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2009年11月の17件の記事

2009年11月30日 (月)

バスに乗る

 住んでいる場所にもよるとは思うけれど、私の場合は、心に余裕がない時がしばらく続くと、ああ、最近はバスに乗っていないな、って思います。

 私の住まいは駅から歩いて10分ほどのところにあって、普段は駅まで歩いて電車に乗って移動します。仕事でいろんなところに行く時でも、バスを使うことはまずないです。たいがいは地下鉄かJR。たまにあっても私鉄くらいのものです。それに、バスで行くと便利な場所であっても、そういうところはたいがいタクシーを利用します。

 日曜日、ちょっと用事があり中野区のはずれまで。行きは徒歩で30分ほどかけて行きました。私は極度の方向音痴なので、少し迷ったりしながら、なんとかたどり着きました。それはそれで楽しかったのですが、少し疲れてしまって、用事を済ませると、なんとなくバスを使ってみようかという気になりました。

 ほんとは中野に帰りたかったんですが、バスが高円寺北口行きしかなかったので、まあいいか、高円寺で古本でも見るか、なんてことで、5分ほど停留所で待って、バスに乗車。

 東京の都バスって、先払いなんですよね。210円。Suica(というか、この場合はPASMOと言うべきか)が使えます。大阪の市バスは後払いなので、ちょっと勝手が違ってとまどってしまいました。大阪ではPiTaPaですね。そう言えば、「全国IC乗車カードあれこれ」というエントリを書いたなあ、コメントをいただいたのに追記してないなあ、追記しなきゃなあ、なんて思いながら、いちばん後ろの窓際の席に。

 お客さんは、8割方の席が埋まるくらい。日曜日なので、お母さんと子供、ご老人の方が多かったです。みんな、買い物に行くのかなあ。それとも、それぞれの用事があるのでしょうか。大阪に帰っているときは、入院している母の面会のためにバスに乗ることが多いですが、そのときは親父と二人。平日にじいさんとおっさんの二人で何の用事だろ、なんて見え方をしているんでしょうね。

 車窓から眺める中野の街は、いつもと少し違って見えますね。目的を持って、駅までひたすら歩くときには見えない風景がそこにありました。ま、なんていうこともない風景ではあるのですが、余裕のないときには見逃しがちな生活の姿が車窓から見えたんですよね。いろんな人が住んでいるなあ、なんて。で、ぼけーっと外を見ている私もそのひとり。それが、ちょっと心地よかったりしました。

 高円寺の駅に近づくにつれて、街の空気が少しずつ変わってきて、ほんの少しですが、華やぎがあるというか。これから居酒屋で飲むんだろうなというような若者やら、お買い物をするんだろうなというようなお母さんやら、パチンコでひと勝負のおじさんやら、そんな人たちがつくる空気です。

 ずいぶん前のことですが、某航空会社がヨーロッパで運行している観光バスの広告コピーで「ヨーロッパはバスがいい。」というものを書いたことがあります。小さな雑誌広告の仕事ですが、商品担当の人から「いいですねえ。ほんと、バスじゃなきゃわからないヨーロッパがあるんですよ。」なんてすごくほめられて、それが若かった私には、とてもうれしかった仕事でした。あれから、もう20年近く経つんだよなあ。

 高円寺に着いたときには夕暮れでした。大学生の頃にもよく通っていたニューバーグで500円のチーズバーグを食べて、古本屋さんに寄って何も買わずに、総武線の黄色い電車で中野に。なんか小学生の作文みたいな感じになってしまいました。明日は30日ですが、11月最後の日です。西向く侍の侍ですから。で、このエントリで700回目。ということで、今後ともよろしくです。ではでは。

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2009年11月29日 (日)

NHKオンデマンドの苦戦に思う

 朝日新聞によると、開始から1年を迎えるNHKオンデマンドが「今年度の収入は予算で見込んだ額の半分もいかない」とのことらしいです。

 NHKの番組コンテンツはお金もかかっているし、相当に質も高いと思うので、このビジネスモデル自体がそもそも成り立たないのではないかという気持ちにもなり、いろいろ考えさせられます。

 Macで見られなかったり、ストリーミングだったり、利便性の部分で問題もあるようですが、それが決定的というわけでもないだろうし、成り立たないのであれば成り立たないなりにきちんとした理由を知りたいとは思うんですけどね。でも、あまりうまい理由が思いつきません。

 配信されるコンテンツは一度放送されたものだから、理論上は、テレビを持ってさえいれば誰もが無料で見られたものばかりということになります。ハードディスクレコーダーを使えば予約録画が簡単にできるし、その気になれば見たい番組をすべて録画しておくことも可能なはず。ということは、理論上は、このNHKオンデマンドがきっと対象としている、というか、能動的に番組コンテンツを選ばせるというサービスの性格上、結果的に対象としてしまっているNHKのヘビーユーザーは、そこから抜け落ちてしまっているというふうにも考えられるんですよね。

 そう考えると、このサービスは、実質的には、その努力をはじめからしないライトユーザーに期待、ということになりますが、消費者インサイトとしては、その努力をはじめからしないということは、見忘れてもまあいいか、という気持ちを持っているということだから、それほど期待できないでしょうし。

 そもそも少しの努力で無料になるものを、その努力をしなくていいことに対してお金を払う、ということに合理性があるかどうか、というふうに考えることもできるのかもしれません。さらに言えば、無料だったものが、時間が過ぎると有料になるという事態は、よくよく考えると、なんとなく人間の普通の感覚とはかけ離れているような気もしないではありません。古書もそうですが、時間が経てば値打ちが下がるのが道理ですものね。古書でもプレミアムがつく希少本もあるにはあるけれど、番組コンテンツはデジタルデータだし、そもそも無料だったものだし、ゼロにいくらかけてもゼロだから、きっとその理屈は成り立たないでしょうね。

 個人的には、この手のものは、課金コンテンツであっても暇つぶしという目的を主軸にするしか手はないとも思うんですけどね。やっぱり、ライトユーザーに受け入れられるシステムをつくるしかないんだろうなあ。でも、明快な手は私にはまだわかりません。まあ、こういう分野では、相当な頭脳が投入されているのでしょうから、わからなくて当然とも言えますが。

 きっと、こういうことならいけるというアイデアが最も求められる分野のひとつなんでしょうね。そう考えると、広告モデルというのは、ものすごいアイデアだったんだなあとあらためて思います。新聞にしても、ネットでの無料公開は、そんな広告モデルが根拠になっていたのでしょうが、ネットは情報摂取の能動性がありすぎるんですよね。広告は、テレビ、ラジオ、新聞、交通、屋外などの受動性のあるメディアでこそ活きると思いますし、限界はあるし、そして今は限界があったという時期なんだと思います。

 しかしまあ、ものすごい時代の曲がり角にいるんだなあと思います。このあたりのこと、気付かないふりをできればいちばん楽なんでしょうけどね。ほんと、ため息が出ますねえ。はぁ。

 では、引き続きよい休日を。

 追記:

 このページのはてなブックマークのページに、NHKオンデマンドについてのいろんな感想や意見が出ています。「消すのが早い」とか「コンテンツの数が要求水準に達してない」とかは、あるんだろうなと思いました。結局、こういうコンテンツって数だと思うし。あそこいけば何でもあるし、探れば発見もあるっていうのが大事なような気がします。図書館にしても、レンタルビデオ屋さんにしても、やっぱり数はあるほうがいい。それと、「家電のCPUが遅すぎる」というのは、確かにそうかも。これは考えもしませんでした。

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2009年11月27日 (金)

あの〜、その〜

 駒沢大学での講義が終わりました。高先生、学生のみなさん、ありがとうございました。お話をいただいた今年の5月頃は、いろいろと重なっていて、落ち着くまで待っていただいたりしましたので、私としては半年越しのお約束を曲がりなりにも果たすことができて、今、ほっと一息ついているところです。

 講義では、広告とは何かということを中心にお話しさせていただきました。このブログを読んでくださっている方のためにも、学生さんへの補完の意味でも、かいつまんで内容を記しておきますね。

 私は、広告をこのように理解しています。

いろんな人がいるところで
自分のいいたいコトを発信して
そのいいたいコトに注目してもらって
そこにいる人たちに伝えること

 これをもう少し言えば、こんな感じになるでしょうか。

いろんな人がいるところ=メディア
自分のいいたいコト=メッセージ

 いろんな人が集う場所が、つまりはメディアと言われるものの内実です。だから、インターネットというものはインフラではあるけれどメディアではありません。しかし、このブログも、あなたのブログも、小さな小さなメディアです。

 そのメディアにメッセージを乗せて、いろんな人に見てもらうこと。その要件を満たせば広告です。そのメディアの多くは自分のものでもいいし、他人のものでもいい。多くは他人のものであるけれど、それは単に、パワーメディアの多くは他人のメディアであるから、というだけの理由です。

メディア × メッセージ

 それが広告の力を示すもので、そのどちらが弱くても、純粋にかけ算なので、どちらも等しく広告の力に影響を与えます。これは広告実務をやっている方には、よくわかる話ではないのでしょうか。いくらすぐれたクリエイティブでも、乗せるメディアが貧弱だと駄目だし、いいメディアに乗せることができても、クリエイティブが駄目なら駄目なんですね。

 この道理は、きっといくら時代が変わっても変わることはありません。また、この考え方は、きっと派閥とか流派のようなたぐいの話ではないだろうと思います。だから、時代の変化に即して、この軸で考えていけばいい。そんなお話をしました。これは、ほんとは自分に向けて話していることでもあるんですよね。

 とまあ、せっかくですので、講義内容を書き起こしてみましたが、マイクで話す自分の声を聞きながら、ああ、なんかしゃべりがヘタだなあなんて思いました。あの〜、その〜、ばっかりなんですよね。やになっちゃいました。後半は意識して、あの〜、その〜をなくすようにしましたが、学生のみなさん、ほんと失礼いたしました。ま、こういうエントリも書いているくらいなんで、大目に見てくださいな。

 学生さんから、いろいろリアルな質問をたくさん受けて、すごく刺激を受けました。びっくりしたのは、学生さんたちは、今という時代の空気をきっちりつかんでいるんですよね。もしかすると、それは、実務経験の長い私たちより鋭敏なのかもしれません。

 ある学生さんから、紙の広告はこれからどうなるんですか、という質問を受けました。私は、現状の説明と、どうなるかは私にはわからないと答えました。紙の広告というと、主に新聞広告だと思います。答えになっているかどうかはわかりませんが、かつて私はこんなことを書きました。少し長いですけど、引用します。

 なんとなく思うのは、このまま紙媒体の苦戦が続くと、ネットでのニュース配信はいつか有料に移行するかもな、ということですね。ネットの新聞サイトの広告は、他のポータルへの配信も含めて、PVでも広告媒体の量でも価格でも、わりと飽和点に来ているのではないかという印象を持っています。となると、今のようなネットの新聞サイトは今のままで持ちこたえられるのかな、と思ったりします。ブログを書く一個人としては、リンク切れをよく起こす新聞サイトは、もっともっとネットにパーマリンク付きのアーカイブとして保存する方向でがんばってほしいとは思いますが、企業としてはどこかに収益を求めないとやっていけないはずで、その意味合いで、私は朝日新聞の赤字転落というニュースを受け止めました。

 私は、仕事柄もあり、新聞を含めた広告メディアを観測していますが、新聞の崩壊がもしあるとすると、それがネットに入れ替わるという意味合いではなく、折り込み広告を含めた、現状においてもネットよりも広告効率のいい巨大メディアがパンクしてしまうという意味合いだと思います。カテゴリーにもよりますが、現状においてもなお、ある程度の広告プロモーションを実施するときに、新聞は、きめ細かくて格段に効率がいいんですよね。つまり、ネットは代替にならない、というか。今のところ、そんな印象です。

 それは同時に、本格的なマスの終焉を意味するのかもしれませんし、それともマスはダウンサイジングしていって、社会が要請するある適正値に落ち着くのかもしれませんが、どちらにしても、大きな社会の転換期に来ているのは、間違いはなさそうな気がします。これからどうなるかを予測するのは、思いのほか難問な気がしています。

都道府県別シェアから見た広告メディアとしての新聞

 やはり、ここでも難問と書いていますね。今、海外と歩調を合わせるように、日本の一部の新聞社でも、ネットのニュース配信有料化の動きがあるようです。そうなると、きっと紙の優位性がでてくるとは思うんですよね。ネットは無料であるからこそ、紙に対しての圧倒的な優位性があるけれど、やはりネットメディアは紙メディアの代替にならないというのが、今のところの私の実感です。今後のユビキタスの進展次第でわからないところはありますし、そのネット有料化を大衆が支持するかも不透明ですが。

 この講義は、私にとっては、やってよかったです。個人的な話になりますが、いろいろ考えが整理されましたし、あのあと、いろんな小さな出来事があり、どういう理屈かはわかりませんが、分断されているような気がしていたこれまでの経験と今が、少しだけつながったような気がしました。

 それと、ブログをやっていてよかったなと思います。世の中には、3つのモードがあると思います。プライベート、コミュニティ、ソーシャル。コミュニティの領域では、上司、部下、先生、生徒というふうに、非対称の関係があります。それが道理です。しかし、ネットがつくった公共性のあるソーシャルな空間では、ある程度、人はいい意味でフラットになれるのではないか、という実感が、今回はすごく持てました。直接の出来事というのはないけれど、なんとなくそんな気がしたのです。

 本当にどうもありがとうございました。就職活動中の方も、就職が決まった方もいたようですが、また機会があれば話しましょう。

 追記:

 なぜ欧米にはないCMプランナーという職種が日本あるのか(欧米ではCMもCD、AD、Cのチームでつくるのが普通)という理由は、このエントリを読むと参考になるかも。

 広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1)

 要するに、日本では広告がありメディアがある、ではなく、メディアがあり広告がある、という歴史があったからなんですね。日本の広告は、そういう文化で発展しました。

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2009年11月26日 (木)

せっかくだからインタラクティブに

 今週の金曜日に、駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ(GMS)学部の講師である高先生のお誘いで、講義を行うことになりました。とはいいつつ、私は研究者でもありませんし、学生さんたちのためになる話ができるかはわかりませんが、一生懸命話しますので、講義に出席される駒沢大学の学生のみなさん、どうぞよろしくです。

 さてどんなお話をすれば学生さんにためになるかな、と考えながら、パワーポイントでコツコツとスライドをつくっているのですが、大切なことをひとつ忘れていました。そう。私はブロガーでもあるんですよね。というか、そもそも講義のお誘いをいただいたのもこのブログを通してでした。

 だったらこのブログを講義に使ってしまおう、ということで、質問を募集します。

 過去のブログエントリに書いていたあの部分、いったいあれはどういう意味、とか、あの部分は私は違うと思います、などなど、もし学生さんがこのブログを見ていたら、ぜひぜひコメント欄にてお寄せください。このエントリのコメント欄でも、他のエントリのコメント欄でも大丈夫です。もちろん、ブログに関係ないことでもかまいませんよ。

 それと、このブログはコメント欄が承認制(管理画面で私だけが読めて、そのあと私が公開するシステムです)ですので、質問が公開されるのはちょっとという方は「公開しないで」と明記していただいたら公開されませんので、お気軽にどうぞ。

 前に、はてなブックマークにていただいたコメントに答えたエントリを書いたことがあるのですが、例えばこんな感じのことをリアルにやれればいいなあ、と思っています。

 それにリアルだと、そこからオンタイムで広がるかもしれないし、私もブロガーだし、みなさんはGMS学部なんだし、せっかくだから、インタラクティブにいきましょう。

 あと、就職活動をしているみなさんに本のご紹介を。去年出た本です。「続・働く理由 99の至言に学ぶジンセイ論。」という本があります。戸田智弘さんが書かれました。私のブログからも引用されています。「お疲れ様です。」というエントリです。

 仕事って、若い時はどうしようもなく自己実現というような、自分の中で完結することばかりに目がいってしまいがちですが、実際の仕事って、いろいろなつながりによって成り立っています。私も、そのあたり、今もなおいろいろ反省するところがあるのですが、ほんとつながりとか関係とかは、仕事ではすごく大事。そういうことを教えてくれる本です。この本はとてもいい本でした。おすすめです。

 自分が就職活動のときって、どんなんだったかな、なんて考えるのですが、私の場合は、そのあたりはあまり考えてなかったなあ。たまたまCI会社に入って、成り行きで広告の世界に移り、いろいろなご縁をいただき今に至るという感じでした。正直、学生のときは広告なんてあまり興味がなかったし、そんな私が考えた広告まわりのことを、今考えていることも含めて、なるだけ正直にいろいろお話できたらと思っています。

 では金曜日、みなさんとお会いできることを楽しみにしています。

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2009年11月25日 (水)

3文字の違い

 中野サンモールの脇にある商店街を歩いていると、キャバクラの客引きのお兄さんたち。いつもは華麗にスルーなんですが、思わず足を止めそうになった言葉を投げかけたお兄さんがいました。

 「あえて、コスプレキャバクラ、どうですか。」

 あえて。

 あえて、かあ。この「あえて」という3文字はとっても効いていますね。いい。SEIYUに寄ろうと思ってたけど、ここはあえてコスプレキャバクラ、なんてことを一瞬思いましたもの。でも、キャバクラには行きませんでしたけどね。

 そう言えば、この通り、ここ最近は客引きが増えてるような気がします。不況だからなんでしょうね。

 不況だと、接待とかの仕事がらみでのお客さんも減るだろうし、常連さんも少し控えるようになるんでしょう。で、新規のお客さんを取り込まないといけなくなって、客引きが増える。客引きが増えると、ライバルが増えるので、「お兄さん、キャバ、いかがですか。」というような普通のフレーズでは客が取り込めなくなって、いろいろ工夫が必要になる。

 そんなこんなで「あえて」という3文字が出てきたんだろうなあ。それにしても、「あえて」という言葉は考えましたよね。いろんな意味にとれるものねえ。

 最近は儲からないけど、こんなときこそ、あえて…
 その手のものは興味なかったけど、人生勉強で、あえて…
 真面目真面目の人生だけど、ここらで、あえて…

 それぞれの人生とか生活とか、そんなこんなの個別の事情にうまく入っていける言葉ですよね。この「あえて」という言葉を思いついたお兄さんは、きっとそのあたりの想像力とかセンスがある人なんだろうなあ。こういうアイデアが出てくるのは、こんな時代だからこそなんでしょうね。調子がよかったら、こんな工夫はしないですみますもの。

 なんか、がんばらないとなあ、と思ったなあ。いろんな意味で。

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2009年11月24日 (火)

ルールとモード

 1950年代の音源を順を追って聴いていくと、ジャズの音楽理論が複雑化、高度化していく様が手に取るようにわかります。アドリブがより高度になり、スピードも上がっていきます。ハードバップの後期では、それこそ神業みたいな演奏を聴くことができます。

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 ジャズのアドリブは、感性におもむくままに自由に演奏しているように思えてしまいますが、そこにはきちんとしたルールがあります。そのルールの元になったのは、コード進行です。あるコードに対して、使える音はこれこれこうで、その音は、これこれこう展開できる、というような理論があり、その理論に基づいて、自分なりのアドリブをつくっていきます。

 ルールがあるから、ジャズは広がり発展していきました。ルールがあるということは、模倣できるということです。模倣できるからこそ、ジャズという音楽は広まり、より高度なルールの応用によって、ジャズは、これまで以上に多様で豊かな音楽になっていきました。

 ルール、つまり、音楽理論に基づいて演奏されるということは、基本的には、そのルールを深く詳しく知り、応用できることが重要になっていきます。高度で複雑なアドリブを演奏するためには、その元になっているコード進行を複雑にすることが必要になります。コード進行は分解され、より複雑で緻密なものになっていきます。

 ジャズを発展させたのはルールでした。

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 でも、高度化し複雑化するジャズという音楽は、未来永劫発展しつづけるのかというと、そうではありませんでした。これは、歴史を俯瞰する立場にいるから言えることなのかもしれませんが、何事にも限度というものがあるように思います。これ以上複雑にしても意味がないという領域があり、その領域にたどり着いたとき、アドリブはマンネリ化していきます。

 ルールをよく知り、そのルールを応用する技術を持つ者であれば、誰でもある程度のアドリブができてしまうという状況が生まれました。それでもアドリブにも個性はあるだろうし、その圧倒的な個性、つまり、属人的な感性を楽しむものとして古典芸能化していく道もあったのでしょうが、それでも、あるルールができて、それをみんながこぞって発展させていった、あの渦中の熱はもうそこにはなくなってしまいました。

 どれだけ新しい試みをしても、ルールに基づく限りは、すべてがクリシェになってしまう。その状況は、演奏家たちにとって地獄のような状況だっただろうと思います。

 ジャズの発展を止めたのもルールでした。

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 このどん詰まりの状況を打開したいと思う人たちがいました。マイルス・デイビスやビル・エバンス、ジョン・コルトレーンなどです。ギル・エバンス、ジョージ・ラッセルなどが先行して構築しつつあった音楽理論を手がかりに、新しいジャズをつくっていきます。モードジャズの誕生です。

 モードジャズを簡単に言うと、コード進行からの開放です。つまり、コード進行に基づいたルールに縛られて不自由になるのなら、コードをなくせばいいじゃないか、という考え方。コード進行をどうしようもなく想起させてしまうドレミファソラシという旋律(モード)ではなく、あえて不安定なレミファソラシドというモードを選び、そのモードの中でアドリブを展開するというものです。不安定であるがゆえに、コード進行に依存しないで済むんですね。

 ハードバップの後期、もうこれ以上はないと思えたアドリブは、モードジャズの誕生によって蘇りました。それどころか、ハードバップの流れにあるジャズマンたちのアドリブにも変化があったのです。所謂モード的解釈というやつです。ビル・エバンスは、モードジャズがもたらした自由に突き進んでいったコルトレーンとは違って、西洋音楽をベースとした和声理論のモード的解釈に生涯を費やしたと言ってもいいのではないかと思います。

 ルールによってジャズは発展しました。そして、そのルールの高度化により、ジャズは行き詰まりそうになりました。その行き詰まりを打開したのは、新しいルールではなく、モードという新しい発想でした。つまり、ルールが依拠しているモードから、まったく違うモードに軸足を移すというやり方だったのですね。

 ジャズの行き詰まりを打開したのは、新しいルールでもなく、ルールの書き換えでもなく、モードという考え方の転換でした。

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 私は、なんとなく、1960年代のモードジャズへの転換というのは、あらゆる分野において、結構重要なものを示唆しているのではないかな、と思うんですね。ルールがあるからこそ、ものごとは発展します。けれども、そのルールが、やがてそのものごとをがんじがらめにしてしまいます。

 そのとき、新しいルールをつくるのではなく、ルールを書き換えるのでもなく、そのルールが成り立っている場所そのものに考えを巡らせる。そんな、モードジャズのような発想が、今、いろんな行き詰まりに必要なことのように思います。

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 ちょっと蛇足ですが、私がビル・エバンスという音楽家が好きなのは、モードジャズの中心的な存在にもかかわらず、モードジャズという形式にさえこだわりがなかったところなんですね。コード進行主体のオーソドックスなジャズを、モード解釈によって新しくするというエバンスの仕事が私は好きです。

 エバンスは、あえて言えば、モードにさえこだわりがなく、複数のモードを生きていた音楽家のような気がします。彼は、マイルスやコルトレーンと違って、しなやかでもないし、不器用そのもののような人物ではありますが、その音楽は、新しいムーブメントをあえてつくらなかったという意味において、自由にあふれているような気がするのです。死ぬ間際に、酒とバラの日々をうれしそうに弾いていたエバンスが、私は好き。

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 ジャズをあまり聴いたことがない人には、わかりにくい文章になってしまったかもしれませんが、ルールの高度化がもたらしたハードバップの代表曲は、こんな感じです。これはこれでいいものですよね。昔は苦手でしたが、今聴くと、すごくいいです。

 モードジャズの代表曲は、あえてマイルスではなく、コルトレーンで。モードという発想がもたらした自由をこれほど表現しているミュージシャンは他にいないと思うから。

 最後に、ビル・エバンスの酒バラ。私は、後期のエバンスは、インタープレイという意味では、本当は後退していると思うところがあるのですが、そんな批評とは関係なしにいいです。題名どおり、この演奏は、エバンスの人生そのものだと思います。

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2009年11月19日 (木)

むちゃくちゃな音

 自分で楽器をやっている人なら、JOJOさんのこの言葉が痛いほどわかると思うんですよね。私も楽器をやっていたことがあるから、ほんといやになるくらいわかります。ああ、ぼくには無理です、みたいなわかり方なのが、しょんぼりなんですけどね。

もう一度言うが、チューニングしないと、むちゃくちゃな音は出ないのだ。
音楽から遠ざかろうとすると音楽的になってしまうので、むしろ音楽のコアに近づくことによって非音楽的になろうとするのである。
JOJO広重 BLOG:ノイズギターのこと

 ジャズなんかでも、形式から自由になりたいと頭で思っていても、それだけではなかなか自由にはなれなくて、自由に弾けなんて言われると、どうしようもなくある種の凡庸なパターンの繰り返しに陥ってしまって、メソッドにがんじがらめになって弾いているときよりもつまらない演奏になってしまうんですよね。フリージャズとかはまさに非音楽の運動だと思うし、その無意識のパターンとのたたかいだと思うし。

 この言葉、音楽という言葉を様々な言葉に置き換えるとさらによくわかると思います。広告とか、デザインとか。この続きを書こうと思ったけれど、なんとなく凡庸になりそうなので、とりあえずもう少しいろいろ考えてみることにします。

 では、今日も一日がんばりましょう。東京はちょっと曇りがちです。

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2009年11月17日 (火)

今回のココログの改訂はいいですね

 ココログの場合、カテゴリーをクリックすると、そのカテゴリーに含まれるエントリがすべて表示されていたんですね。私の場合だと、「日記・コラム・つぶやき」カテゴリーのエントリが現在349件あります。それが全部表示されると大変なことになっていたんですね。スクロールしても、延々続くエントリ。そないに読めんわっ、という感じだったのです。

 そういえば、このブログでも、ときどき「日記・コラム・つぶやき」をクリックすると大変なことになりますよ、なんて書いたこともありましたね。

 最近は、どこもブロードバンドだし、パソコンの性能もいいから、PCが止まったりすることも少ないけれども、それでもあまりほめられたものではありませんでした。このカテゴリーの表示の仕方に不満を持っていたココログユーザーは多かったのかもしれませんね。私もそのひとりで、カテゴリーやバックナンバーがタイトルのリンクで表示されるタイプのブログサービスはいいよなあ、なんて思っていました。

 今回のカテゴリ毎バックナンバーの仕様変更で、劇的に改善されました。最新の10件が全文表示で、それ以降のエントリがタイトルのリンク表示になり、ある種の目次的な役割も果たしてくれるようになりました。

 これは、ブログの書き手にとってもありがたいことで、外部の目次サービスを試したりもしましたが、それも思った感じとは違うものでした。RSSやはてなブックマークで代用もできるのですが、やはりブログ内でも目次の機能を持ちたいという思いはありました。RSSやはてブは、多くの人にとってはまだまだ敷居は高いと思いますし。そういう意味では、今回の改訂はすごくうれしいですね。何より、目次は、書いた本人にとって便利なんですよね。

 カテゴリーは、いつもは右サイドバーにあります。まだ、新しいシステムに移行していないカテゴリーがあるようですが(というか17日午前1時現在、移行しているのは「日記・コラム・つぶやき」だけかも。広告関連カテゴリーはまだ移行してなくて、エントリも多いのでご注意を。)、時間が経てば完全に移行するとのことです。よかったら、お暇なときにでもクリックしてみてください。ではでは。

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2009年11月16日 (月)

普段着の広告論

 とりたてて急ぎの話でもないのですが、「普段着の広告論」という表題で広告論めいたものをまとめてみようかなと思っています。時間を見つけてじっくりゆっくりという感じになるかと思います。このブログで書いてきたことなんかも、もう少し分かりやすいかたちで整理して、ひとつの広告論にまとまればなあ、なんて考えています。

 私が先輩たちから広告を学んできた頃と今では、広告をとりまく状況が違ってきています。これまで学んできたことが、ほんの少しだけ時代に合わなくなってきたような気がします。だから、みんな自信をなくしてしまったんですよね。

 でも、どんな時代でも、不特定多数が見る場所でメッセージを伝えるという、インフォメーションではなくアドバタイジングの意味での広告という行為は普遍だという思いも、私の中にはあるのです。このあたりの思いを、なんとか言葉にできれば、という感じです。

 広告をとりまく状況の変化には2つの要因があります。

 ひとつは、経済停滞。あえて不況ではなく経済停滞と書いたのは、今後少し上向きになることはあるかもしれないけれど、80年代のような状況はたぶん、これからはやってこないだろうなと思うからです。この低成長の経済状況の中で広告というものを考えていかなきゃならないんだろうな、という思いが私にはあります。

 もうひとつは、メディアの変化。これは、言うまでもなくウェブの出現によるメディア構造の変化です。これは、どう理屈をつけても、今の状況の変化の要因になっているとしか言えないでしょうね。例えば、私がブログを通してこういうことを書いているということが示しています。不特定多数への情報発信の敷居が下がって、メディアが多様化し、既存メディアの特権性みたいなものが薄まれば、当然、ひとつひとつのメディアで発信される広告メッセージは、その特権性が薄まることになります。それは、どうしようもなく道理として、そうなります。

 この2つの要素をきちんとふまえて広告を考えていかないといけない。けれども、それは前提に過ぎません。もちろん、その前提の中での、現実的なあれこれ、例えば、業界としての広告の規模が縮小するとか、そういったことは、個々の人の営みの中では切実ではありますが、その切実さを根拠にして道理を語ることは、それがたとえ身を切られるようなものであるとしても違うのだろうな、という意識があります。喩えて言うなら、もし私が広告で食えなくなっても、広告は、そんなことは関係なしに続いていく、ということです。

 ルサンチマンや自己意識を普遍の道理にしてはいけない。このことを頭にいつも置いていないと、その思考は現実と乖離していく思うのです。そう思っていても、人はルサンチマンや自己意識を根拠にしてしまいがちな生き物だし、その現実からの乖離は、いくつかの歴史がそれを物語っています。なるだけ、状況の変化を前提にしつつ普遍を語りたい。難しいことではあるけれど。

 その要素が持つ意味を過剰に意識して、例えば、広告の終焉の危機を煽るでもなく、最先端手法で未来を予言するのでもなく、私は、この状況の中で、ビジネスの一行為としての広告が、きちんと多くの人々に受け入れられて、きちんと効果も出して、「やっぱり広告をやってよかったな、広告って力があるよな」と思えるものになるのかを考えていきたいと思います。

 それはつまり、よそ行きではなく、「普段着の広告論」です。タキシードを着たブランド論やクリエイティブ技術ではなく、その気になれば誰でも明日からすぐにはじめられる、そんな広告論が書ければな、と思っています。

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2009年11月13日 (金)

ある日の雑感

 いろんな本を読む。手当たり次第読む。無節操に読む。

 当たり前のことではあるが、世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあって、知らないことを知ることで、いろいろと、考えたこともないことを考えるきっかけになるし、新しいことが入ってくることは、この年ではきつい部分があるにはあるけれど、それはきっとありがたいことでもあるのだろう。

 世の中は、私が考えるより、もっともっと広いということだ。それにしても、広いよなあ、広すぎるよなあ。

 山手線の車中、とある本を読んでいたら、高橋和巳さんが亡くなったのが三十九歳だったとの記述があって、もうすでにその年を超えてしまっているんだなとぼんやり思う。昔読んだ高橋さんの著書が、今の私より若いときに書かれたものなんだなと思うと、なんとなく、しっかりしなきゃなあ、なんて柄にもないことを考える。

 なるだけ真っ白なまま吸収していきたい。限界はあると思うけど、なるだけね。そのうえで、今まで考えてきたことが間違いではないと思えるなら、その残ったものだけが自分のものなのだろう。それだけ持っていれば十分な気がする。それでもけっこうな重さになるだろうけれど、軽やかに歩いていくには、持ち物はなるだけ軽いほうがいいだろうから。

 山手線を降りると、雨が小雨になっていた。傘を買わなくても大丈夫そうだ。少し早歩きで渋谷の雑踏を行く。重い鞄を提げて青山まで坂道を上ると、少し汗ばんだ。

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2009年11月12日 (木)

ロングラン

 最近はパチンコはやらないので知らなかったんですが、こんなパチンコ台があるんですね。その名も「CR餃子の王将」。昔の一発台と権利ものをあわせたようなゲーム性のようですね。

 しかしまあ、王将ブーム、続きますね。ロングラン。

 このブログに「餃子の王将がブームらしい」というエントリを書いたのが7月。で、いま11月。まだお店に行列ができてるものなあ。私は大阪育ちなので、「行列かあ。王将なのになあ。」という気持ちがあるんですよねえ。ま、理屈を超えた、ソウルフード的な愛着もあるにはあるけれど、そこまでしてという感じもするんですよね。どっちかというと、それは、愛ゆえにの気持ちかもしれないですけど。なんか、列に並んだら負け、みたいな。何に負けるのかは知りませんが。

 餃子の王将がなるほどなあ、と思うところは、餃子が焼き餃子の1品しかないところ。水餃子とかシソ餃子とかつくらないところかな。つくってもいいかなと思うタイミングは今までにたくさんあったと思うけど、けっして餃子専門店というジャンルにはいかないで、ひたすら大衆中華料理店。そこはすごいなあ。むしろ、麻婆フェアみたいなキャンペーンばっかりやってますよね。案外、ラーメンにも力を入れているし。

 このあたりは、ブームの広がりにうまく作用してますよね。餃子もすごいけど唐揚げの塩こしょうがすごいとか、チャーハンもたまらんとか、餃子のタレの配分はああだこうだとか、結果として焼き餃子をめぐるあれこれという感じで、ブームが拡散していっても、焼き餃子の存在が薄くなることはないんですよね。俺はシソ餃子派の人が出てきたら、そのぶん焼き餃子の存在が薄くなるわけだし、餃子の王将ブームが餃子ブームになっちゃいますし。

 とは言っても、餃子の王将は私が子供の頃からあったし、老舗なので、浮かれてばかりじゃなくて、ブームが終わったあとの次の一手はすでに考えているんでしょうね。関西企業だし。と書いて思ったのは、すでにけっこうな企業なんですよね。なんか自転車で130円の餃子だけを友達と食べにいっていた頃からすると、うわっとなりますね。今や大証1部企業だものなあ。

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2009年11月 9日 (月)

バランス。あるいは、動きつづけるということ。

 なぜ、いつもバランス論に行き着いてしまうのかな、ということを考えていて、もしかするとものごとを三つの項で考えるからなのかな、なんてことを思いました。三つの項で考える限り、そこには強烈な対立みたいなものは生まれにくく、最終的には、その三つの項のバランスを考えることになります。

 例えば、こういう感じです。はじめに、二項の例。

 プライベート
 ソーシャル

 この2の項は、対立関係にあるので、究極的にはそのどちらかを支持し、残る一方と敵対するということになります。それをバランスということもできるけど、加藤典洋さんの著書に「君と世界の戦いでは、世界に支援せよ」というのがありましたが、つまり、そのバランスには、そんな捻れ感があります。

 けれども、ものごとを二項ではなく三項で整理すると、こうなります。用語としては、もしかすると同列にはならないかもしれませんが、ま、そのへんはご愛嬌で。

 プライベート
 コミュニティ
 ソーシャル

 人の生活を考えたとき、プライベートとソーシャルの対立関係で考えるよりも、プライベート、コミュニティ、ソーシャルの三つのモードを行き来すると考えたほうが、私はよりすっきり世界が認識できるように思います。ネットなんかでも、このバランスの問題がいつも問われますよね。

 ●    ●

 話は少し飛びますが、私がなぜビル・エバンスというジャズピアニストに興味があるかというと、音楽というものを、三つの関係というか、三項の運動としてとらえたアーチストだからだと思います。

 ピアニスト
 ベーシスト
 ドラマー

 私はその三項が対等にインプロビゼーションを交換する円環運動を「永遠の三角形」と勝手に呼んでいるのですが、その円環運動を成立させるには、どこかが頂点になって二等辺三角形を形づくると、すぐさま二項対立関係になってしまうので、ある緊張感を持って、運動しつづけるしかないのですね。私は、ビル・エバンスという人を、その「永遠の三角形」というものを、一生かけて追い続けた芸術家であると考えています。

 この緊張感ある持続運動は、少し言葉のニュアンスが違うけれども、バランスとも言えなくもなく、その意味合いでバランスという言葉をとらえると、バランスというものは、とてつもなく困難な行為であるとも言えるかもしれません。

 で、ビル・エバンスが追い求めた「永遠の三角形」が完成したのかというと、これは私は少し疑問があって、もしかすると「永遠の三角形」というものは理念上のもので、本当は成り立たないのかもしれないな、というのが「永遠の三角形」のモチーフだったりもするのです。人は、第三項排除的なものから自由になれるのか、みたいな。

 だから、絶えず動きつづけることを求められるのですよね。ライブ、ライブ、またライブ。ビル・エバンスという人は、言ってしまえば、そんな人生だったような気がします。

 ●    ●

 ブランドメソッドにも、ブランドトライアングルという手法が多くみられるし、そこでのパワーブランドは、そのトライアングルが強度の高い正三角形であることを求めます。

 ミッション
 ビジョン
 ビリーフ

 ここにも、ある種の完璧さを定着させることへの嫌悪感みたいなものがどうしようもなく起るんですよね。現実に動いているブランドって、そんなに割り切れたものではないよ、というような。つまりは、そこで止まったら、すぐに第三項排除の魔の手がやってくる、みたいな感じがするんですね。

 きっと、それがCIというブランド手法の弱点の部分でもあるのだと思います。なんとなく、そこから離れて、もっと泥臭い広告という分野を選んだのは、今思えば、そんな理由だったのかもな、とも思います。

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2009年11月 8日 (日)

こういう話を読むと、本能的に構えてしまうのはなぜだろう。

 ネットでコピペされ続けている有名な話。ものすごい数のサイトに引用されていますので、これ読んだことがあるわ、という人も多いのではないでしょうか。ハーバード・ビジネス・スクールというところがミソなんでしょうね。皮肉が効いていますよね。
 

メキシコの田舎町。
海岸に小さなボートが停泊していた。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。
その魚はなんとも生きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」
と尋ねた。

すると漁師は
「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。旅行者が
「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。
おしいなあ」と言うと、
漁師は、自分と自分の家族が食べるには
これで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
と旅行者が聞くと、漁師は、
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。
戻ってきたら子どもと遊んで、
女房とシエスタして。
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した
人間として、きみにアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。
それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。
そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。
やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出て
メキシコシティに引っ越し、
ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから
企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、
海岸近くの小さな村に住んで、
日が高くなるまでゆっくり寝て、
日中は釣りをしたり、
子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって過ごすんだ。
どうだい。すばらしいだろう」

 
 まあ、すべてがそうだとは言わないけれど、上記の派閥にありがちな無邪気な拡大・効率信仰に対しては、こういう、そもそもその事業の目的って何、その目的を果たすためには、拡大や効率化以外のやり方もあるでしょ的な話でもあるし、ある種の生き方論でもあるだろうから、この小話を読んで、そうだよねえ、そのとおりだよねえ、と言ってしまってもいい気もするけれど、この話の暗示する教訓めいたものに乗るのはちょっとなあ、とも思います。

 メキシコ人の漁師さんにしても、家族が病気になったりすることもあるだろうし、そうなれば、ある程度の蓄えがなければ駄目だろうし、不漁の年もあるだろうし、それだけいい魚がとれる場所なら、他の漁師が黙ってないだろうし。きっと、生活の詳細を見てみると、そんな牧歌的なことばかりではないはず。

 MBAの人も、それだけのアイデアがあれば、自分がビジネスにしようと思い立つだろうし。旅人としてその地を立ち去ってはいかないでしょう。MBAの人の論にそえば、目的は同じでも、その拡大によって、富が生まれ、たくさんの雇用を創出し、みたいなことも言えるわけだしね。意義あることだよ、みたいな。

 きっと、話が単純化されすぎているからなんでしょうね。だから、ちょっと構えてしまうんでしょう。

 で、ほんとは、そういう、あらゆる可能性を考えたうえで、そのメキシコ人の幸せな暮らしを維持するにはどうすればいいんだろう、という話が大切なんだろうと思うんですね。そのとき、もっともっと、と考えるやり方をするのか、それとも、これでいい、これを維持することがいいことなんだ、と考えるやり方にするのか。そこは、これからの社会が、というか、これから私がどういうふうに考えていくかにつながる問題のような気がします。けっこう難しいです。悩みます。

 これまで自分が培ってきたものが十分に活かせて、それなりに私の仕事をありがたがってくれる人がそれなりにいて、その仕事が世の中のためになっている、みたいな社会性がちいさくても感じられて、その仕事で、それなりにいい気分で暮らしていけるなら、別に天下をとるとかそんなことでなくてもいいと思うし、それは、まあメキシコ人の漁師と同じ気持ちではあるだろうけど、そのためには、MBAの人の考える何百分の一かのことは考えないと成り立たないのだろうな、と。

 つまり、今、私の考えるいい感じというのは、メキシコ人とMBAの人の中間くらいのところにあるような気が。まあ、そう考えると、毎度おなじみのバランス論になってしまうんですけどね。でも、このところ、バランスっていうのは、ほんと大事だよなあ、と思います。というか、どこらへんでバランスするか、っていうのが現実が求める思考なんだとも思うんですけどね。

 そんないいバランスで生きていけたらなあ、と最近はすごく思います。

 調べてみると、もともとは「なぜ、あなたはここにいるの?カフェ」という変わった名前の本に収録されていたようです。読んではいませんが、アマゾンのリンクを辿ってみると、自分らしい生き方とは何だろうと問いかける本のようです。

 いろいろと愚痴ってしまいましたが、でもまあ、ユーモアがあって、きちんとオチがあって、いい話ではありますね。いろいろ考えさせられるし。

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2009年11月 6日 (金)

銀橋の何がいいって

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 やっぱり、古いものがしっかりと新しいものと対峙しているところかな。

 新しい銀橋よりも小さいけれど、古い銀橋には時の蓄積があります。みんなに親しまれてきたという歴史があります。この古くて小さな銀橋の、新しい銀橋に負けない力強さは、きっと、人々の記憶の強さです。

 京都とか奈良では、こうはいかないと思うんですよ。古い寺院は、昔そのままでいつまでも残ってほしいと思うし。こういう景色は、なんか商都大阪らしくっていいなあと思うんです。古いものが甘やかされてないというか。

 古き良きものに対するこういう敬意の示し方って、とっても大阪らしいなあと思うし、新しい都市の成長の姿のような気が私はするんですよね。

 関連エントリ:銀橋2009

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夕日

 豊島(てしま)という島が香川にあって、そこに産業廃棄物が運ばれて、不法に廃棄され、島がゴミまみれになっていました。この出来事は、戦後最大の不法廃棄事件と呼ばれ、新聞やテレビでもたくさん報道されたので知っている人も多いと思います。

 その廃棄物問題を解決するために、20年以上、その島を見守り続けている島民のおじさんがいて、あるカメラマンは、その人にどうしても会いたくて、ひとり、豊島に出かけていったそうです。そのおじさんは、カメラマンを産廃が山積みになった現場に案内したそうです。

 腐臭のする現場で、カメラマンは、おじさんに聞いたそうです。

 「なぜ、20年間もがんばれるんですか。」

 おじさんは下を向きながら、こう答えました。

 「子供の頃、ここによく遊びに来てたんです。ここから見える夕日がすごく美しいんですよね。」

 今も、その島では、産廃の掘り出しと移送の作業が続いています。

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2009年11月 4日 (水)

定着という言葉が意味すること

 今どきの若いクリエイターたちは、定着っていう言葉を使うのかなあ。

 定着という言葉。クリエイティブの文脈では、普段使う定着という言葉の意味とは少し違って、その意味するところは、独特です。私も、この言葉をはじめて聞いたときは、意味がつかめませんでしたし、しばらくはなじめませんでした。

 クリエイティブにおける定着は、世の中に出せる表現に落とし込む、みたいな意味ですね。手書きのラフスケッチがあって、それをいろいろなありもの素材で組み合わせて少し精度の高いカンプにして、みたいな過程がありますよね。その段階では、まだ定着とは言えません。定着とは、そのラフスケッチなりカンプなりをもとに、写真を撮ったり、イラストを描いたり、そこにCG加工したり、それをトリミングしたり、レイアウトしたりして、完成形にすることを言います。

 コピーで言えば、なんとなく言いたいメッセージが頭の中にあって、それをもとにいくつかコピーを書いてみて、その中から最適なコピーを選んで、そこからまたてにをはを直したりしながら、最終的なコピーに落とし込むこと。それが定着です。

 定着っていうのは、いろんな可能性がある中で、その選択肢をどんどん落としていって、たったひとつ、これしかないという表現に追い込むことなんですね。

 この定着っていう言葉、いろいろなことを示唆している言葉のような気がします。ある情報から、クリエイティブにするまでには、必ず定着という過程があります。それがどれだけ短くとも、やはり、そこにはある時間が必要なわけです。

 要するに、定着を含むあらゆるものは、この時間を経ているもの、つまり、過去なわけです。必然的に過去の定着にならざるを得ないわけです。たとえそれが「新発売」という情報を伝えていたとしても、その伝える広告という器は、必然的に過去になるわけですね。

 ここに、広告という表現の最大の矛盾があるように思います。「新発売」という情報を、ただならぬ今として伝えるためには表現がいります。表現のためには定着がいります。定着がいるということは、過去であることと同義です。広告は、必然的に、今を過去の定着によって伝えるという矛盾をはらむわけです。

 表現の密度が高いものは、すなわち過去の密度も高いことと同じで、表現が優れれば優れるほど、それが過去であるという印象がどうしても高くなってしまいます。ウェブの誕生により、少なくともタイムラグのほとんどない情報が行き交う世の中になって、そうした広告の必然みたいなものがよりはっきりと見えてきたのだと思います。

 今を定着しようとすると、形式的必然で必ず過去になる。

 これが、全体的に広告が効かなくなってきたという現象の、表現という側面から見た理由だと思います。

 今、テレビCMを見て、最も広告的だなと思うものは、私の場合は、じつはお詫びCMだったりします。製品を回収しています、と伝えたりしている素っ気ないCM。あの生々しさに広告的な力を感じます。それは、きっと、今の時代において、過去であるという宿命を持つ広告という形式の中で、いちばん今に近いものだからだと思うのです。

 これは、広告に対する情報の勝利を必ずしも意味しなくて、情報であっても、それを多数に伝えるためには、どんなかたちであれ、システムとしての広告という器にのせるわけです。つまり、ここで課題にすべきは、きっと表現の問題。

 このブログをはじめてからずっと、広告の終焉論っていうのは、つまるところ表現の問題に行き着くのではないか、と思い続けてきましたが、その意味がほんの少しだけわかってきた気がします。書き出してみると、なんだそんなことか、という感じがなきにしもあらずですが、要するに、未来の定着を指向する、未来の定着に密度を求める、ということ。これは、過去の自分のつくった広告の、当たった当たらなかったを考えたときに、この軸でわりと説明できるように思います。

 よくよく考えれば、平賀源内の頃から、広告っていうのは、もともと未来を指向していたんじゃないか。土用丑の日に鰻なんて、誰も食べてなかったんだし。きっと、広告が広告に戻ること、広告のプリミティブな力を取り戻すことっていうのは、きっとそういうことなのではないかな。

 で、たぶん、それはきっと、表現、定着だけでなく、マーケ的なプランニングにも同様に言えることなんでしょうけど。でも、まあ、これだけ今この瞬間に追い立てられると、今についていくので精一杯で、未来を指向するのは難しいんですけどねえ。でも、これは踏ん張ってやるしかないんでしょうね。

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2009年11月 2日 (月)

広告屋としてのらもさん

 今思うと、時代の先を行き過ぎていたようにも思います。時代がやっと追いついてきたかもな、とも思います。

 広告屋としての中島らもさんの代表作である「啓蒙かまぼこ新聞」と「微笑家族」。前者は宝島、後者は今はなきプレイガイドジャーナルに掲載されていました。クライアントは、かねてつ食品(現カネテツデリカフーズ)。これを許したクライアントも度量があると思うし、得意先、広告制作者、媒体社、そして読者が一緒になって楽しんでいる感じが出ていて、ほんといい仕事だなあと思います。

 まずは、若い世代は広告なんて真面目に見ないよ、裏もわかってるよ、という前提があって、広告なんて見てもらえないんだから広告じゃない広告にして、とにかく楽しんでもらいましょう、ということなんだろうと思います。カタチは普通の広告とはまったく違うけど、目的は同じ。企業やブランドに好感や関心を持ってもらいましょう、ということ。そういう意味では、きわめてまっとうな広告なんだと私は思います。

 私は、手法的には、ど真ん中ストレートが好き。それが得意だと自分で思うし。だから、まっとうな広告だとは思うけど、手法が反広告的ならもさんのつくった広告のようなものはあまりつくってきませんでした。つくってきた広告は、どれも、もっともっと広告らしい広告。けれども、広告らしい広告をつくるときに、いつも頭にあったのは、このらもさんの広告でした。直球を投げるなら、これを超えないといけない、みたいな。

 中島らもさんとは違って、私は、広告というものは、手法も含めて普遍的なものとして考えています。だから、こういう反広告的な広告を自分の手法にはしていません。きっと、性格がどうしようもなく真面目なんだろうな、私は。ある意味、不真面目とも言えるかもですが。まあ、しゃあないです。

 でも、だからこそ、反広告的な広告がもたらす効果を、広告らしい広告は超えなければいけない、とも思ってきたんですけどね。広告が効かない時代。そんな言い方が単なる言い訳になるような、今の時代でも、ああ広告っていいよなあ、と思ってもらえるような広告をつくりたい。みんなが広告だとわかって、それでも親しまれ、好感を持たれたり、納得してもらえたりする広告をつくりたい。

 それと、広告に求める役割がある程度の大きさを超えると、社会性みたいなものが求められると思うし、その社会性というものは、脱構築的な広告というか、広告の解体みたいなものでは応えられないような気がします。解体しきった環境の中になお残る、広告のプリミティブな力こそが必要で、それは、わりと時代に影響されない普遍性を持った形式だとも思います。このあたりが、このブログでずっと書き続けてきた、私の変わらないこだわりです。このへん、もっとわかりたい。

 だから、ブログでなんだかんだ言っているわりには、私のつくってきた広告は、わりとヒットした広告にしても、新しい手法を求める広告関係者が見れば、ちっとも新しく見えないだろうし、でもまあ、それはそれでいいのかな、とも思います。つくった本人は、ここが新しいねん、みたいなことは思うけど、でもそれはキャッチーな新しさではないし、ほめられにくいので、ほんの少しさみしくはあるけれど。

 これから、いくつの広告をつくれるかはわからないけれど、こういう広告はきっとこれからもつくらないと思います。それは、私がやらなくてもいいだろう、とも思うし、他の誰かがもっとうまくやるだろうし、こんなメディア多様化の時代だからこそ、やれるとも思うんですよね。どんどんやってください。こういう流れは、今の広告の停滞を変えると思うし。コミュニケーションデザインやバズマーケティング、行動ターゲティングだけが新しい広告ではないとも思うしね。

 それにしても、ちょっと前までは、こういうことは思わなかったですね。昔は、あっ、いいな、つくりたい、になってたんですけどね。キャリアを重ねて、自分のことが、いいも悪いもわかってきた、ということなのかな。それに、自分とは手法が違っても否定はしないようにもなってきました。大人になったってことかも。

 でも、あんまりこういうことは言わないほうがいいかも、なんてことも思います。もしかすると、気がかわってつくるかもしれないし。でもまあ、このやり方だと、らもさんみたいにうまくはつくれないだろうなあ。結局、負けるとわかっている試合はすすんではやりたくないっていう、せこい心情なのかもしれないなあ。まあ、人間なんだし、いろんな人がいるわけだし、それでいいとも思ってますけどね。

 最後にどうでもいいけど、2年前、こんなエントリを書いてました。私にとってらもさんは、そんな感じの人です。リリパットも見たことないし、小説もあまり読んでないし、あまりいい読者ではなかったかもなあ、です。

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