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2009年10月 8日 (木)

存在をいかにして環境に溶かすか

 この前に、「消えたのではなく、溶けた。」というエントリを書きましたが、そのカメラマンの方と、もうひとり、ムービーの世界で活躍するとあるカメラマンの方と一緒に話す機会がありました。

 そのムービーカメラマンの方は、別のテレビCMでご一緒しました。そのCMは、いわゆる歌って踊る楽しいCMでした。

 歌とダンスがメインのシンプルな構成で、幕張の公園で撮影しました。広大な芝生が広がる公園で、ダンスをする子役さんや役者さんを、長玉(超望遠レンズ)で撮影しました。つまり、演者からすごく離れた位置にカメラがあるのですね。監督や振り付け師は、拡声器で指示します。

 望遠レンズにしたわけは、背景の花の小道具や樹木の緑のボケ足が欲しかったこと。望遠レンズのクローズアップで撮影すると、背景がいい感じにボケるのですよね。デジタルカメラを持っている人ならわかるかと思いますが、マクロで撮影すると、背景がボケますよね。あれと一緒です。

 でも、その選択には別の理由もあるのです。それは、カメラの存在を環境に溶かすこと。

 「あのCMは、ファンタジーだしミュージカルじゃないですか。だから、そこにはカメラはいないほうがいいんですよね。だって、役者が歌って踊るステージの前にはカメラはなくて、観客がいるじゃない。ああいう感じをつくりたいから、カメラは離れなきゃ駄目なんです。」

 そうなんですよね。いい映像を残すために、カメラマン自らの存在を環境に溶かそうとする。そんな逆説的な世界が、プロのカメラマンの世界にはあるのです。「消えたのでは、溶けた。」で取り上げたカメラマンの方は、単焦点カメラを目線に合わせて、息を止め、シャッターをおろすという、人が裸眼で見るたたずまいに自らを近づけ、被写体に心を通わせることで、存在を溶かし、もう一方のカメラマンの方は、超望遠レンズで物理的に被写体と距離を置くことで、存在を溶かす。

 互いの方法論は違いますし、ふたりのカメラマンの個性もまったく違うけれど、どちらも目的は同じ。存在をいかにして環境に溶かすか、ということにすべてのスキルを投入する。プロフェッショナルとは何か、ということを考えさせられる素敵な夜でした。

 「でもね、それでもね、撮影をするってことは、その人の大切な部分に土足で上がるっていうことは消えないんだよね。それは、やっぱりありますよ。シャッターを押す瞬間に、あっ、一線を超える、という緊張感は。だから、シャッターを押す前に、長い時間をかけて、話をただただ聞くんです。その人がどんなことをして、どう思って生きてきたかを知るために、ね。」

 単焦点で人をまっすぐにとらえる手法で真実に迫ろうとする、スチールカメラマンの方は、そう言いました。それを聞きながら、ムービーカメラマンの方は、深くうなずいていました。

 「それにしても、個性もやり方も違うカメラマンふたりが一緒に飲んでいるっていう、この巡り合わせは幸せなことだね。普通、カメラマンって、意外とこういう感じの接点はないじゃないですか。」

 その夜は、私とカメラマンふたり、スチールカメラマンの元で修行中の若いカメラマン、CMディレクター、若いプロダクションマネージャー。渋谷のアパートの畳の部屋で、いい歳の男5人がクリエイティブ談議。でも、そんな時間を持てることは、すごく贅沢なことだなあ、と、しみじみ思いました。

 じつは、クリエイティブに携わる様々な分野の人たちと仕事を離れて話せる、こんな素敵な縁をつくってくれた人がいます。その人は、今、天国にいます。自分が担当のCMが完パケしてから、病室で息を引き取りました。今年の6月のことです。天国でも読んでくれているかな。

 「あのカメラのエントリ、読みましたよ。あれは、面白かったなあ。」

 あの人なら、そんなふうにきっと言ってくれると思うんですよね。私は元気にやっています。心配せずに、ゆっくり休んでくださいね。

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コメント

畳の部屋が、とても素敵な夜でした。部屋の主には謝らないといけないような気もするのですが。ちなみに上の会話は、私は溶けていたらしく覚えていません。ははは。

投稿: denkihanabi | 2009年10月 9日 (金) 18:28

ええ、とてもいい夜でした。それにしても、いい大人が、ちょっと学生っぽい感じでしたねえ。あんな雰囲気は久しぶりです。謝らなくちゃだし、また近いうちにやりましょう。

投稿: mb101bold | 2009年10月10日 (土) 00:17

涙が出てきました
なんででしょう

以前も仕事関係の方の亡くなられたという記事を書かれていましたが
その時と同じように涙が出てきました

mb101boldさんの記事には、愛がこもっていますよね

しんみり来ました、、、

投稿: s-pan | 2009年10月23日 (金) 22:22

私にとってはほんとに大切な人でしたし、亡くなってしまうなんて思いもしませんでしたから。享年49。若すぎますよね。

投稿: mb101bold | 2009年10月23日 (金) 22:57

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