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2009年11月 4日 (水)

定着という言葉が意味すること

 今どきの若いクリエイターたちは、定着っていう言葉を使うのかなあ。

 定着という言葉。クリエイティブの文脈では、普段使う定着という言葉の意味とは少し違って、その意味するところは、独特です。私も、この言葉をはじめて聞いたときは、意味がつかめませんでしたし、しばらくはなじめませんでした。

 クリエイティブにおける定着は、世の中に出せる表現に落とし込む、みたいな意味ですね。手書きのラフスケッチがあって、それをいろいろなありもの素材で組み合わせて少し精度の高いカンプにして、みたいな過程がありますよね。その段階では、まだ定着とは言えません。定着とは、そのラフスケッチなりカンプなりをもとに、写真を撮ったり、イラストを描いたり、そこにCG加工したり、それをトリミングしたり、レイアウトしたりして、完成形にすることを言います。

 コピーで言えば、なんとなく言いたいメッセージが頭の中にあって、それをもとにいくつかコピーを書いてみて、その中から最適なコピーを選んで、そこからまたてにをはを直したりしながら、最終的なコピーに落とし込むこと。それが定着です。

 定着っていうのは、いろんな可能性がある中で、その選択肢をどんどん落としていって、たったひとつ、これしかないという表現に追い込むことなんですね。

 この定着っていう言葉、いろいろなことを示唆している言葉のような気がします。ある情報から、クリエイティブにするまでには、必ず定着という過程があります。それがどれだけ短くとも、やはり、そこにはある時間が必要なわけです。

 要するに、定着を含むあらゆるものは、この時間を経ているもの、つまり、過去なわけです。必然的に過去の定着にならざるを得ないわけです。たとえそれが「新発売」という情報を伝えていたとしても、その伝える広告という器は、必然的に過去になるわけですね。

 ここに、広告という表現の最大の矛盾があるように思います。「新発売」という情報を、ただならぬ今として伝えるためには表現がいります。表現のためには定着がいります。定着がいるということは、過去であることと同義です。広告は、必然的に、今を過去の定着によって伝えるという矛盾をはらむわけです。

 表現の密度が高いものは、すなわち過去の密度も高いことと同じで、表現が優れれば優れるほど、それが過去であるという印象がどうしても高くなってしまいます。ウェブの誕生により、少なくともタイムラグのほとんどない情報が行き交う世の中になって、そうした広告の必然みたいなものがよりはっきりと見えてきたのだと思います。

 今を定着しようとすると、形式的必然で必ず過去になる。

 これが、全体的に広告が効かなくなってきたという現象の、表現という側面から見た理由だと思います。

 今、テレビCMを見て、最も広告的だなと思うものは、私の場合は、じつはお詫びCMだったりします。製品を回収しています、と伝えたりしている素っ気ないCM。あの生々しさに広告的な力を感じます。それは、きっと、今の時代において、過去であるという宿命を持つ広告という形式の中で、いちばん今に近いものだからだと思うのです。

 これは、広告に対する情報の勝利を必ずしも意味しなくて、情報であっても、それを多数に伝えるためには、どんなかたちであれ、システムとしての広告という器にのせるわけです。つまり、ここで課題にすべきは、きっと表現の問題。

 このブログをはじめてからずっと、広告の終焉論っていうのは、つまるところ表現の問題に行き着くのではないか、と思い続けてきましたが、その意味がほんの少しだけわかってきた気がします。書き出してみると、なんだそんなことか、という感じがなきにしもあらずですが、要するに、未来の定着を指向する、未来の定着に密度を求める、ということ。これは、過去の自分のつくった広告の、当たった当たらなかったを考えたときに、この軸でわりと説明できるように思います。

 よくよく考えれば、平賀源内の頃から、広告っていうのは、もともと未来を指向していたんじゃないか。土用丑の日に鰻なんて、誰も食べてなかったんだし。きっと、広告が広告に戻ること、広告のプリミティブな力を取り戻すことっていうのは、きっとそういうことなのではないかな。

 で、たぶん、それはきっと、表現、定着だけでなく、マーケ的なプランニングにも同様に言えることなんでしょうけど。でも、まあ、これだけ今この瞬間に追い立てられると、今についていくので精一杯で、未来を指向するのは難しいんですけどねえ。でも、これは踏ん張ってやるしかないんでしょうね。

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コメント

定着って言葉を初めてきいたのは永井一史さんの講義からで、デザイナーって定着って使うんだなと思ったのを思い出しました。
あまりまだすとんとおちてないんですけど、買いたい気持ちになる、ほしがらせる=需要喚起のコトと「未来の定着の密度」の関連があまりイメージできなかったなあと。未来にワクワクさせる、というと薄い言葉なんですけど、そういうことなのでしょうか?

投稿: shiraber | 2009年11月 4日 (水) 14:34

簡単に言うと、まだ売り出されていない商品があるとして、コピーライターは一生懸命、今の自分がこの商品を手にするうれしさとか便利さを考えますね.デザイナーは、今この瞬間のシズルやイメージを膨らませますよね。
広告は今を切り取る、というやつです。でも、定着の時間がありますね。広告が出たときには遅い、というか、広告である時点ですでに人に過去を感じさせてしまいます。それは、Web以前では感じなかったことだと思います。定着のタイムラグなんて、誤差の範囲で今と言ってしまえる時代でしたから。
でも、今はそうではないですよね。もうね、広告という時点で、そこにクライアントがいて広告会社がいて演出家がいて、みたいなことを感じてしまうんですね。これは、きっと無意識レベルで。
であるならば、ひとつのやり方は、定着のタイムラグをゼロにする方法があります。それは、できるだけ生の情報を素早く投げ出す方法。Webの得意な方法論。もうひとつは、未来の定着をする方法。ここで言う未来というのは、今はまだないけれど、近未来の新しい価値、新しい考え方のこと。言葉に語弊はあるけれど、予言に近いものかもしれません。
そうした未来を定着することに、密度を高めて力を注ぎ込む。その方法論は、Web時代のもうひとつの新しい広告のやり方なのではないだろうか、ということです。
でも、それって、昔から普遍的に広告はそういうものでもあるよなあ、みたいなことです。

投稿: mb101bold | 2009年11月 4日 (水) 21:57

おそらく概念レベルですが自分なりにイメージ出来ました。それはもしかしたら、数年前に梅田望夫が「Web進化論」で提唱したようなもの、なのかもしれないなあと。
それを見て動き始めた自分は十分に彼の「広告」に影響されたようにも思います。むーでも難しい。

投稿: shiraber | 2009年11月 9日 (月) 12:29

ウェブ進化論で梅田さんが描いた未来に対しての、次世代広告テクノロジー的な答えもあるけれど、私のはどちらかというと今までの(あるいは普遍的な)広告側からの回答、という感じでしょうか。

>むーでも難しい。

私もまだちゃんと言い切れてないところがありますから。でも、なんとなく現場感覚的にはつかんでいるという感じはするんですけどね。

投稿: mb101bold | 2009年11月 9日 (月) 22:29

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