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2009年12月13日 (日)

出版不況に関するニュースを読んで思ったこと

 朝日新聞に出ていた記事。冒頭はこんな言葉ではじまっています。

 今年の書籍・雑誌の推定販売金額が2兆円を割り込むことが確実になった。出版科学研究所の分析で明らかになった。1989年から20年間にわたって「2兆円産業」といわれてきたが、最終的には1兆9300億円台に落ち込む可能性がある。

本の販売2兆円割れ 170誌休刊・書籍少ないヒット作 - asahi.com(12月13日)

 リンク先のニュースでは、1988年からの売り上げの棒グラフが掲載されていますので、それを見るとわかりやすいのですが、書籍・雑誌の売り上げのピークが96年の2兆6563億円なんですね。

 一般的にはバブル景気というのは「概ね、1986年12月から1991年2月までの4年3か月(51ヶ月)間を指すのが通説」とのことですから、ピークはバブル崩壊後ということになります。

 グラフの曲線の推移を眺めると、なんとなく88年以前のバブル期もしくはバブル期以前の売り上げにゆっくりと戻っているいうふうにも見えなくもなく、バブル景気というものが、平常時の経済ではなく、ある種の熱狂状態だったととらえるならば、その熱が冷めて平常に戻っていくというふうに理解することもできるかもしれません。

 それと、もうひとつ感じるのは、産業の成長は、リアルな社会状況から数年遅れるのではないかな、ということ。まあ、これは社会の空気に反応して経済行動が起こされ、そのシステムが完成されうまく回るには、さらにタイムラグがあるることを考えると納得はできるのですが、バブル景気のピークが89年か90年だとすると、そこから4年のタイムラグがあることになり、4年というのは、専門家からみて理論的に納得できるタイムラグなのか、それとも、このデータ自体は、もっといろいろな状況を精査しないといけないものなのか、ちょっと私にはわかりかねる部分もあります。

 それにしても、もう完全に無限の成長幻想というものが幻想にすぎないんだというのが実感されますね。ここにはもちろん多様化があり、多様化によって旧来のカテゴリーに吸収され数値化されないものがたくさんあるということも頭に入れとかなきゃいけないんでしょうけど。

 とはいいつつ、仮にマクロレベルで理解できたとしても、その渦中にある出版やその周辺の広告などにかかわる人の生活や人生があって、理解できた、そういうことだね、と言ってばかりはいられない現実もあり、私自身もけっしてプールサイドで見ているだけではなく、プールで泳ぐ人だったりもするので、なんとか考えていかないといけないな、と思います。

 その部分で言えば、状況を見るより、自分がどうしてもやらなきゃいけないこと、やりたいこと、つまり、自分側の動機が上回ることなんでしょう。私たちの世代で言えば、その自分の動機みたいなものを世の中の空気が後押ししてくれる体験がかなり少ないのが特徴ではあるんでしょうね。バブルというものを体験していない世代というか。私より下の世代はもっとそうでしょうね。

 最近、プライベートで私より一回り若い人と話す機会がわりと多く、私より若い世代の人たちの世の中の見方というのが面白いというか、なんか言い方はうまくないけれど、さめた熱みたいなものを感じます。その妙な情熱は、私を勇気付けてくれたりもして、がんばってやっていかないといけないな、と、淡々とさめながら思ったりしています。

 では、引き続き、よい休日を。

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コメント

特に、雑誌が売れなくなっているとありますね。必要な情報だけなら、ネットで手に入る感じがしています。でも、雑誌を読むとその中でいわゆる世間に触れる気もしています。

投稿: しばはな | 2009年12月13日 (日) 16:06

ネットと競合するものはしんどいでしょうね。
私は大学生向けのリクルート関係の広告コミュニケーションを何度か担当したことがありますが、そのときもほとんどがネットでのコミュニケーションでした。
私が大学生の頃は、リクルート活動のじきになると百科事典のような何冊にもわたる分厚い冊子が送られてきましたが、今はもうないそうです。その代替がネット。エントリーもリクナビとかですし。

投稿: mb101bold | 2009年12月13日 (日) 16:12

出版業界ではないのですが、バブル崩壊から数年後に音楽業界に就職しました。(現在は全く関連ない仕事してます。)
不況が明確になり、それまで業界各社横並びだったのが、急に優勝劣敗に二極化した記憶があります。就職氷河期もバブル崩壊から数年後に顕著になりました。私の年代は「男子はバブル、女子氷河期」でした。今回の不況については各企業とも対応が早いでしょうが、あの頃の率直な感想としては、「マーケットの縮小というのがピンと来なかったから、数年はずるずるゾンビでいられた」のかな、と思います。
98年くらいに「お前はもう死んでいる」と言われて、あ、そうなんだ、とようやく気付いたような...。(倒産した銀行にいた知人から、聞きました。)

出版不況については、「お金がないから本を買うのはやめよう」という個人の意思決定の積み重ね、というのがとりあえずのイメージでした。
しかし最近考えると、広告の出稿とか、デカい話の記事とか、コンテンツの問題も絡むのかなと思い始めました。バブルの頃って、文化度はあまり高くなかったけど、もっと村上春樹を読まずに語ろうとしたり、映画はとりあえずヴェンダースとかジャームッシュについて語る、みたいな熱気、というかガツガツした欲望の渦があったように思います。

今って、僕は文化度は着実に上がっていて、広告もポピュラー音楽も最近観ているアートでも、より知的になっているようには思います。でも、一方で熱気は冷めていて。
もしかして、成熟と熱気のトレードオフが起きているのか、と思ったりします。

そんな中、それでも期待したいのは、若い人の感性と、それに触発される旧世代とのセッションです。バブル世代以前の人って、ちょっとセッション苦手なところがあって、社会全体としてはコミュニケーションが成立してなかった気がしています。団塊世代の方と話していると、何かと決め付けられて説教されて自慢話をされて終わり、というのが、職場でもプライベートでも、しばしばありました。
なんとなく、「人の話を聞ける人」は増えているように思うのですが、どうでしょうか。「人の話を聞ける」ことはいいことですが、もしかしたら出版不況に繋がる要素(コミュニケーションがそこそこできているから、本を読んで何かにコミットする飢餓感もない、とか)もはらんでいるのかな、なんて思ったりします。

この週末に旧フランス大使館庁舎で開かれているイベントに行きました。
あれこれ世の中を憂慮しているのですが、でもなかなか面白いイベントで、結構満ち足りた気分になりました。本を買わなくても身近に面白いコト/モノが転がっています。これって不幸なのか幸せなのか、ちょっと考えてしまいました。

投稿: mistral | 2009年12月14日 (月) 11:34

バブルはある種の熱狂ではあるので、渦中にいると見えなくはなるでしょうね。私は自覚的にはまったくバブルは体験していませんが、あの頃、親父の言動とかを思い起こすと、土地の価格は永遠に上がりつづけると思っていたふしがあります。
>もしかして、成熟と熱気のトレードオフが起きているのか、と思ったりします。
そうですね。このさめた熱は成熟とも考えられますよね。私などはさめるためには、何かを振り切るというか、どこかでニヒリズムみたいなものを内に持つような感覚になりますが、今の若い人はさめかたが明るいですよね。それは希望なんでしょうね。

投稿: mb101bold | 2009年12月14日 (月) 23:20

1つのファクターは年齢構成ですかね。団塊世代が50前で、戦前生まれの「本が大好き」な人々もまだ60代。
あとは団塊ジュニアが卒業して、コミック市場が縮小に入っていくのがこの後かな。ジャンプの部数が95年くらいに最高部数では。

「昔が売れすぎていた」と冷静に語る出版社の方もいますね。たまにですけど。

投稿: なおと | 2009年12月16日 (水) 16:09

なるほど年齢構成というのは重要ですよね。確かに教育業界なんかでもそういう感じでした。私の出身高校は私学の男子校でしたが99年に男女共学になりましたし。

>「昔が売れすぎていた」

ネットの台頭という要因もあるにせよ、きっとこれが、これからを考える上でのベースのような気がしています。

投稿: mb101bold | 2009年12月16日 (水) 22:38

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