は、それだけ価値が高く、よってその媒体にある広告枠も価値が高い。つまり、それは「広告モデル」を基準にした考え方です。

 この「広告モデル」は、マスメディアと同じように、ネットメディアでも同じように成功すると思われてきました。だからこそのPV獲得施策だったわけで、上記の牧歌的な未来イメージも、じつは、意識するしないにかかわらず、この「広告モデル」を前提に話されてきたのだと思います。Web2.0的言説を支えてきたもの。それは、案外、この従来型、しかも、PV至上主義的な「広告モデル」だったのかもしれません。

 そのPV至上主義的「広告モデル」の雄として、Google、Amazonが語られてきたし、ネットサービス各社がPV拡大のために取り組んできた動機は、構造的にはテレビ局各社が視聴率に躍起になっていることと同じで、このニュースの意味は、こうした「広告モデル」が、少なくともインフラ化していない、もしくは検索エンジン、あるいは物流センターを核とした配送システムといったインフラを持たない各Webサービス単体においては成り立ちにくくなってきた、という意味合いで捉えるべきなのかもしれません。

 なんとなく思うのは、このまま紙媒体の苦戦が続くと、ネットでのニュース配信はいつか有料に移行するかもな、ということですね。ネットの新聞サイトの広告は、他のポータルへの配信も含めて、PVでも広告媒体の量でも価格でも、わりと飽和点に来ているのではないかという印象を持っています。となると、今のようなネットの新聞サイトは今のままで持ちこたえられるのかな、と思ったりします。

都道府県別シェアから見た広告メディアとしての新聞(2008.12.07)

 半年前のエントリでも書きましたが、このままではいかないだろう、という感覚を私は持っています。もちろん、「広告モデル」が崩壊するわけでもありませんし、「課金モデル」が主流になるわけでもないだろうな、とも思います。例えば、報道であれば報道というコンテンツが必要とする収益をどこで最適化するのか。その部分で言えば、今の状況で言えば、PVが増大すれば、ロングテール理論のもと、広告収入も安定していき、従来通りコンテンツが成り立っていく、みたいな、これまでのWeb2.0的な流れ一本では最適化できないのだろうな、ということがわりあいはっきりと見えてきたのが、今、という情況なのかもしれません。

 私は、従来型のマスメディアにおける広告という分野で長年飯を喰ってきました。私たちと言っていいのかどうかはわかりませんが、少なくともこの広告業界は、ひとつの見当違いをしてしまった過去があります。それは、インターネットというものをメディアであると思ってしまったことです。だから、広告業界はインターネットにメディアをつくることから逃げてしまった、もしくは、出遅れてしまった。戦後、あれだけマスメディアの成長に寄与してきた経験があるにもかかわらず。

 そんな従来型広告業界の目線からは、ひとつだけ見えることがあります。それは、非常につまらない言い方になってしまうけれど、「バランス」ということで、ひとつひとつのメディアに求められる「バランス」のために日々の仕事の継続の意義があり、その均衡がメディアをつくってきているということで、その均衡は、コンテンツ制作者、視聴者、社会の3者の力関係の均衡です。また、もうひとつのレイヤーでは、質と量の均衡があり、その2つの均衡の余剰価値としての広告であるということ。また、その戦後からの歴史は、今の言葉になぞらえると、PV至上主義の成功と失敗の歴史でもあります。また、日本のメディア史というのは、きっとその繰り返しの歴史でもあるのだろうとも思います。

 私は広告コンテンツを作る制作者ではありますが、あえて言うと、だからこそ、このブログでは意識的に、広告の下部構造としてのメディアを自分なりに考えてきました。その考察から、なんとなく見えてきたのは、日本の広告業界の良質的な価値は、そういう余剰価値としての広告というスタンスで、メディアにかかわってきた、という部分であろうということでした。余剰価値としての広告の価値をつくるために、回り道をしてでもメディアを育てようとしてきた。「損して得とれ」ではないけれど、そんな戦後の広告業界というのは、世界的に見てもたいしたものだな、という思いが私にはあります。

 けれども出遅れてしまったからこそ公では発言しないことでもあるのでしょうし、発言すれば既得権益層だと言われそうでもあるし、また、今の情況で、ほんとうに答えが見えないということもあるのでしょうし、あまりよくわかっていないということもあるにはあるのでしょうが、まあ、わりあい身軽な私のような者がこうしたニュースに反応してブログで何か書くということも、なにかしらの必然があったりもしたのかな、とも思っています。

 では、引き続き、よいお盆休みを。本日は、私ものんびりお休み中です。

 

■関連エントリ
 ・広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1)
 ・広告代理店って、何を代理しているのだろう。(2)
 ・広告代理店って、何を代理しているのだろう。(3)

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2009年8月12日 (水)

丁寧な仕事

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 新橋のなんでもない高架下ガードだったりするわけですが、時代的にはきっと古めのもののような気が。この手の建物を見ると、決まってうちの親父はコンクリの窓の角とかアールの部分を手で触って「昔の人はいい仕事をしてるなあ」と言うんですね。親父は水道工事の仕事をしてましたから。

 小さな頃からそんな親父の話を、子供心にちょっと恥ずかしいなあと思いながら聞いてきたからなんとなくわかるのですが、この手のコンクリの建造物の場合、まずコンパネで型枠をつくらなくちゃいけなくて、コンパネは既製品がただの板きれだから、窓とか天井の、こういうなめらかなアールをつくるのは型枠をつくるのがすごく面倒。壁の表面にうっすらとコンパネの跡や固定する器具の丸い跡がついているのがわかるから、これは後から塗ったものではなく、所謂コンクリ打ちっぱなし。しかも、コンクリ表面に気泡がないのが見事ですよね。コンクリを練ったり流し込んだりした、当時の職人さんがすごく丁寧な仕事をした証拠でもあるわけです。

 いつつくられたものかはわかりませんが、立派なもんだなあ、と。見習いたいものだなあ、と。そんな気持ちを、東京のとある喫茶店よりお届けしました。では、みなさま、引き続きよいお盆休みを。

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2009年8月10日 (月)

Perfume、トライアングル、直角二等辺三角形

 トリオという形式が気になります。ちょっと執着を持っていたりもします。だから、キャンディーズも気になるし、今をときめくPerfumeも気になります。

 ジャズピアニストに、ビル・エバンスという人がいます。彼がジャズシーンにデビューした頃は、ハードバップ全盛。例えばピアノトリオでは、パド・パウエル・トリオ。超絶的な技能と音楽性を持つ天才ピアニストであるバドが頂点に君臨し、バックのリズム隊(ベース、ドラム)が支えるという構造。二等辺三角形ですね。

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 ビル・エバンスというピアニストは、この二等辺三角形を壊しました。

 インタープレイ。ピアノ、ベース、ドラムが対等。ドラムがリズムを刻み、ベースが和音のルート音をなぞらなくても、3者が対等であるならば、ポン、と音が出た瞬間に、和音やリズムなど、音楽を構成するものすべてが共有されているはずで、その音楽空間の中で必要な音はその瞬間に決定されている、という考え方です。

 だから、ドラムはズーチャカと共有されているリズムをなぞる必要もなく、ベースもルート音はじまりのランニングでその和音をなぞる必要はないじゃないか、ということ。この感覚は、バンドをやっている人はわかると思います。エバンスという人は、頂点のない正三角形を目指しました。

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 さて、Perfume。このグループにはリーダーがいないようです。私は、あ〜ちゃんがリーダーかな、と思ったりもしていますが、どうもそうでもないようです。なんとなく、私は、エバンスと同じ、頂点のない正三角形をイメージしていました。

 キャンディーズの場合は、ある時期からランちゃん(伊藤蘭さん)でした。グループをわかりやすくキャッチーなキャラクターにするために、意識的にそうしたのだと思います。つまり、二等辺三角形。強度は違えど、構造はバドと同じです。しかし、Perfumeは正三角形。そこが、このグループの新しさだと密かに思っていたのでした。

 Perfumeのニューアルバムは、「⊿」ですよね。

 正三角形を意識しているのかと思っていたら、ちょっと違う。読み方は「トライアングル」だそうです。なるほど。まあ、三角形モチーフなら、デザイン性優先か、と思っていたら、全国ツアーの名称が「直角二等辺三角形」と来ました。さあ、どうしましょ。

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 調べてないからわかりませんが、公式に意味は発表されていないんでしょうね。直角二等辺三角形というのは「白銀比」をもとに作ることができる、二辺が同じ長さの直角三角形ですね。

 リンク先のブログを書かれている方は、この「白銀比」に着目され「日本人にとって,なじみのある比率であり,今でも日本人は白銀比を美とする。」と考察されています。ほんとはどんな意味があるんだろう。教えてほしいような、教えてもらいたくないような、なんとも微妙な感じがPerfumeらしくていいですね。

 今回は、結論がなくって、すみません。ではでは。

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2009年8月 9日 (日)

 木曜日の夜、仕事が思いがけず早く終わったので、映画「ディア・ドクター」を観に行ってきました。有楽町のシネカノン。鶴瓶さん主演。西川美和さん監督。僻地のお医者さんの話。この映画の広告には、こんな言葉が添えられています。

 その嘘は、罪ですか。

 鶴瓶さん演じる主人公。僻地にただひとりのお医者さん。みんなに親しまれ、頼りにされているお医者さん。でも、彼は嘘をついている。たったひとつの嘘。

 西川監督は、その嘘をめぐる物語の時間を再構成して、その綻びを淡々と描いていきます。まるでドキュメンタリーのように。笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、井川遥、八千草薫。ひとりひとりが、そのひとつの事件をめぐる本当の当事者であるかのようでした。

 私は大阪で育ちました。私の世代は、鶴瓶さんのラジオを聞いて育った世代で、私のこの映画への期待は、あの鶴瓶さんがどう演じているか、というものでしたが、その期待はいい意味で裏切られました。スクリーンに映っているのは、あの鶴瓶さんではありませんでした。

 ここ数年、母のこともあり、医療に接する機会が多くあります。医療という仕事は、家族の立場から見れば目を背けたくなるようなことも行わなければならない仕事でもあることも、私も父も妹も理解をしました。理解するのには時間がずいぶんかかったけれど。

 その嘘は、罪なのか。罪ではないのか。社会は罪とするでしょう。そうでなければ、この社会は成り立たない。けれども、罪ですか、と問いかけてしまいたくなる部分こそが、医療という仕事の現実を成り立たせてもいる。

 私はつい最近、ある人に、ひとつの嘘をつきました。その人は、がんとたたかっていました。その人は、私にあることを聞いてきました。そのことは、私にとってはいいことで、その人の社会復帰後にとっては、あまりよくないことでした。

 「そんなことあるわけないじゃないですか。」

 嘘をつきました。その嘘が罪なのか、罪じゃないのか。私にはもう、その答えを知るすべもありませんが、有楽町の映画館で、そんなことをずっと考え続けていました。

 緻密な構成と脚本で、まるでその出来事が創作であることを拒絶するかのように進む物語。けれども、その完璧な物語を破綻させるかもしれないと思えるシーンがひとつだけありました。最後のシーン。あの最後のシーンは、蛇足と言う人も中にはいるかもしれないと思います。あのシーンだけは、ファンタジーだから。

 けれども、あのシーンは必要だったのだと思います。少なくとも、西川監督にとっては必要だったということだろうし、映画館で観る私にとっては、なくてはならないシーンであったと思いました。

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2009年8月 8日 (土)

NHKの土曜ドラマ「リミット 刑事の現場2」がすごかった。

信じること。
疑うこと。

愛すること。
憎むこと。

 もう終わってるよ、人間は。

私はあなたを許さない。
私はあなたを許します。

 愛なんか憎しみに勝てないってことを教えてやるよ。
 俺はもう人間のふりするのをやめた。

こいつは俺が殺すよ。

人間って何だ。

 そんなドラマでした。土曜ドラマ「リミット 刑事の現場2」。全5回シリーズが今終わりました。すごかった。激しいドラマだった。再放送、NHKオンデマンド、もしくはDVDが出たら見るべき。強くおすすめします。もうね、批評する言葉が見つからないです。

 作、遊川和彦。制作、NHK名古屋放送局。

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2009年8月 7日 (金)

Perfumeのインタビューが読みたくて買った「ROCKIN'ON JAPAN」だけど、Perfumeのインタビュー以外はあまり興味がないんだよなあ、もったいないよなあ、というありがちな気持ちを起点にして、メディアについてあれこれ考えてみました。

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 少し前に、Perfumeのインタビューがネットで話題になったことがありましたよね。あ〜ちゃんが苦悩しているとかなんとかかんとか。ブログで引用されていたPerfumeのインタビュー記事が興味深くて「ROCKIN'ON JAPAN」7月号を本屋さんで買いました。その号はRIP SLYMEの特集号で、特にPerfumeの特集号というわけでもなく、そもそも私は日本のロックシーンはあまり詳しくなく、わずか10ページほどのPerfumeの記事以外は、私はどうにもこうにも興味を持てなかったわけです。

 そもそも「ROCKIN'ON JAPAN」という雑誌は、日本のロックに興味がある人を対象としている雑誌で、その雑誌が持っている購読層の関心領域にPerfumeがあって、だからこそ、このインタビューが掲載されたわけだから、「ROCKIN'ON JAPAN」が想定する読者層から外れる私がそのような気持ちを抱くのは当たり前なわけです。

 また、こうした特集を組むことで、雑誌はこれまでの読者層を拡大していって、新しい読者を獲得していきます。私はPerfumeのインタビューを読みたくて買った「ROCKIN'ON JAPAN」ではありますが、その後、この雑誌を通して日本のロックに興味が出たということもなく日々を過ごしていますが、Perfumeファンの若い人は、この雑誌を読むことで日本のロックに興味を持ちはじめるかもしれませんし、そうなれば、その人は「ROCKIN'ON JAPAN」の新しい読者になってくれるかもしれません。

 ●    ●

 ここで、このあたりの話を「メディア」を軸に整理してみます。

 まずはじめに、日本のロックを広く追いかけていて、日本のロックファンの多くに支持されている「ROCKIN'ON JAPAN」という雑誌があります。その雑誌が、アイドルだけれどコアなファンにも支持される音楽性を打ち出したPerfumeというグループを、コアなロック雑誌の視点でインタビュー記事にしました。だからこそ、その記事は広く知られ、かつ、その記事の視点の独自性からブログで取り上げられ、話題になりました。そして、コアなロックファンでもない私が興味を持ち、その記事を読みたいがために「ROCKIN'ON JAPAN」を購入しました。

 このプロセスを、今度は興味を持った「私」を起点に考えてみます。

 もとの記事がただのインタビューではなく独特な視点を持ってるインタビューだったから、ブログに取り上げられて話題になりました。話題になって、コアなロックファンではないけれどPerfumeに興味を持っている私が目にすることになりました。数多く世の中にある普通のPerfumeのインタビューであれば、私は本屋さんでなじみのない「ROCKIN'ON JAPAN」を購入するまでの興味を持たなかったわけです。つまり、私の興味は、じつは私の気持ちとは関係なく、構造的にはじめから音楽専門雑誌「ROCKIN'ON JAPAN」というメディアに紐づいているわけです。

 私は「ROCKIN'ON JAPAN」を購入してインタビューを読んで、面白いなあという感想を持った後、「でも、この雑誌、私にとっては、他に読むところがないなあ、なんかもったいないよなあ、でも興味ないしなあ。この記事だけ買えればリーズナブルでいいのになあ」なんてことを思いました。まあ、たかだか数百円なのでいいと言えばいいのですが、今、インターネットを支えているメンタリティは、こうしたメンタリティだとも言えます。

 そうしたメンタリティに応えるかのように、音楽CDは曲ごとにダウンロード購入することが可能になり、多くのネットメディアでは、パーマネントリンクとSBMサービスを含めたニュースサイトにより、興味のある記事をピンポイントで無駄なく読むことができます。ロングテール理論を軸にして、コンテンツを際限なく微分化していくこのシステムは、読み手、つまり消費者の要求に忠実なシステムではあります。しかしながら、そのシステムは、コンテンツの成立要件、またはコンテンツの下部構造を構成する「メディア」というものの言い分をまったく組み込んでいないシステムでもあります。

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 あのちょっとだけスキャンダルをつくってやろうという意図が隠れする、だからこそ、他にはない独自の視点があり面白いPerfumeのインタビュー記事は、メディアとコンテンツの関係で言えば、やはり「ROCKIN'ON JAPAN」という日本の多くのロックファンに支えられたメディアと不可分だと言えます。言うなれば、私が「他に読むところがないよなあ」とぼやいた部分こそが、あの記事の「質」を成り立たせている肉体であるとも言えるし、簡単に言えば、私視点の言い方ですが「無用の用」として、なくてはならないものであるとも言えるでしょう。

 きっと、「ROCKIN'ON JAPAN」というメディアなくして、あのインタビュー記事の「質」は実現できないのだろと思います。同じように、今、かろうじて残るアルバムというメディアなくして、アルバムの構成曲のひとつである曲が持つ、シングルカット曲にはない独特の「質」というのも実現できなくなります。

 そんなもの、雑誌とかアルバムとかなくてもつくればいいじゃないですか、という意見もあるかもしれませんが、それはきっとつくれないです。マクルーハンは「メディアはメッセージである」と言いました。それは、メディアはコンテンツをのせる器であるとともに、メディアこそがコンテンツを生み出す肉体そのものなんだ、ということなのだろうと思います。これは、ここでは論じていないけれど、マネタイズ関連の話も含みます。

 メディアはコンテンツを生み出す肉体です。それは絶対にそう。なぜ私が長い文章を書くのか。それは、私が長い文章を書くのが好きだから。それは、半分正解だけど、まだ半分別の答えがあります。それは、このブログが長いのを書けと言っているからです。メディア視点で考える。いま、コンテンツを考える上で一番大事なことなのではないか、と思います。

 

■関連エントリ(かつて、日本の広告代理店がやってきたのはこういうことだと思うんですよね。)
 ・広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1)
 ・広告代理店って、何を代理しているのだろう。(2)
 ・広告代理店って、何を代理しているのだろう。(3)

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あとがきです。

 このエントリのURLにもともと書いていたエントリの公開を予定通り終了し、この文章は上書きして書いています。お盆休みの初日の土曜日にもかかわらずご訪問いただいた方はどうもありがとうございました。生まれてはじめて自分が出演してのおふざけ、運良く読まれた方は、オモロかった、つまんねえ、ふーんそれで、ちょっと大丈夫なの、などなどの感想があるかとは思いますが、書いている本人はすごく楽しかったです。

 12時間限定でしたけど、なんとなく自分の中で小さなお祭りにしたかったんですよね。というか、愚かに見えても、人間には儀式がいるような気がするんです。それに、やっぱり、好きでやってる個人サイト、書いている本人がまず楽しくなきゃね。

 そこでも書いた通り、プロフィールを更新しました。

 とりあえず写真は掲載しようと思ったんですね。いろいろな方からのアドバイスもあり、それに、何より個人的にもそうしたほうがこれからはいいんだろうな、という思いがありました。9月からはいろいろ環境が変わるし、12月にちょっとしたお話を学生さんの前でするお約束をしていて、このブログを起点として、いろいろ自分の実社会での活動とリンクができてきましたので、そういう判断をさせていただきました。

 名前については、実社会での名前とリンクができれば私としてはよく、特に深い考えもなく、とりあえずはまあどちらでもいいか、と。ここではやっぱりmb101boldっていう名前のほうがいいのかなあ、なんてまだ迷いがありますが、でも、私にとってはわりと小さな問題なんですよね。

 ちょっと真面目に言うと、こうしたことは、ネットではわりとセンシティブなことのようで、私もかつては実名匿名問題について言及したこともあるし、またそれ以上に、キリスト教的な匿名性、あえて現実の利を求めない善行、というような匿名性の良い部分にずいぶん依拠して書いていた部分もあるにはあって、それが理想論であろうとなかろうと、その意識みたいなものを持ちながら2つの世界を行き来ができるのかどうか、という葛藤もあり、現実的な妥協の意味合いもずいぶんあるだろうなと思います。何かを得るということは、何かを捨てるということでもあるから。

 そのあたりの私の考え方は、基本的には、2年ほど前に書いた「たかがブログじゃないですか。」というエントリから変わっていません。その中で、私はこんなことを書いています。

 だから、ブログはこうあるべきっていう話は、こうあるべき、からはずれた人を排除する話にしかならないわけですよ。こんな私でもブログはじめる時代なんです。たかがブログじゃないですか。

 そんなわけで、ひそやかに小さなお祭りもやったことだし、たかがブログとして、これからもゆるゆると続けていこうと思っております。今後ともどうぞよろしくお願いします。

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2009年8月 6日 (木)

なぜそれを撮影するのか

 そこにカメラがあったから、なんだろうなあ。

 でないと、なんでこんな写真を撮影したのかの理由がつかないものなあ。

 で、なぜその写真を掲載するのか。それは、そこにブログがあるから、ということで、GR DIGITAL Ⅱ試し撮りシリーズです。

 巷では、GR DIGITAL Ⅲが話題になっているとの噂が出ていますが、私は情報に疎いのでまったくもって知りませんです。知りませんってば。嗚呼。 

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 こういうのって、カメラがあるとなぜか撮影してしまいますよね。カメラいじるようになって、あっ、そう言えば、建築がめっちゃ好きだった、ということを思い出しました。

 

R0010058

 あっ、猫。でも、GRは28mm単焦点。だから、こんな感じ。

 

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 アリ目線。雑草もけっこう森っぽい。

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2009年8月 4日 (火)

Twitterかあ

 私にはちょっと無理だなあ、とブログでつぶやいてみたりして。

 なんていうか、思考が微分化されていくのが、個人的についていけない感。ああいう感じで軽やかなコミュニケーションはうらやましいとは思うんだけどねえ。mixiもちょっとしんどい感じが個人的にはしたなあ。生活的にも、このブログだけで精一杯感あるしなあ。このあたりは、完全に時代についていけてない感が。

 なんか、いろいろついていこうとはしてみたけれど、私にとっては、ブログって、個人雑誌みたいなもんで、「俺が書き、俺が編集して、俺が発行する」みたいな感じ。そういう中で、コメントやトラックバックをいただいたり、メールをいただいたり、そんなときどき生まれるコミュニケーションで、私的には十分に幸せ。

 Web2.0とか言っていた時代からもっと進んで、これからはMash upだ、Twitterだ(というか、今のは2度目のブームのような気がするけど)、と言われていて、それについていけない私は旧人類とか思うけれど、私にとっては個人が簡単にサイトを持てて、それなりに思いを込めた文章とか写真とか絵とか映像とかを発表できるようになった、ということで、十分にWeb5.0くらいの出来事なんですよね。

 もちろん、そんなWeb2.0的なサービスは、受動的には便利に使うけれど、そこで主体性を持って参加するまでのスキルがいまいち自分にはない、というか。

 YouTubeなんかは、すごいよなあ、とは思うし、いろいろと著作権上の問題はあるにしろ、映像の分野で言えば、これは革命と言ってもいいかなあ、と思うんですが、ニコニコ動画になると、いまいち私的にはわかんなくなるんですよね。もちろん、人気が出るのはわかるし、でも、個人的な指向で言えば、映像を引用してきちんと自分の場所で言及をしたくなるタイプなんだよなあ。

 まあ、そうした多様性があるのはいいことだと思うんですけどね。でもなあ、時間をかけて書くブログでさえ、書くからにはどう思われてもしょうがない、それが書くということだ、みたいな、挟持というか、開き直りがいるし、書いたあとにあれは違うよなあなんて思うこともあるのに、つぶやきを気軽には残せんよなあ。

 そんな感じに思っている人もいるんだろうな、きっと。でも、そういう声は、今はあまり出てこないんだろうなあ。そう思っている人の多くは、Twitterって何?っていう人だろうしなあ。

 そういえば、ブログをやりはじめの頃、2年くらい前だけど、とあることで、急激にアクセスが増えたことがあって、それがすべてtwitter.comからのアクセスで、そんなこともあって、Twitterには怖いイメージがつきまとっていたりもするんですが、それからくらべるとずいぶんとメジャーになったもんだな、とは思いますね。って、何が思いますねなんだか。

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2009年8月 3日 (月)

コンセプト、プロポジション、テーマ

 「コンセプトって、どういう意味なんですか。説明してください。」

 私は今まで納得できる明快な答えや説明を聞いたことがありません。ネットを見てみると、ウィキペディアでは「概念」という項目に飛ばされて、かなり難解な説明になっていますし、広告業界をはじめとするいろんな業界で当たり前のように使われる言葉のわりには分かりにくい言葉だなあ、と思います。

 そんな中、わりとまとまっている説明があるサイトが、三省堂の「三省堂ワード・ワイズ・ウェブ」の10分でわかる「コンセプト」の意味と使い方というページ。よく出来ているページなので、そちらをお読みいただくとして、こちらは別の話を。

 ●    ●

 上記リンク先では、こんな用例と解説が出ています。引用します。

例えば「今度開店するレストランのコンセプトは“近未来”でいこう」と言った場合、レストランの店名・内外装・メニュー・広告などに、近未来的な演出を施そうという意味になります。

 これが、我々が通常使っているコンセプトの意味に近いでしょうね。「なんかこう、オシャレで最先端な感じでさあ」というのもコンセプトなんだろうな、と思います。もともと産業としての広告のはじまりは、ロートレックの例を見るまでもなくポスター屋さんだったりするだろうし、そのポスターは画家が内職的に描いていたのだろうから、このコンセプトという考え方は広告になじんだんでしょうね。

 絵画に近いものとしては、例えば建築とか。上の例も建築だし、プランナー時代に大手設計会社の建築コンペにかかわったことがありましたが、そのときも、どこで勝負するかというと、やっぱりコンセプトでした。いかに勝てるコンセプトをつくるかに躍起になっていました。

 私は、このコンセプトという考え方が広告に適用されたのは、建築の影響なのではないかと思っています。都会派のAに対して、庶民派のB。そんなふうに競っていた時代。このコンセプトという考え方は、長い間、広告の主流の考え方でした。で、そのコンセプトのアンチテーゼとして出て来たのが、プロポジションという考え方です。

 その総本山である会社に私はかつていましたが、そこではコンセプト的思考が古いものとして扱われていました。時代はプロポジションだよ、と。プロポジションというのは、日本語にあえて訳すと「主張」です。つまり、メッセージ。このあたりから、広告は、絵から言葉に変わってきた、とも言えるかもしれません。

 ●    ●

 タレント広告で、タレントさんの起用を考えるとき、どうしてもコンセプトで考えるようになります。都会的な誰それ、王道の誰それ、というように。一方、プロポジションでは、タレント起用については考えにくかったように思います。主張ですから、そこまでストレートに商品やブランドの主張を代弁するには、タレントというのは絶対的に役不足になります。

 私はわりと広告を下部構造から考えるのが好きな人間なので、広告をつくるときは、こうした「考え方」から入ります。プロポジション派の広告会社にいたからというわけではないですが、意識的にプロポジションで考えて広告をつくっていたときは、言葉だけの広告をつくっていたことが多かったように思います。絵があったとしても、例えばコロナビールだと、3つの広告をつくりましたが、じつはどの広告も、プロポジションは「ライムがないときはコロナは飲んではいけない」というもの。つまり、どの広告も同じ主張。

 で、コンセプトとプロポジション。

 どちらも得手不得手があるんじゃないかな、と思います。それと、どちらも大切。やってみて思うのは、なんだかんだやってみても、結局はどちらが際立っているかの程度問題で、コンセプトでつくっていても陰にかくれてプロポジションがあるし、逆も同様。あまりひとつの方法論に固執すると硬直化するのはなんでも同じ。でも、こういう考え方は知っとくほうが得ですけどね。

 ●    ●

 それと、最近思うのは、キラーメディアというのがなくなってきて、メディアとか生活シーンが多様化され、複雑になり、もっともっと立体的なコミュニケーション設計が必要になってきた今、もっと上位に位置するしっかりしたものが必要になってきているのかな、なんて思います。それを、私は「テーマ」という言葉で勝手に呼んでいます。

 大胆なことを言えば、「テーマ」がぶれなければ、コンセプト、プロポジションは場に合わせて最適化してもいいんじゃないか。もっと柔軟になっていいんじゃないか。でも「テーマ」だけはぶれてはいけない。もちろん、これは極論ですが、案外、そういう考え方は広告とかプロモーションでは現実に近い考え方なのではないか、と。ま、今のところ仮説ですけど。

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2009年8月 2日 (日)

ケータイの請求書

 ケータイといっても私はウィルコムなんですが、クレジットカードの請求書にあるウィルコムの項目を見ると、いつもの半分くらいになっていて、あっ、そうか、CMプロデューサーのKさんがもういないからなんだな、と気づいた。

 昨年の秋頃にKさんの肺にがんが見つかって、抗がん剤治療が終わって、一度は復帰して仕事も一緒にしたし、再発したと聞いたとき、次も同じだろうな、とこちらは気軽に構えてて、でも、この前、Kさんと一緒に仕事をした人たちと集って話したとき、Kさんはその時点で死を覚悟していたということらしかった。らしかった、というのは、Kさんの上司である人が、今から思えばそう思えるな、と言っていたということだけど。

 まあ、ずっと入院されていたから、ずいぶん前から安い通話料金しか払っていなかった感じだったんだけど、Kさんがまだ生きているというだけで、なんか電話とかしょっちゅうしている気になっていたし、請求書だって、中身を見ずに捨てるだけだし、そんな感傷にひたる間もなく、時間は容赦なく進んでいく。

 このところの広告不況。Kさんの弟子みたいな若い子は、その会社には残れなくなったと聞いた。世知辛いね。Kさんに託していた私の全CM作品のマザーをその子に託した。別に託したからといって、これから彼に仕事を引き継いでもらうということでもないし、私にしても、いろいろ変化もあるし、それに仕事というのは、Kさんと私の関係だけでやっているものではなく、かかわったみんなの力があってのものだと思うし、その体制を支えているものは、その会社の信用だったり力量だったりするのだし、いくらKさんであっても、フリーという立場ではCMというものはつくれないだろうし。

 だから、仕事の上では、Kさんイコールその会社ということだし、それがプロというものだと思うし、その子にマザーを託すのは気持ちの問題に過ぎないのだけれど。

 と同時に、この機会にタバコをやめようかな、健康診断に行かなくちゃな、なんて思っている自分もいるわけで、それよりさしあたっては、大阪の病院にいる母のもろもろのことが頭にいつもあるし、母のことにしても、危機を脱したら脱したでいろいろあるわけで、そんなこんなにあたふたしながらも、笑ってやっていきたいよな、愉快に生きたいよな、なんて思うし、夕飯に食った安物のステーキが胸につかえる感覚が、きっと生きるということのリアルなんだろうとも思う。

 テレビのニュースを見ると、阪神がめずらしく巨人に勝っていた。でも、15ゲーム差もある今シーズンは駄目だろうし、もう来年のことを考えているのが、ああ、それって典型的な阪神ファンの心理だよなあ、と。さあて、明日から、いろいろあるなあ、どうするかなあ、うまく運ぶといいなあ。

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2009年8月 1日 (土)

釜玉うどん

 讃岐うどんに「釜玉うどん」ってありますよね。あれ、うまいですよね。私は、最近、とはいっても2年ほど前ですが、はじめて食べて、「うま〜、世の中にこんないい感じのものがまだあったなんて」と思いました。大げさでもなく。ちなみに、「釜玉うどん」というのは、茹でたて熱々のうどんに生卵を落としてかき混ぜて醤油をかけて食べるうどんのこと。うどんが熱いから卵が半熟になって、いいんですよ。あんなの、大阪にも、東京にもなかったなあ。

 都内では、「はなまる」とかJR系のさぬきうどんのスタンドとかで気軽に食べられます。セルフのさぬきうどん屋さんにはたいていあるのではないでしょうか。ある人によると、本場とは違うとも、本物はもっとうまいとも言うようですが、まあ、それは言わせとけってことで、私は、都内の「釜玉うどん」で十分満足しています。なんか、「すごく幸せな食べ物だなあ」って思うんですよね。うどん。生卵。醤油。以上、みたいなシンプルさもいいし、なのに、「はい、シンプル、シンプル」っていう感じでもなく、いい感じ。

 でも、ひとつだけ難点があって、ちょっと時間がかかること。頼むと、かならず「10分ほどお時間いただきますけど、大丈夫ですか?」って言われるんです。そう言われると、反射的に「じゃあ、かけの中で」と答えてしまうんですよね。

 ま、急いでいるからでもあるし、セルフなので、席で待っている感じがちょっと手持ち無沙汰な感じもするからでもあるけど、でも10分くらいなのに、そんなに急いでどうするんだよ、とは思うなあ。そんなに忙しいかよ、とも思うし。

 そんな「10分ほどお時間いただけきますけど」の質問があることがわかっているから、ついつい「釜玉うどん」を注文するのが億劫になってしまって、最近はあまり食わなくなってしまっているんですよね。それは、ちょっとなんだなあ、とは思うんですよね。でもまあ、ぬるいうどんでつくる「釜玉うどん」は食べたくないので、そのへんのお店側のカイゼンは必要ないとは思うんですけどね。

 この前、ひさしぶりに「釜玉うどん」を注文してみて、食べてみたんですが、味がちょい薄いかなと思って醤油を足すと、少し味が濃くなってしまいました。過ぎたるは及ばざるがごとし、ですね。次はきちんと加減しようと思っています。

 話は変わりますが、うどんというものは、食べ方によって味が変わりますね。これは、いろんな方が何度も何度も書かれていることだから、私がわざわざ書かなくてもいいちゃいいんでしょうが、私、関西育ちでうどん文化で育ちましたが、関西のうどん文化って、基本は「かけ」なんですよね、その上に、きつねが乗るか、天ぷらが乗るか、牛肉が乗るか、昆布が乗るか、という感じ。

 讃岐うどんがブームになって、「冷やし」とか「釜揚げ」とか、いろんな食べ方が全国区になって、冷やすとすごくコシが出るし、あたたかいとモチッとしているし、うどんそのもののおいしさを広めたのは、やっぱり「讃岐うどん」なんでしょうね。仕掛けたのは、この人たちだそうです。新宿にあるこの人たちプロデュースのお店「麺通団」にブーム最高潮のときに連れて行ってもらったことがありますが、長い行列ができていました。今は、そんなことはないですが、それでもけっこう賑わっているのは、「讃岐うどん」の実力の賜物なんでしょうね。まさに「恐るべきさぬきうどん」。

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