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2009年8月30日 (日)

ラジオの楽しさが生き残るために(2)

 ラジオに限らずテレビもそうですが、基本、放送の中身である番組は、もしかすると放送されたその瞬間はまだコンテンツではないのではないか、という気がしています。少しばかり極論気味な感じがしますが、「番組は放送された瞬間はコンテンツではない」という仮説で論をすすめてみます。

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 番組は放送された瞬間はコンテンツではない。

 では、それは何か。言葉の使い方は正しくないのかもしれませんが、ニュース、もしくはニュースに近いものなのではないか、と思います。そう考えると、私が前回のエントリの冒頭で上げたポッドキャストの違和感に説明がつくような気がします。

 ラジオの未来が語られるとき、いつもポッドキャストのテクノロジーとともに語られます。しかしその方向性が、番組の広告・PR目的以外の目的では、現在のところうまくいっているように思えない理由は、CMやオンエア楽曲、出演者契約などの諸権利問題だけではないと私は考えます。もしポッドキャストでの広告収益モデルが完成したとして、ラジオ番組がすべてポッドキャスト化すると、ラジオに未来がやってくるのか。そうではないことは、わりとたやすく想像できるだろうと思います。それは、ラジオからタイムテーブルが消滅する、もしくは無効化することを意味します。タイムテーブルの無効化は、ラジオのニュース性の消滅を意味します。

 なぜ、ラジオ放送は広告モデルなのか。それは、広告というものは、それ自体がすでにニュースであるので、その性質上、基本的にはコンテンツにつくものではなくニュースにつくものだからです。テレビもそう。新聞もそう。雑誌もそう。話からは少しずれるかもですが、新聞系ニュースサイトの有料化への流れ(参照)は、広告モデルから課金モデルへの移行という軸で見るべきではなく、広告モデルだけでは支えきれないという成長性の上限という見方をすべきなのだと思います。新聞は、紙媒体では購読料+広告料で成り立つ媒体だったわけですし。

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 ラジオがコンテンツではなくニュースである、という軸で考えると、ラジオ黄金期になぜフリートークという括弧付きの「話芸」が生まれ育って来たのかが少し理解できそうです。関西だと、仁鶴さんから鶴瓶さんに至るラジオ話芸は、まさにニュース性を持つメディアとしてのラジオに最適化することで生まれたと言ってもよいのではないか、と思います。

 これはテレビにも同じことが言えますが、音声だけを表現手段とするラジオは、そのメディア特性上、生放送が多くなりますし、スタジオとパーソナリティだけで番組が成り立つシンプルさゆえ、そのニュース性が表現としてはより際立つ構造になっていると思います。

 その昔、ラジオ大阪に「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」(参照)というラジオ番組がありあました。鶴瓶さんと放送作家の新野新さんが話すだけのラジオ番組です。日曜の深夜でもあり、終了時間もまちまちで、初期の頃はスポンサーもなくCMさえ流れませんでした。その自由さこそが、20年以上経った今もなお、コンテンツ未満のニュース性を持つラジオの可能性の中心にあると私は思っています。

 そして、補足として取り上げておきたいのは、ネットラジオではじまった「nukarumi.com」のこと。私は会員でしたが、やはり有料コンテンツで、いつでも聴ける環境では、あのライブ感は出せていなかったように感じました。数ヶ月で終了したネットラジオは、ラジオ放送の本質が、コンテンツではなくニュースであることを象徴しているように今の私には思えます。

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 しかしながら、あのライブ感が今ラジオで成り立つのか、というと、少し疑問符がつくことも事実です。簡単に言えることではなさそうですが、象徴的なのは「北野誠のサイキック青年団」の終了(参照)なのだろうと思います。今の時代の情報の拡散は、ひとつのメディアで閉じることを許さない感覚があります。その要因のひとつが、私のブログのような個人メディアであることも否定できない事実でもあるし、良くも悪くも、そういう環境の中で考えないといけないし、それはテレビも出版も同じでしょう。でも、その社会的、時代的制約の中で、ラジオメディアが新しい自由さを獲得することは可能なのではないか、と私は思っています。

 そのためには、ラジオはどういうものなのか、ということをもう一度考える必要があるだろう、というのが私の見立てです。少し大雑把な用語使いと、仮説からの考察で、整理されないままの断章ばかりになってしまったきらいがありますが、何かの光が見いだせたら、と思うんですけどね。

 特にAMラジオは、制作もスポンサー料もテレビにくらべても安く、考えようによっては、今最も「何とかしようのある」メディアでもあると思います。何でもそうですが、こんな憂鬱な時代の流れも、魅力的な番組ひとつで変わってしまうのも事実でもあるし、このブログを書き始めた頃に書いた「がんばれAMラジオ。」ではないですが、まあ、それぞれの立場にはあるけれど、ラジオファン同士がんばっていきましょう、という感じです。できることからやるしかないですね。では。

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コメント

2が更新されていたの気づかずに、1にコメント書いてしまいました。
即時性という話興味深いです。テレビの人もよく使う言葉ですね。その時間軸のコントロールは、配信者側がするべきなのか?とは少し思います。ラジオは今、「大好きな人だけが聞く」メディアになっていると思います。ネット+ラジオは、「大好きな人はリアルタイムで、好きな人はアーカイブを聞く」という方向が良いように思います。アーカイブは当面配信者側で用意する必要も無いのかも?とも思います。ラジオファンとして嬉しいエントリーでした。長文すいませんでした。

投稿: srst | 2009年8月30日 (日) 09:06

このへんの話はじつは悩ましい問題のはずなんですね。権利問題とか既得権問題だけでなく、いろいろ本質にかかわることですしね。
私の問題意識としては「大好きな人」でさえ離れている感じもあり、私としてはラジオというメディアがチープメディアならではの特性が活かされて、今、ラジオおもろいよ的な状況になればなあ、と思っています。
なんか時代に取り残された課題のエントリでしたが、読んでいただきありがとうございました。今後ともよろしくです。

投稿: mb101bold | 2009年8月30日 (日) 12:00

両方にレスありがとうございます。また書きますが、レス無くても結構ですw
今、ラジオおもしろいよ的な状況にはなり得ると思います。テレビは、大きすぎて難しそうですが。
全体通して気になったのが、「ラジオ文化、ラジオ業界」を何とかしたいのか、「面白いラジオ番組」を何とかしたいのか、という点です。僕は後者です。話芸のある、ラジオ業界自体を牽引してきたような番組が打ち切りになったりしている現状は、寂しいなと思います。

投稿: srst | 2009年8月30日 (日) 13:52

乱入者です。
読ませていただきました。

今営業をやっているのですが、
クルマの中で楽しんで聴くのが
「テレフォン人生相談」です。
30年以上前からの長寿番組ですが、
今なお全然古臭くなく(人のお悩みですから)リアルでためになります。
こういった番組はやはりラジオの持つ
特性とぴったりあってるからこそ
ロングランで続いてるんだと思うんです。

広告費減の厳しい中であっても
そこらへんのところをもっと自信を持って
打ち出してもいいんじゃないかと
思いますが。媒体社の方々は!
ではでは。

投稿: 乱入者 | 2009年8月30日 (日) 15:57

>srstさん

私も後者です。
で、「面白い番組」は「ラジオ文化、ラジオ業界」とは切り離せないというのが私の考えです。守りたいというわけではなくて、面白いを成り立たせる構造たれ、という感じ。だから、少しまどろっこしくはなるんですけどね。

>乱入者さん

「テレフォン人生相談」は面白いですよね。今の時代、番組が終わらないということがその証ですよね。

投稿: mb101bold | 2009年8月30日 (日) 17:21

こんばんは。
私もAMラジオをよく聞いていました(今はあまり聞かなくなってしまいました)
いろいろはタレントの人たちのテレビでは出さない一面が聞けたりして、ラジオはすごく好きでしたね。特に同じラジオ番組を聞いている人を見つけると、ちょっとした秘密を共有しているような感じがあったなぁと。
ただ、今のラジオではなんか聞きたいと思う番組が無いんですよね。
もしかしたら、現在面白い番組がやっているのかもしれないんですが、いかんせん周りで聞いている人がいないのでそういう情報って入ってこないんですよね。
昔はよく「昨日のオールナイト聞いた?」なんて話をしていたんですけどねぇ。

長文失礼しました。

投稿: mt | 2009年8月30日 (日) 22:28

ラジオは学校では話題になっていましたね。オールナイトもそうだし、私は関西出身ですからヤンタンとか。

>特に同じラジオ番組を聞いている人を見つけると、ちょっとした秘密を共有しているような感じがあったなぁと。

この部分が、もう成り立ちにくくなっているのかもしれません。それは、少しノスタルジーになるんでしょうね。

投稿: mb101bold | 2009年8月30日 (日) 23:19

こんにちわ。ラジオ関係でいい話があったので、ご存知かもとは思いますが、一応ご報告です。

http://kaisendon.seesaa.net/article/135370866.html

投稿: srst | 2009年12月17日 (木) 15:36

ありがとうございます。スポンサードの正しいあり方だと思いました。今後はこういうパターンが増えてくるでしょうね。

投稿: mb101bold | 2009年12月17日 (木) 22:46

ラジオが復調だそうです。例によって一応。レスはいらないです。

http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/m20100103005.html

投稿: srst | 2010年1月 3日 (日) 19:57

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