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2009年9月11日 (金)

戦争メタファ

 10年ほど前に、元電通のCMプランナーである佐藤雅彦さんが、「経済ってそういうことだったのか会議」という竹中平蔵さんとの対談集で、売り上げが倍もあるのに電通マン自らが「電博」なんて呼び方をするのは良くない、みたいなことを言っていました。

 これを博報堂の立場に立って考えると、うまいレトリックだったりします。売り上げ規模で倍の差がつけられているのに、2強のイメージを植え付けられるし、企業は、じゃあ電博で競合させてみるか、ということになり、博報堂にとってみれば売り上げ半分なのに同等に扱ってもらってラッキー、電通にとってみれば2倍の差があるのにたまったもんじゃない、ということになります。

 売り上げだけが広告会社の価値ではないけれど、「電博」というレトリックには、そんな戦略が含まれています。こういう手法は、いろんなところで昔から使われています。上記の対談では「他人の土俵で相撲を取れ」と表現されています。資生堂に対するカネボウ、佐藤さんのかつての仕事で言えば、カルビーに対する湖池屋。

 ただ、あの頃、すごく新鮮に見えた「他人の土俵で相撲を取れ」戦略に限らず、様々な戦略的手法が今通用するのかな、という気分があるんですね。念のため書いておきますが、これは佐藤さんを批判しているわけではないですよ。時代っていうのがあるわけだから。当時、もっとも刺激的だった言説を例に、それから10年経った時代の気分を語っているわけだから。それに、本を読んでもらったらわかると思うんですが、当の本人が相手の戦略にはまっているんじゃないよ、という話で、それは今も通用する話。

 本題に戻ります。

 もちろん、ものを伝えるときには考えてやらないといけないですよ。アイデアとか芯とかがなくちゃ駄目。それは、今も昔も変わらない。けれども、それはなんとなく私は戦略と呼びたくはないんですね。だから、私は人から「戦略プランナー」とか間違っても呼ばれたくもないし、その肩書きからイメージされる戦略は、もう通じないと私自身が思っているんですね。

 そんな私の気分は、時代の流れとも呼応してて、例えば、マーケティングの専門家の呼称を見ていけばわかるかもしれません。マーケティングプランナーと呼ばれた時代から、少し経つとストラテジックプランナーと呼ばれ、広告会社にはストラテジックプランニング局が誕生し、やがて、そのブームが過ぎたら、コミュニケーションデザイナー。今やコミュニケーションデザイン局が花盛り。

 ここから見えてくるものは、「戦略から戦術の時代へ」ということなんでしょう。メディアが多様化して、言いたいことを届けるためには戦術を緻密に組んでいかなくちゃいけないですよね。それがコミュニケーションデザインということなんでしょう。密教化している感じもするので、いや、それがコミュニケーションデザインじゃないよ、と言われそうですが、まあ、大まかにはそういうことだと思います。

 でもなあ、それはそれでわからなくもないけれど、どちらもちょっと戦争メタファな気がするんですよね。本当に終わったのは、戦争メタファなんじゃないかな、という気がするんですね。私は。というか、そう思いたい。

 戦略から戦術へ、みたいな文脈は、戦争メタファ的には、きっと空爆から地上戦みたいなものでしょ。こういうのはたまらなく嫌いというのもあるけれど、そういう気分とは別に、なんかそういうのが通用しなくなっていっているんじゃないか、それが広告が効かなくなってきたという言説と同期しているんじゃないか、と思うんですね。どっちにしても、戦場では、広告をつくる人も見る人も誰も楽くないだろうしさ。結局、世の中は戦争ではなかったけれど、比喩的に言えば、戦時中の熱狂が終わった、ということかも。

 だったらどうするよおまえ、というのは突きつけられるんですけどね。答えがあるとしたら、もっと根っこの部分かもな、という予感はあります。それを何と呼べばいいのかはわかりませんし、素直にアイデアと呼べばいいのかもしれないですが、外資育ちの私としては、アイデアという言葉は手あかが付きすぎているんですよね。それに、今、私がぼんやり考えていることは、時代とかに関係なく、もっと普遍的なことのような感じもあるし、ぼちぼちやって、ぼちぼち理論化みたいなことをやるしかないんだろな、なんてことも思っています。

 こういう、まだ整理されていない思考を書くというか、伝えられる場所があるっていうのはありがたいな、と思います。そんなね、こういう普通の人のなんでもない思考を書き残せるメディアを、小さいながらも個人が持てる時代っていうのが、戦争メタファっていうのを無効化させている一因だったりもするのかな、とも思っています。レトリックはすぐバレるさ、真面目に正直にやらなくちゃね、みたいな。そんな感じです。

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コメント

mb101boldさん、こんにちは(^^)
難しいことはわかりませんし、だから微妙にはずしているかもしれないのですが、ちょっとこのエントリを読んでいて、思い出したことがあります。
それは、去年の冬に確かナショナル製のものすごく古い暖房器具で一酸化炭素中毒の事故が相次いだときのことです。あのとき、すべてのテレビCM枠を使って(つまり他の商品のCMはすべて休止して)この型の製品をお使いの方は、お近くの販売店まですぐにお知らせください。と、
お詫びの広告をだしましたよね。私なんかそれを見て、次になにか家電を買うときは絶対パナソニックにしようと思いました。
消費者が求めているのは、そういう類のことなのではないでしょか。

で、ひとさまのブログですが、
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20080317/1205712443

も、なんとなく参考になりました。
やっぱりはずしたかな。(汗

投稿: ggg123 | 2009年9月11日 (金) 13:48

農業メタファって感じですかね(笑)

投稿: たか | 2009年9月11日 (金) 15:44

>ggg123さん

あのとき、拡販期だったにもかかわらずお詫び広告に切り替えたんでしたよね。で、にもかかわらず売り上げが変わらなかった。それで、巷ではCMなくても売り上げなんか変わらないじゃん、と言われましたよね。
でも、あの結果はCM不要論を強化するもではなくて、ggg123さんのおっしゃる通り、あのお詫び広告が機能したということなんですよね。逆に言えば、こうも言えるかもしれません。あのお詫び広告のほうが、消費者にとっては、メッセージとしてより広告的であった、と。
finalventさんのエントリのリンク、ありがとです。そう。そういうことですよね。

>たかさん

!!!!
農業メタファ!
いいですね。
いけそうです。
しっくりきます。

投稿: mb101bold | 2009年9月11日 (金) 23:03

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