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2010年1月17日 (日)

阪神・淡路大震災から15年

 今日の5時46分で、阪神・淡路大震災から15年が経ちます。ここ数日、テレビや新聞でも積極的に報道されていますし、中にはかなりの取材を行って深く掘り下げた番組もありました。昨日は『神戸新聞の7日間』というドラマも放送されましたし、今日の夜は『その街のこども』というドラマも放送されます。やはり、こういう時、マスメディアの社会的役割ということを考えさせられます。

 私は、当時は大阪に住んでいました。だから、それほどの被害は受けずに済みました。神戸から電車でわずか40分程度しか離れていないのに、大阪ではさしたる被害はありませんでした。あれだけの被害を出した震災が、少しの距離の違いでこうも違うものなのかという思いが、今も鮮明にあります。

 大阪でも強烈な揺れを感じました。ドンドンドン、と突き上げるような、今まで体験したことのない揺れ。重い家具が動き、食器が割れました。就寝中だったのですが、飛び起きて、まずテレビを付けました。

 NHKのニュースでは、落ち着いた様子で震災のニュースを伝えていました。鳥取や岡山、滋賀や三重まで含めて、かなり広範囲の震度が表示されていてましたが、でも、直後では神戸・淡路の震度が表示されていませんでした。その時点では震源が神戸・淡路であることがわかっていなかったような記憶があります。今から考えると、神戸・淡路の表示がないことから、その地方が大変なことになっている可能性を考えるべきだったと思うのですが、大阪のテレビスタジオを含めて、その時点ではあまり危機感はなかったように思います。

 大阪の放送局近くの建物が中継されていて、窓ガラスが割れている様子を映していました。アナウンサーは余震に注意するように、と伝えていました。

 当時、糖尿で市民病院に入院していた父から電話があり、近くに住む祖母に電話し、安否を確かめ、神戸や米子に住む知人と連絡を取りました。30分くらい過ぎると、電話が使えなくなりました。

 神戸の被害が報道されるのは、それから1時間ほど経ってからでした。ヘリコプターの映像が映し出され「神戸が燃えています」と記者が叫んでいました。それからしばらくして、空にたくさんのヘリコプターが飛んでくるようになりました。

 後に父に聞くと、市民病院は大変だったそうです。その市民病院は、大阪市の基幹病院で、ヘリポートに次々と負傷者が運び込まれてきたそうです。糖尿や骨折など、命の危険がない軽度の入院患者は退院措置がとられました。また、その病院では対処できない患者は、またヘリコプターや救急車で違う病院に運ばれていきました。

 高速道路は閉鎖され、電光掲示版にオレンジの文字で「震災発生通行止」と掲示され、道には車がなくなりました。時折、「救援物資輸送中」と書かれた大型のトラックが走り、空にはひっきりなしにヘリコプターが飛んでいました。テレビでは「車には乗らないでください」とアナウンスしていました。しばらくして親戚や知人が亡くなったとの知らせを受けました。大阪にいた私は、本当の惨状はメディアでしか知りません。

 あれから15年経とうとしていて、私の記憶も薄れつつあります。けれども、震災の被害を直接受けた方には、消せない記憶として今も残り続けていることを、テレビの番組が映し出していました。インターネットには多くの証言や記録が刻まれています。

 

■阪神・淡路大震災関連リンク集

阪神・淡路大震災 - Wikipedia
大震災の被害についての詳細なデータが記述されています。

兵庫県南部地震 - Wikipedia
気象庁命名の正式名称です。こちらは概要について記述。

阪神・淡路大震災 - 神戸新聞Web News
研究者や各界の人々へのインタビュー記事や、神戸新聞に掲載された報道記事や特集記事が網羅されています。

阪神・淡路大震災(記録写真) : 1995.1.17〜1996.7
市民の方による詳細な記録です。

神戸大学付属図書館デジタルアーカイブ【震災文庫】
震災にかかわるあらゆる資料を可能なかぎり収集したデジタルアーカイブ。

あの「阪神・淡路大震災」で本当は一体何が起きていたのか、その真実がよくわかるムービー集 - GIGAZINE
昨年の記事です。テレビがどのように報道したかが、震災発生から時系列で分かります。

西宮から 〜 阪神淡路大震災・私的記録 〜
兵庫県西宮市在住の方の震災の記録です。

阪神・淡路大震災教訓集
「国連防災世界会議(兵庫会議)」にあわせてまとめられた教訓集。日本語、英語、スペイン語、ロシア語のPDFがダウンロードできます。

阪神大震災を記録しつづける会
震災体験を記録する活動を続けられています。10年10巻の手記集を出版されたそうです。サイトでは全文が公開されています。

Gデザイナー震災体験記
神戸市灘区在住のDTPデザイナーさんの目から見た震災の詳細な記録。

阪神淡路大震災 当日の写真記録 by AsianVox
神戸市二宮町に住んでいた方が撮影した、自宅、二宮、三ノ宮の被害。

西宮市デジタルライブラリー 阪神・淡路大震災
兵庫県西宮市が所蔵する各種の記録、資料等をウェブサイト上で公開。写真資料、映像資料が多数。

リエゾン被災人(Liaison hisaito)- NHK
NHKの震災関連総合サイトです。リエゾンとはフランス語で「つなぐ」の意味。阪神・淡路大震災、中越地震をはじめとする災害に関する映像アーカイブも。

ハイチ地震救援金 - NHK
NHK、NHK厚生文化事業団、日本赤十字社では、1月13日(現地12日)にハイチで発生した地震による災害の救援金を受け付けています。期間は平成22年1月15日(金)~2月12日(金)。

 

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