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2010年2月14日 (日)

電子辞書から見えてくるもの

 たとえば、どこかにおいしい水が湧き出ていたとして、その湧き水は、だだ湧き出ているだけでは、じつはその湧き水はまだ「おいしい水」とは言えなくて、水筒に汲むなり、コップに注ぐなりして、その湧き水は「おいしい水」になります。

 コンテンツも同じです。誰かに見てもらうためには、湧き水に対する水筒やコップのようなパッケージが必要。世間で言われる「コンテンツ」というものは、本当は、コンテンツ+パッケージのことなのだろうと思います。あらゆるコンテンツは、パッケージングされて、はじめて「コンテンツ」になります。

 「パッケージの問題」と「書籍というパッケージングの完成度」という2つのエントリでは、この従来の書籍のパッケージングに対して、観賞するという本質価値において電子書籍が優位性を示すことができなければ、普及は難しいのではないだろうか、ということを書きました。きっと、音楽のようにはすんなりとはいかないだろうな、という感じが私にはします。

 つまり、こまままいけば、少なくとも論理的には電子書籍は紙の書籍のサブであり続ける、ということです。でも、その地位に甘んじたとしても、まだまだ余白はあるだろうから、それで十分だろうとも思いますが。

 基本的には、Googleが推進している書籍の電子化はこの認識でしょう。きっと、Googleは書籍の完全電子化には懐疑的だろうと思えます。一方、AppleやAmazonは、そこに懐疑的にはなっていないように見えます。

 AppleやAmazonは、近い将来、究極的にはすべての書籍は電子化されると考えているはずです。それが現実のものとなるかどうかはわかりませんが、それくらいのことを信じていなければ、あんなリスクの高いビジネスをドライブできないはずです。それに比べて、Googleが絶版本にターゲットにおいて、いろいろと摩擦は起こしているものの、従来の紙の書籍と共生的な未来を見ているのは、きっとビジネスモデルが違うからでしょうね。Googleの生業は、基本的には、そのことで生まれる検索連動型広告ですから。著者に印税を払ってもお釣りがくるはずだ、という目論みがあるのでしょうね。

 そういう視点で見てみると、AppleやAmazonがやっていることの根拠として、ひとつの成功事例が見えてきます。

 それは、電子辞書

 前回のエントリでもコメントをいただきましたが、電子辞書は最も成功している電子書籍と言えるかもしれません。電気屋さんに行っても、棚に各社の電子辞書が並んでいますし、テレビショッピングでも主力商品です。

 電子辞書が普及したことには、やはり、あのパッケージングがあるのでしょうね。これは、前回のエントリとは矛盾するように思えますが、案外そうでもないような気もします。辞書や辞典に限って言えば、紙の書籍よりも、観賞(この場合は利用というほうが適切かも)における本質価値で凌駕してしまっているんですよね。

 軽いし、調べやすい。携帯性と検索性は、辞書の要です。そのために、従来の紙の辞書でも、コンサイスなどの小さな辞書もありますし、検索性については、受験生はそれぞれのやり方で辞書に付箋や見出しシールを加えるなりして、いろいろ工夫をしています。電子辞書は、その2つの本質価値において、秀でていたからこそ普及したのでしょう。なにせ、50冊くらいの辞書や辞典が150gくらいの筐体に入ってしまうし、検索性についてはキーボード入力で1発です。圧倒的に、電子辞書の勝ち。

 リンクや音声、画像、映像という付加価値もありますが、やはり携帯性と検索性の2つが電子辞書の普及の鍵だったのではないでしょうか。ここで重要なのは、その2つの優位性を実現したのが、あのハードとしての電子辞書というパッケージングだったということです。パソコンでは駄目でした。少なくとも、今までは。

 それは、Microsoftの百科事典「Encarta」の製品提供の打ち切り(参照)が象徴しています。また、「Office」に付属していた辞書ソフト「Bookshelf」もなくなってしまいました。これまでは、そこそこの成功を収めていたのは事実ではありますが、インターネットにつながり、その多機能ゆえに携帯性や連続稼働性に劣るPCというパッケージングでは、最終的には書籍というパッケージングを超えることができなかったということは言えると思います。

 インターネットにつながるパソコンというパッケージングにおいて、辞書や辞典は無料化していきました。それは、ビジネスとして見た場合、いろいろあるでしょうが、先の湧き水の例に照らせば、わりあい人間の感覚としては納得できる成り行きだったように思います。湧き水を缶や瓶につめれば有料で売れますが、自前のコップで湧き水を汲めば無料、というとこなんでしょうね。

 この辞書や辞典の事例を、観賞のベクトルがまったく違う一般書籍コンテンツにあてはめることはできないでしょうが、何かしら示唆するものがあるかもしれません。AmazonのKindleと、AppleのiPad。この2つのハードウェアが話題になっていること。それは、つまるところ、電子書籍におけるパッケージングが話題になっているとも言えます。その意味で、今のこの流れは、相当に本質的。

 KindleはAmazon独自のフォーマットで、一方のAppleはePubフォーマットをサポート。この考え方の違いも、とても面白いですね。書籍のパッケージングの完成度を意識すると独自形式にこだわらざるを得ないような気もするし、同じプラットフォーム争いで言えば、家庭用ゲーム機なんかは独自形式なわけで、その意味では、ポスト書籍に対する情熱はAmazonの方が上なのでしょう。なんとなく、かつてのOSの覇権争いを彷彿とさせます。

 最後に余談ですが、こういう分野は、日本はいつも早すぎるんですよね。ソニーやパナソニックは、ずいぶん前に電子書籍専用端末を出していたわけです。BTRONもそうだっけど、あながち試みたという事実があるだけに、すごく惜しい気がしますね。でもまあ、家庭用ゲーム機なんかでは頑張っているわけだし、今はリコールでわやくちゃになっているけれど、ハイブリッド自動車でも世界の先端を行っているわけで、こういう傾向を一般化するわけにもいかなさそうですが。

 追記:

 ソニーは、北米市場でがんばっているようです。2009年、Kindleがシェア60%で、ソニーのSony Readerが35%。つまり、電子書籍専用端末では2強。エントリ、書きました。

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コメント

■楽天2009年12月期決算--ECなどネットサービス事業好調で、過去最高益更新-楽天も結局は広告ビジネスモデルなのか?
http://yutakarlson.blogspot.com/2010/02/200912-ec.html
こんにちは。楽天をはじめ、eコマース業界は一般小売業をしりめに不況といわれながらもかなりの好業績をあげています。しかしながら、現実には、大企業でもサイトを設立してものを販売していてもほとんど売れないところがあります。というより、日本で開設されているほとんどの物販サイトが実はほとんど売れていないというのが実情です。日本のブログは、300万もあるそうで数の上では、世界一なのですがその7割は、一日500もアクセスのない休眠サイトだそうです。しかし、驚いたことに本当に小さな個人で運営していてもそれなりに売上げをあげているいるところもあります。なぜこうしたことが起こるのでしょうか?この背景には「インターネットのビジネスモデルの根っこは広告業」ということを認識しているいないの差があるのだと思います。要するに、大企業であろうが、個人運営であろうが、これを認識するしないで差がついているのです。電子書籍も同じことだと思います。日本はいつも速すぎるんですよね。ソニーやパナソニックもBTRONも、こうしたことを強く認識していなかったので失敗したのだと思います。詳細は、是非私のブログを御覧になってください。

投稿: yutakarlson | 2010年2月14日 (日) 14:21

ふたつほど。
1日500のアクセスもないとお書きになっていますが、個人のブログなんて1日500のアクセスがあれば、そこそこの人気ブログだと思うんですよね。
ソニーはがんばっているみたいです。
http://mb101bold.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/sony-reader-2c8.html
BTRONについては、いろいろ日米関係とか複雑なものがからんでいるようですよ。
あと、スパムの原因にもなるので、コメントに記載されていたメアドは削除しました。あしからずです。

投稿: mb101bold | 2010年2月15日 (月) 03:50

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