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2009年9月20日 (日)

毒饅頭とマニュアル

 大手納豆メーカーが民事再生法の適用を申請したとのこと。日経ビジネスに記事がでていました。

 「最後に“毒饅頭”を食べてしまったからね」。くめと取引のある食品メーカーの社長は、くめが追い込まれた経緯と理由を解説する。

 大豆など原材料の調達コストが年々上昇する一方で、販売価格には転嫁できない。追い込まれたくめは、数年前から、大手小売りチェーンの要請を受け、PB(プライベートブランド)商品の下請け製造を始める。

 下請け製造は、自社ブランドを持つ食品メーカーとしては苦渋の選択だが、大量注文を受ける「数」はくめにとって魅力だった。工場稼働率を上げるためにはやむを得ないと判断した。ところがこれが、くめにとっては、先の社長いわく“毒饅頭”となる。

 スーパーマーケットを見ていると、例えば、カップヌードルの横にPBのカップヌードルもどきが置いてあるものなあ。価格は40円くらい安くて、中身が少し貧弱だけど、まあ同じ。コンビニでは100円均一のお菓子なんかもあって、その中身は有名メーカーのかつてのヒット作なんかが多いです。昔は定価で売られていて、みんながこぞって買ったけれど、いろいろな競争に負けて、そのままの価格とパッケージでは戦えなくなって、価格を下げてPBで再デビュー。そんな感じなんでしょうね。きっとこれも、既存の工場ラインをそのまま使えて、衰退して、そのままではお金にならない商品が、投資とかもなくお金になって、ある意味でスーパーとメーカーの利害が一致、みたいなことなんでしょうね。これは毒饅頭なのかどうかは、情報に疎いので私にはわかりませんが。

 これは他人事とは思えないんですよね。こういうことにまつわる判断をちょっと間違えると、それこそ日経ビジネスの記事にあるようなことになってしまいます。また、この手のことは、その瞬間では、単純にいい話だなあと思ってしまうことも多いし、あとから見て、「ああ、あのときの判断が原因だったのか」。で、覆水盆に返らず。

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 広告コミュニケーションの話で言えば、今、WOMやらBuzzやら言いますよね。流行していますから、その手の新手法のお誘いも多くなっていると思いますし。でも慎重になったほうがいい、慎重になりすぎるくらいがちょうどいいと私は思っています。私の場合は、少し慎重すぎるくらいかもしれません。でもねえ、こういう事例もあるわけだし。

 もちろん私もWOMやBuzzを意識したキャンペーンをやりましたが、そのやり方は、自らが発信するコンテンツにいろいろ楽しめるようなくふうを仕込む、というもので、主体は必ずこちらに置きましたし、猛烈に計算して、先を読んで行いました。そのやり方は、きっと最先端の人から見れば古いと言われそうですが、でも、私は古くて結構と思うんですね。どこに毒饅頭があるかわからないし、一度食べたら、もう終わりだし。

 広告というかブランドについての基本になるものって、昔も今もそんなに変わらないと思います。結局はその基本の部分に照らして判断しなくちゃいけないんですが、広告、SP、PRと部署が分かれていると、その判断基準にばらつきが出てきます。コミュニケーションデザインという新しい概念は、コミュニケーションを機能で分けてはいけないよ、軸としてひとつとして見なくちゃいけないよ、ということなんだろうと思います。

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 良品計画の業績が振るわなくなったとき、現会長の松井忠三さんが行ったことは、徹底的なマニュアル作りだったそうです。1000ページを超え、現在も時代の流れに会わせて修正が重ねられる「ムジグラム」というマニュアルによって、良品計画はV字回復しました。日経ビジネスの記事にはこうあります。

 1990年、松井は西友の人事部にいた。西友もやはり「マニュアルは創造性を奪うから不要だ」というセゾン文化の残滓からの脱却を図っていた。部下だった小林珠江は、アシスタントの女性と2人で業務マニュアルを一から作成して、その素案を松井に見せた。

 小林はしばらくして松井に呼び出された。「これ」と、手渡されたマニュアル案は、びっしりと手書きの赤文字で埋め尽くされていた。そして一言。

 「ダメだ。このマニュアルには、魂が入っていないよ」

 きっとこういうものが、本当のマニュアルというのでしょうね。で、見ていないのでなんとも言えませんが、この記事に出てくる素案がいわゆる世間で言われているマニュアルで、松井さんはきっと、そういうマニュアルはマニュアルではないと言いたかったのではないでしょうか。

 素案のようなマニュアルは、人の創造性を奪うのはたぶん事実でしょう。そこには、きっと理由が書かれていないだろうし、理由がわからない規則は、人を疎外していきます。だから、人は本能的にマニュアルを嫌うのだろうと思います。けれども、現場で起こる問題点をすくいきり、魂の入ったマニュアルは、つまり、そこには人が宿っていて、そこには話言葉はないけれど、それは確かに物語であり、その物語は、人の創造性を発揮させるはずです。そこにある規則には、きっと誰にでも理解でき、納得できる明快な理由が書かれているはずです。理由がわかると人は動きます。松井さんはこう言います。

 「スポーツと同じです。基本がなくて最初から自己流だと、進歩はいずれ止まる」

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 今、良品計画は少し業績が良くないようです。でも、たぶん、この「ムジグラム」があることで、良品計画は、以前のように毒饅頭を食べてしまうことはないのではないかと思います。失敗を許さないマニュアルではなく、失敗に動じないマニュアルこそ、求められるのでしょう。たぶん、このマニュアルは、マニュアルのカタチをしたブランドブックなのでしょうね。というか、これは私にとっては新しい考え方ですが、ブランドブックというものは、じつはマニュアルのことなのではないか。

 だからこそ、そこには魂が込められるべきで、その魂は、抽象的なイメージの言葉ではなく、具体的な事柄の集積なのでしょう。魂は細部に宿ると言いますし。なんとなくそれは、今の広告コミュニケーションが向かう道筋と同期しているように私には思えます。

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コメント

くめ納豆の話と良品計画の話の脈絡がまったくないので理解に苦しんだのですが、こちらの読解力不足なのでしょうか?

投稿: | 2009年9月20日 (日) 10:57

直接の関係はありませんです。それぞれ個別の事例です。納豆メーカーに「ムジグラム」のようなマニュアル的なしっかりしたものがあったら、それは避けようがあったのかも、という感じです。

投稿: mb101bold | 2009年9月20日 (日) 13:30

面白いお話です。
>ブランドブックというものは、じつはマニュアルのことなのではないか。
これは特に同感です。たぶんマニュアルですよね。「マニュアル」というコトバも随分手垢がついてしまったということなのかも知れません。
また、毒饅頭のお話も。
昔は毒饅頭はすぐそれと解りやすかった気がしますが、いまは食べてからでないとわからなかったりw そのときの解毒法も研究の必要がありそうですね。

投稿: lotus62 | 2009年9月24日 (木) 11:12

手垢がついている言葉っていうのは、今の世の中ではもしかすると可能性の塊かもしれませんね。

投稿: mb101bold | 2009年9月24日 (木) 23:05

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