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2009年9月 9日 (水)

渋谷文化は地形がつくったのかもしれない

 私は渋谷が苦手です。街行く人がみんなおしゃれで、なんとなく居場所がない感じがして。それに、渋谷で待ち合わせ、みたいなことになったら、必ず迷います。JR渋谷駅のどの出口から出ても、私には同じような風景に見えます。もちろん109とか目立った建物があるから分かると言えば分かるのですが、それでも感覚的に、ここで間違いがない、という確信が持てないのです。

 ずっと新宿に近い場所で住んで来たので、用事がなければ渋谷には行きませんし、これまでの職場や担当の得意先が八重洲、丸の内、京橋、日本橋、銀座、新橋、品川といったビジネス街だったこともあり、苦手意識がずっとありました。

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 でも、9月から渋谷を毎日歩くようになって、すこし考え方が変わってきました。おしゃれな街だから、というなら六本木だって銀座だっておしゃれだし、繁華街が苦手というのも違います。新宿だって池袋だって、別になんとも思いませんし、大阪なら梅田でも戎橋でも難波でも平気です。慣れていないからか。そうでもないような気がします。なんだかんだで渋谷には50回以上訪れているはず。それでも、なんか妙なのは違う理由があるのだろうな、と。

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R0010185_2 で、そんな違和感を抱きながら渋谷駅を目指して宮益坂を歩いていると、あれっ、と思いました。えらく渋谷駅が低いんですよね。これ、渋谷によく行く人なら当たり前じゃんという感じでしょうが、渋谷ってすごい谷なんですよね。写真は宮益坂を渋谷駅方向にレンズを向けて撮影したものです(クリックで拡大します)。でも、広角単焦点のGRDは、こういうの苦手。ちょっと分かりにくいかもです。

R0010189_2  こちらは、宮益坂上方面にレンズを向けたもの。この写真の方がわかりやすいですね。けっこうな坂。スペイン坂なんかは、これぞ坂という感じでわかりやすいのですが、渋谷の場合、どの出口を出ても上り坂で、つまり、地形的には渋谷駅が谷底なわけです。なんとなく、どこを出ても同じ感じがする理由がわかった気がしました。

R0010180_3 R0010183_2 比較的傾斜が緩やかな感じがする宮益坂でも、横から見るとこんな感じ。で、渋谷駅に向かってどんどん進んでいって、渋谷駅に到着しても、やっぱり斜めなんですよね。右の写真は渋谷駅のすぐそばのみずほ銀行のビルの下の部分なんですが、結構斜めってるでしょ。谷底にしてこうです。

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R0010175_2 谷底の渋谷駅を中心に放射線状に道が広がる渋谷は、どこから見ても斜めっていて、例えばこの写真なんかもどこかしら気持ちがざわざわする感じがしませんか。それは、いい意味で心がときめくみたいな感じを無意識で持たせるのでしょうね。なんとなく心がピクニックというか、ケじゃなくハレな感じというか。

R0010149_2  ちなみに、ビジネスの街である京橋の交差点の写真はこうです。ちょっと、これ、撮影の仕方じゃないの、という気もしないではないですが、平べったくて、落ち着いた感じがします。この地形で、仮に109やパルコがあっても、渋谷みたいな感じにはきっとならないのでしょうね。

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 「春の小川」という歌がありますよね。あれは、現在、渋谷の地下を流れている渋谷川界隈を歌っているそうです。今はビルだらけですが、この渋谷の地形を考えると、その昔はのどかだったんでしょうね。日本テレビ「所さんの目がテン!」のライブラリーに渋谷川のことが詳しく出ています。

 地下鉄銀座線の渋谷駅が地上3階にあって、隣駅の表参道駅が地下にあるのは、渋谷が谷の底だから、というのは言われてみれば、なるほどな話ですね。

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 地形が文化に与える影響というのは、きっとあるのでしょうね。それは人の心に与える部分もあるでしょうし、開発の歴史にも影響をしているのだろうと思います。

 渋谷はもともと東急がつくった街だそうです。阪急の大阪梅田開発の手法に影響を受けて、東急のターミナル駅だった渋谷を開発していったそうです。その後、西武が参入してきて、東急 VS 西武みたいな感じで発展していきました。私が学生の頃は、渋谷はパルコ VS Bunkamuraな感じがありました。

 推論なんですが、きっと土地が取得しやすかったんではないでしょうか。地下を流れる渋谷川のために地下階がつくれなかったり、いろいろ制限のある土地だそうですし。だから、民間主導で思い切った開発をしやすかったみたいなことがあるのかも、と思いました。

 駅を中心にして街路が放射線状に広がり、やたらY字路が多くて、一度坂に入ると、まるっきり風景が変わっていくのも渋谷の魅力です。そんな地形的な特徴も、東急や西武にとっては、独自の文化圏をつくりやすかったのかもしれません。

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R0010195_2 R0010191_2 宮益坂を昇りきると、宮益坂上に出ます。そこから先は表参道へつながります。雰囲気はもう違います。246がまっすぐに伸びて、建物も平地だからなのか、落ち着きが出てきます。少し行くと、青山学院です。

R0010193_2  写真は、宮益坂上のすぐ側のビルです。青に赤のど派手な「もうやんカレー」の看板がすごく目立ってしまっていますが、すぐ側のビルと喫茶店は、地名には「渋谷」とついているにも関わらず、「渋谷」ではなく「青山」なんですよね。

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コメント

私は目黒生まれで、子供の頃街に出るっていったらバスで渋谷でした。あの、東急渋谷駅のカマボコ屋根と、今は工事中でなくなってしまった文化会館のプラネタリウムが、私にとっての渋谷です。109とか出来る20年くらい前から、私にとっては東京っていったら渋谷でした。文化会館の立田野の釜飯とかね。

投稿: denkihanabi | 2009年9月 9日 (水) 03:04

なるほど。私が知る渋谷は大学の頃ですから、87年からですね。調べてみると、東急百貨店が1934年。一方、西武百貨店は68年、パルコが73年だそうです。坂の上系では、86年にSEED館、87年にロフト館、89年にBunkamura。案外、80年代後半なんですね。意外でした。

>文化会館の立田野の釜飯とかね。

ほほう。それはまったく知りませんです。というか、文化会館って一度も入ったことないんですよね。

投稿: mb101bold | 2009年9月 9日 (水) 03:28

はじめまして。いつも拝見しております、同じ広告業界に勤める者です。
渋谷の地形は面白いですよね。特に渋谷川、支流の宇田川・河骨川、山手通り付近に流れていた三田用水からの取水流などが絡んで皮との関係で面白いことになってますね。『地べたで再発見!「東京」の凸凹地図』(東京地図研究社)という本を読まれるとますます楽しめますよ!
かく言う私も渋谷に始まる東京の地形と川跡(暗渠といいます)にハマって、こんなブログを始めてしまいました・・・。お暇な時に覗きにいらしてくださいませ。
http://lotus62.cocolog-nifty.com/blog/

投稿: lotus62 | 2009年9月 9日 (水) 09:20

東京全体で見ると、これまた面白いことになるんでしょうね。面白そうな本、紹介ありがとうございました。さっそく読んでみたいと思います。
ブログ、すごく面白いですね。暗渠という言葉は初めて知りました。知れば知るほどに奥が深いのでしょうね。
それと、魚三のあら煮とおつゆ!奥に写っている日本酒と一緒だと最高です。ああ、また行きたくなってきました。

投稿: mb101bold | 2009年9月 9日 (水) 23:25

はじめまして。
よく拝見していますが 書き込みは初めてです。
私も広告関係の仕事をやっております。

私にとって渋谷は映画を観に行く街でした。
今の東急東横店がまだ白木屋デパートだった頃ですから 昭和三十年代です。
現在、渋東シネタワーになったところろに昔は邦画専門の直営館・渋谷東宝があり、そこで多くの怪獣映画を観ました。

当時はまだ闇市の名残である恋文横町が現在の109の辺りにあり、高校、大学時代はその中にある古本屋に通っていました。
その古本屋は洋書が多かったせいか、ときおり故・植草甚一さんや田中小実昌さんのお姿をお見かけしました。

昭和四十年代に公園通りにパルコが出来るまでは、スペイン坂のあたりは皆ラブホテルで、いかがわしい雰囲気でした。
いまの円山町のあたりにラブホテルが多いですが あんな感じです。
円山町も赤線廃止までは遊郭が建ち並んでいたと記憶しています。

東京は平面的な街だと思われがちですが 渋谷は立体的でそこが面白いと思います。 

ただ最近は若い人の街になってしまって、気ぜわしい感じがするので、せいぜい東急ハンズに行く位になってしまいました。

投稿: K-9 | 2009年9月10日 (木) 05:03

私が生まれる前の渋谷の姿ですね。

>当時はまだ闇市の名残である恋文横町が現在の109の辺りにあり、高校、大学時代はその中にある古本屋に通っていました。
その古本屋は洋書が多かったせいか、ときおり故・植草甚一さんや田中小実昌さんのお姿をお見かけしました。

今の渋谷とまったく違う光景なんだなあ。街って、時間とともに変わるけど、最後まで残るのはやっぱり地形なんだなあ、地形という条件は、これからも渋谷の変化に影響を与え続けていくんだろうな。

そんなことを読みながら思いました。今後ともよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2009年9月10日 (木) 08:50

こちらこそよろしくお願いします。

私は近代建築を見て歩くのが好きですが 東京は1964年の東京オリンピックを境に劇的に 旧い建物が消滅しました。

大阪は出張で行きますが まだまだ近代建築が残っていて いいなぁと思います。
ただ 大阪は何度行っても方向が判らなくなるのです(苦笑)

ちなみに家人からは「渋谷は二十歳以上は行っちゃ行けない街」とよく言われます。

投稿: K-9 | 2009年9月11日 (金) 13:36

外から見ると、大阪はまだ近代建築が残っているほうなんですね。私は大阪にはしょっちゅう行っているので気付きませんでした。
大阪の道は慣れると法則性が単純でわかりやすいですよ。難波から梅田の御堂筋を基本に南北の筋を覚えればいいだけですから。私は逆に、皇居があり、環状で考えなきゃいけない東京は苦手ですね。
渋谷は、知人曰く、少しだけ大人っぽくなってきたとのことですよ。

投稿: mb101bold | 2009年9月11日 (金) 22:55

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