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2010年4月13日 (火)

グラデーション

 いちばんはじめに入った会社は、ベーシックデザインが得意な会社でした。その会社の8割がグラフィックデザイナーで、彼ら彼女らがデザインというとき、それはロゴだったり、ピクトグラムだったり、展覧会のポスターだったりしました。広告デザインは低くみられていて、どちらかと言えばベタで泥臭く見られていました。

 大学や専門学校を出たばかりの若いデザイナーは、しきりにグラデーションをやりたがっていました。今みたいに、グラフィックソフトで簡単にグラデーションを表現できる時代ではありませんでした。白い紙にロットリングという極細の線が精巧に書けるペンを器用に使ってスミ(黒色のことです)1色で書いて、そこにトレーシングペーパーをかけて、色チップを貼ったり赤ペンで書いたりして、色やグラデーションの指示をするんですね。それが版下と言われるもので、それを印刷会社の人に渡します。で、2、3日待つと、色校正が上がってきます。そこで、デザイナーははじめて色のついたデザインを目にできるのですね。

 デザイナーにとっては、当時、色をつけるということが大変なことだったんですよね。なにせ、印刷会社に頼まないとできないわけだから。これは、もう少し前の世代なら、いろんな色のポスターカラーを練って好みの色を出したりしていました。その時代から比べると、色チップや特色の指示で簡単にできるようになってお前らの時代はいいよなあ、なんて話なんですが、そんな少し前の世代の人でもなかなか出せなかったのがグラデーションだったのです。つまり、グラデーションという表現は、ビバ!印刷技術な新時代の表現だったんですね。

 だからこそ、若いデザイナーは、グラデーションを試したがったのです。で、世の中にグラデを多用したポスターがあふれ、それは少し陳腐な感じもしました。私はグラフィックデザイナーではなく、当時はプランナーだったので、ちぇっ、またグラデかよ、という感じで見ていました。

 例があったほうがわかりやすいですよね。グラデーションというのは、こんな表現のことです。

1

 これは、マイクロソフトのパワーポイントでつくりました。世の中便利になったものですねえ。そんな世の中だから、最近はめっきり単純なグラデーションというのは見かけなくなりました。ウェブでは、基本ディスプレーが発光で色を見せているので、グラデーションによって立体的に見せるのが印刷よりも生きることから、まだまださりげない部分では多用されていますし、このブログだって、グラデが使われていますが、それでも、上の図のような単純なグラデはあまり見かけなくなっているようです。

 今や、グラデーションって、ありがたいものではなくなってきているようです。それは、ある部分で世の中の流れに同期しているような部分もあるのかな、なんて思いました。

 なんか、両極端しかないんですよね。白か黒か。赤か黄色か。そんな感じ。中間の部分が世の中からどんどんなくなってきているように思います。前回のエントリーで、郊外型SCの話を書きました。地方都市で、駅前からどんどん商店が消えて、郊外型SCにお客さんが流れている、という話。コメントをいただいたりして、ああ、そうだよなあ、グラデーションがなくなってきてるんだよなあ、なんて。

 地方都市の場合、中核都市と言えども、東京や大阪ほどのにぎわいは期待できません。まあ、そこそこなわけです。人々は、どんどん郊外に住むようになって、車では行きにくい駅前には行かなくなってきています。駐車場も少ないですし。そんなニーズをうまくすくいとったのが、アメリカ的な郊外型SC。

 要するに、大都市か郊外か、それしかない、みたいな状況が生まれつつあるということなんですよね。大都市と郊外の中間にある、中堅都市の価値がどんどんなくなってきている、ということ。中堅都市に住む人も、車で郊外型SCに行くみたいな流れもあるようです。そりゃそうですよね。人とお店が集まっているところのほうが楽しいもの。

 いま、時代を表す言葉に「中抜き」っていうのがありますよね。意味合いは少し違うけど、ああなるほどなあ、中がごっそりと抜かれているんだよなあ、と思いました。ほんとは、中のどこかに、いろんな人が、私はここが居心地がいいのよ、という場所があるはずなんだけど、なんかお前はどっちなの、って迫られているような。いえいえ、私は中がいいんです、なんてこと言えない迫力ですごまれている、みたいな。

 過渡期なんだろうと思うんです。月並みだけど。

 現実を見ると、人がどう思おうと、中がどんどん抜かれていくのが今の流れ。世の中は、中をどんどん抜きたがっているし、中を抜くことで生まれるものは、たぶん、今までになかった価値でもあるし、その価値っていうのは、これから先、とっても大切になってくる価値だとも思うし。行くとこまで行かないと、やっぱり中もほしいです、みたいなことにはならないんだと思います。

 構造が変わると、中も変わる。新しいグラデーションが生まれる。今、中がどんどん抜かれている状況に希望を見いだすとすれば、そこしかない。私のようなバランス、バランス言っている人は、なんとも居心地悪い感じではあるけれど、まあそれはそれで希望を見いだしていこうじゃないか、なんて思いました。沈黙はしないでおこうと。

 ところで、やらない、やらないと言っていたTwitter。アカウントを作りました。まだ、何をつぶやいていいのかわからない状態ではありますし、見ているほうがわかりやすかったなあ、とも思いますし、やっぱり私ってブログ向き?なんてことも思いますが、でもまあ、いいかな、と。というわけで、みなさま、よろしくです。というか、何がよろしくなんだか、という感じかもですが、まあ、ほんとにね、ブログともども、よろしくお願いしますです。ではでは。

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コメント

白か黒かの世界は、はっきりしていて潔いのかもしれませんが、私は中間のグレーがやっぱり必要なんじゃないかと感じています。遊びがないというか、余裕がないというか。でも二極化する中にもグラデーションは出てくるのでしょう。

投稿: しばはな | 2010年4月14日 (水) 22:30

二極の色が定まったらグラデーションができてくるんでしょうね。今はまだ色が定まっていないみたいです。しばらくは踏ん張る、みたいな感じかな、と思います。

投稿: mb101bold | 2010年4月14日 (水) 23:31

こんにちわ。
確かに過度期なのかもしれないですねぇ。
でも、二極の中に、何か大事なものであったり、面白いものがあるような気がするんですよね(じゃあ、それは何なんだと言われたら、答えられませんwww)

「twitter始めたんですね。フォローします。」ってコメントをしようと思ってたら、私のことをフォローしてくれてるではないですか!
フォロー第一号です。
ありがとうございます!
いまだに0ツイート&使いこなせてないので、勉強します。
ブログもほったらかしなので、がんばります。

投稿: mt | 2010年4月16日 (金) 12:51

Twitterは私も使いこなせてないし、まあ、使いこなせなくてもいいかな、という感じで、ゆるゆるいく感じがいいんじゃないかな、と思っております。
ウェブのコミュニケーションサービスは相性とかもあるし、マイペースで、自分のやりたいようにやるのがいちばんだなあ、と思うんですよね。ま、お互い、ゆっくりやりましょう。

投稿: mb101bold | 2010年4月17日 (土) 03:37

ぼーるどさん、こんにちわ。(^O^)東京に住んでいると、郊外型の大店舗ってなかなか行かないものですよね。近くにないし。でも、子どもさんが小さいお宅なんかは、休日にだーっと買い物できて、一休みできるスペースがあって、ちょっとおしゃれなものも売ってて、子どもさんを遊ばせるところもちゃんとあってと、買い物がてらレジャーみたいな感覚で利用できるところがいいのですよね。これからはお年寄りが増えて、郊外型店舗は広すぎるというのが逆に住まいのすぐ下にスーパーあり娯楽ありファッションありの商店街というのが人気がでるようです。高松の商店街はそういう再生のタイプだって、きのうテレビで見ました。私の感じでは、例えば家のメンテとか、腕のいい歯医者さんにかかりたいとか、そういう部分で地元に長く住んでいるお年寄りのかたたちに情報をもらうことがあります。ある程度時間が経過しないと評価が定まらないような、地道な信用のあるなしって、「中」の部分に入るんでしょうかね。それはそうと、私の夫もついったを始めてます。毎日アイフォンを眺めて楽しそうです。

投稿: ggg123 | 2010年4月17日 (土) 12:20

郊外型SCって、たこ焼きやらイカ焼きやらラーメンやら讃岐うどんやらソフトクリームやらグリーンティーやらミックスジュースやらいろんなものを好きずきに頼んで、家族で一緒に食べられたり、すごく気が利いていたりするんですよね。昔で言えば、百貨店の大食堂とか、屋上とか。こういうのは、今苦しんでいる地元商店街さんは取り入れてもいいんじゃないかなあ、と思ったりします。お年寄り視点というのは、これからはとっても大切になってくるんだろうな、と思います。けっこう、お年寄りが過ごしやすいという軸での新しい変化っていうのが「中」の多様性としてこれから起ってくるんでしょうね。私的には、中野ブロードウェイの変化なんかが、少しそんな感じが見えたりして、ときどきほほっーと思ったりします。ついったはアイフォンがあると楽しいでしょうね。私は持ってないので、パソコン風味のついったになっちゃってます。ggg123さんも気が向いたらついった、やってみてはいかがでしょうか、なんてお誘いしてみたりして。(あれだけ、私はやらないみたいなことを書いていた私が言うのもなんですが)やってみて思ったのは、ついったって繁華街みたい。ウェブサービスって街づくりに少し似ている部分があるなあ、と思ったりしました。

投稿: mb101bold | 2010年4月17日 (土) 14:15

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