« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月の7件の記事

2010年6月27日 (日)

「広告は性格の良い人がやるものではない」について考えてみました。

 リファラで気付いたのですが、Googleで「広告は性格の良い人がやるものではない」を検索すると、このブログの「「タイプ別性格判断」というものをやってみたのですが」という記事がトップに表示されるようです。ちなみに、当該エントリにはその答えは書かれていません。

 それにしても、どういう事情でこんなワードで検索をしたんでしょうね。何か嫌なことでもあったのでしょうか。

 若い広告クリエーターで、上司ができる人かつ性格が悪くて、その上司に自分の企画が通らなくて、そのうえ「君、広告向いてないんじゃないの?辞めれば?」みたいなことを言われて、「あのCDむかつく。性格最悪。だいたい広告なんて性格が悪くないとできないんじゃねえ?きっとそうだ。そうに違いない。」みたいなことなんでしょうかねえ。

 ともあれ、「広告は性格の良い人がやるものではない」というフレーズは妙に気になります。どうなんでしょうね。そんな気もしますし、そうじゃない気もします。でも、「広告は性格が良い人がやるものである」とはちょっと言えないような。

 例えば、純粋にピュアアートが好きで、自分でも絵やらイラストを描いていて、自分なりの美やら価値観を純度の高いかたちで持っていて、そんな自分の能力を広告で活かしていきたいと思っている人がいたとして、その人が広告制作の現場に入ってきたとしたら、たぶんしんどいことになるんじゃないかな、と思います。純粋な人ほどしんどいことになりがち。

 なぜしんどいかというと、広告っていうのは、企業のコミュニケーション活動の一環だから。つまり、原則的にはそこに自分の美や価値観が入り込むすきまがないんですよね。広告制作では、自分の美や価値観、もっと言えば、普遍的な美よりも、広告というものが上位概念に位置していて、あらゆる美は、広告にめいっぱい利用するものとしてあります。ある意味でさみしい考え方かもしれないけれど、広告主はパトロンじゃないから、しょうがないことですよね。

 入り込む隙間があったとすれば、それはたまたま自分の美や価値観がその目的に合致した場合だけ。で、このたまたまの合致が幸福かって言えば、そうとも言えないんだろうなあ、とも思うんです。若くてまだ世の中に名前が出ていない人なら、それは世の中に出るチャンスにもなるでしょうけど、ある程度名前が出ている人なら、自分の芸術が広告に利用されているという苦悩が出始めます。と考えると、若くて名前が出ていない人であっても同じことが、本当は言えるわけで、そう思わなくて済むのは、その人の人生の過程で、たまたま広告に利用されるメリットが勝っていたというだけのこと。

 これは広告だけでなく商業芸術すべてに言えるし、ピュアアートであっても少なからず同じとこが言えるんでしょうけど、その中でも広告は、そんなジレンマが鋭く出てくるものではあるのでしょう。

 だからと言って、自分の美や価値観を一切持たない人が広告でうまく生きていけるのかというとそうでもなくて、そういう人のほとんどは、単に技術のない人として、現場では使いものにならない人になってしまうんだろうなとも思います。

 自分の美や価値観を持っていなければ広告クリエイターとして有能にはなれないけれど、その意識を純化すればするほど、今度は自分の美や価値観と広告との間で引き裂かれてしまう。この矛盾をしなやかに受け流して、その時その時でうまく立ち回っていくことが「性格が悪い」というのなら、きっと「広告は性格の良い人がやるものではない」というのは正解なんでしょうね。

 私はそのあたりをどう考えているのか。

 うーん、どうなんだろう。なんとなくは、その「性格の悪さ」を引き受けるというか、まあしゃあないわなあ、という感じではあるかなあ。私はキャリア的にもディレクションワークをすることが多いのですが、今まで何度か「それはわかる。わかるけど、今、それは関係ないから。非情かもしれないけれど、この広告にそれは一切いらないんです。あなたの価値を否定しているわけじゃないけど、今は、それはいらない。わかってください。」みたいな思いを持ったことがありました。

 私はもともとがCIプランナーだし、表現者としての思いに鈍感な部分もあるのかもしれませんが、それでも、若い頃、自分の価値を否定された気分になったことが一度もないと言えば嘘になります。その時からいくらかの時が経って、若い時の自分に言うとすれば、それは表現者としてのあなたを否定してロボットになれ、ということではなくて、自己表現としての技術と同じくらい、いや、もしかするとそれ以上、広告の表現技術の世界って奥が深いし、繊細なんだよ、ということなんだろうと思います。

 それに、社会と密接に関係するコミュニケーション・アートとして広告を捉えれば、これほど奥の深いものはないと思うし、世の中の変わり目で、今までの広告手法が通用しにくくなって来ている今だからこそ、その技術の磨きがいがあるとも思うんです。

 広告は、基本、作り手の立場で言えば、匿名表現です。コミュニケーションの主体は、企業、あるいはブランド、商品だから。でも、だからこその社会性や社会的意義もあったりして、きっと「広告は性格の良い人がやるものではない」というのは、そのまま、「性格が良い」人ばかりでは世の中は回らないのよ、という意味で、その表現がより大きな社会性を担っているからだ、とも言えるんじゃないかな、なんてことも考えたりします。

 Googleで「広告は性格の良い人がやるものではない」と検索した方がどんな方かはわかりませんが、これが私の答えです。ちゃんとした答えになっているかどうか、自信はないけれど。ではでは。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年6月21日 (月)

「街」を考える。「街」として考える。

 
100620155000

 

 あじさいがいよいよ満開になってきました。あいかわらずへたくそな写真で失礼。Willcom03のカメラには「接写モード」がありましたので、思い出したように使ってみた次第です。ちなみに、このあじさいは私のものではありません。近所のおうちの駐車場に咲いているものです。わりと見事なあじさいなので、通る人が足を止めて眺めていきます。

 ●    ●

 考えてみると、街というものは不思議なもので、よく街並と言いますが、街並を構成するひとつひとつは、誰かの家だったりビルだっりして、その「誰かのもの」が集まって、互いにゆるやかに関係することで、ひとつの「街」という像をつくっているんですよね。

 きっと、この「誰かのもの」が大事なんだと思います。「街」というものの、活気だったり、安らぎだったり、そんなこんなの「街」的ななんだかんだは、この「誰かのもの」が集まることでできている。そんな気がします。

 逆に言えば、ぜんぶ自分のもので「街」を構成したとしても、「街」的ななんだかんだは、きっとつくれないのでしょうね。そこに決定的に欠落しているのは、関係なんだろうと思います。構成と関係は、似ているようで違います。関係は摩擦を生むけれど、構成は摩擦を生まない。これが大きな違いかもしれません。

 そう考えると「街」というものは、ひとつの主体の肥大化した姿ではなくて、様々な主体が関係することでできる、あるひとつの像のことであって、「街」というものは、実体ではなくイメージなのかもしれません。さらに言えば、ひとつの主体は「街」を偽装することはできない。それは、いくつかの都市開発の失敗でも言えることだろうと思います。このあたりに都市開発プランニングのジレンマがあるんでしょうね。

 ●    ●

 これからの広告コミュニケーションでは、「街」をいかにイメージできるかということが重要になってくるのだろうと思います。少し前は、そういうイメージはあまり必要ではありませんでした。新聞やテレビという閉じられた枠の中で、コミュニケーションの効率を高めるだけでよかったけれど、これからは、「街」を意識せざるを得なくなってきます。マスだけを使うにしても、ソーシャルメディアは意識せざるを得ないですしね。

 これまでのソーシャルメディアにおけるプロモーションの失敗は、ある程度は、ソーシャルメディアという場における「街」のイメージの欠落によるものだと言えるのではないでしょうか。

 場を「街」とイメージすることは、じつはひとつの逆説を生み出します。必要になってくるのは、マスメディアでの広告コミュニケーションで求められた「公共」の意識です。ソーシャルメディアでのコミュニケーションを、これまでの文脈におけるBTL(Below the line)と捉えるとダメなんでしょうね。

 ソーシャルメディアは同じウェブでも、自社サイトやバナー広告、リスティング広告とはまったく違っていて、コミュニケーションの「場」が、主体の延長線ではなく(純広告は他人の場所をお金で購入しているという点で主体の延長)、明らかに大勢の人が住む場所に積極的に踏み込んでいくという点で大きな違いがあります。つまり、「街」に出かける感じでしょうか。もしくは、自らが「街」の一部になるということでしょうか。

 ●    ●

 満開のあじさいを見ながら、なんとなく、ああ、こういうことなんだよなあ、と思いました。とともに、こういうことがいちばん難しいんだよなあ、とも思いました。ともあれ、そろそろウェブやソーシャルメディアの特別視というのもなくなってきて、こういう夢のないウェブ広告の話も聞いてもらえるようになってきたという感じはしてきています。

 あと、ソーシャルメディアへの参入を口コミ醸成とからめて論じている傾向があるけれど、口コミを起こすなら、やっぱりマス広告とか自社サイトでのコンテンツが最適だと思うんですけどね。そこが、ここ最近の論調への違和感です。だって、ソーシャルメディアはBuzz発生の「場」にしか過ぎないんですから。口コミサイトだって、もとネタは店舗での読者の体験だったり、試用体験だったりするわけだし。

 Twitterだってブログだって、基本は情報発信。どれだけメディアがインタラクティブになっても、変わるわけはないです。情報発信があって反応がある。その逆はないです。そのあたりは、まだまだ論調が夢見がちというか、整理されていない過渡期な感じはまだまだします。

 「ソーシャルメディアとの距離の取り方」というエントリで書いた問題意識の延長として読んでいただければと思います。お時間があれば、あわせてお読みください。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2010年6月14日 (月)

あじさい

 
100613230521

 

 またまたへたくそな写真でもうしわけないです。Willcom03で撮影しました。というかケータイのせいにしちゃダメですね。

 なぜか、このところあじさいばかり撮ってしまいます。どうしてかなと考えると、雨が降らないからなんですよね。雨が降らないのに、あじさいが咲いているなあ、なんでだろう、と思っちゃうんですよね。へえ、咲いているなあ、健気だよなあ、みたいな。でも、あじさいはこの時期に咲く花であるだけで、雨はあまり関係ないのかもしれませんね。雨とあじさいを関係付けるのは、人間様の都合。

 前回のエントリの写真とは色が違うでしょ。あじさいのまたの名を「七変化」というそうです。なんとなくおいしそうな色をしていますが、食べたらダメですよ。中毒を起こすそうです。最悪、死に至ることもあるとのこと。見かけによらないのは、人間と同じですね。

 東京は、久しぶりに朝から雨が降っています。雨が降る時期にちゃんと雨が降ってくれないと、困る人がたくさんいるので、とりあえずよかったなあ、と。今年は日傘が売れて、雨傘が売れないそうですが、これで雨傘屋さんもよろこぶでしょう。というか、日傘と雨傘って同じ会社がつくってそうですが。

 九州は梅雨入りしたそうです。東京ももうすぐでしょうね。じめじめするけれど、このところずっと雨が降らなかったので、ちょっとうれしかったりもします。不思議なもんですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年6月12日 (土)

東京はあまり雨が降らないですが「雨が降る日に」という歌について書きます。

 
100611123754

 
 東京は雨が降らないですが、あじさいは咲いています。昭和っぽい写真ですが、2010年の写真です。Willcom03で昨日の朝に撮影しました。こんな写真は、きっとiPhoneには撮れないですよね。偉いぞ、Willcom03。

 ●    ●

 オフコースに「雨の降る日に」という3分にも満たない短い歌があります。1975年に発表された「ワインの匂い」というアルバムに収録されています。アルバムA面の最初の曲です。レコード針を落とすと、まず雨の日に自動車が道路を走る音が流れ、そのあとに小さなピアノの前奏。オフコースにしては珍しい素直な和音が四分音符に添ってゆっくりと進行していきます。小田和正さんの作詞・作曲です。

赤いパラソルにはあなたが似合う

 そんな歌詞が出てきます。何気ない描写なんですが、妙に心に引っかかるんですよね。30年以上前の歌なのに、この時期になるといつも思い出します。

 あなたには赤いパラソルが似合う、ではなく、赤いパラソルにはあなたが似合う、なんですよね。ああ、赤いパラソルには、なんだよなあ。そんなふうに思うんです。いつも。要するに、この描写をする人の世界は転倒しているんですよね。普通は、こういう描写はしないはずなんです。

 どうしてこう表現するのかな、と考えると、きっと、この世界は自意識の世界なんでしょうね。私がいて、私の意識の中に世界があって、その中に、世界の一部として赤いパラソルがある。

 この曲はこういう言葉ではじまります。

人はみな誰でも流れる時の中で
いくつもの別れに涙する
だけどあなたはひとり

 私を中心とする自意識の世界の中では、たくさんの赤いパラソルがあり、いくつもの別れがあるけれど、そんな中で、唯一の例外として、たったひとりの交換不可能な「あなた」がいて、それは、安定した自意識の王国に侵犯してくるものであって、その自意識が揺れ、王国が壊れそうになる感覚を、小田さんは「愛」と名付けていたような気がします。

 小田さんの歌には「恋」という言葉はあまり出てこないんですよね。少なくとも、オフコース時代は。鈴木康博さんの歌とは対照的です。小田さんの「愛」は、没交渉的なものが多く、内省的。その自意識を中心に閉じられた世界が、この転倒を生んでいるんだろうな、と思います。

 ●    ●

 1977年に発表された「秋の気配」という歌があります。中期のオフコースを代表する曲ですから、ご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。ガットギター、フォークギター、エレクトリックピアノ、ボリュームペダルを使ったエレキギター、ストリングス、エレキベース、ドラム、パーカッション、そして、コーラスが、それぞれ控えめなのに練り込まれ考え抜かれたフレーズが丁寧に重ねられていきます。ベースラインも美しくて、音楽的にもかなり高度。

 歌詞は、広角の世界から、徐々に焦点が絞られて、心的な世界へ至る情景の転換が、まるで映画を見ているような感覚があります。今で言えば、キリンジの「エイリアンズ」の感覚と似ていますね。最近、なぜか「エイリアンズ」をよく聴くのですが、ほんといい曲ですよねえ。公団、ボーイング、バイパス、僻地。私の世代からすると、ちょっとかっこ良すぎるけどね。

 すみません。少し話が脱線しました。「秋の気配」という歌の中に、こんな言葉がでてきます。

こんなことは今までなかった
僕があなたから離れていく

 つれない恋人に「嘘でもいいから微笑むふりをして」と願うわりには、あなたが離れていくのではなく、「僕があなたから離れていく」と描写するのですね。変ですよね。あなたが離れる、私は追う、ではなくて、さめていくあなたから目をそらして、港に視点を映して、自意識から見える世界を変えているんですね。それを、「僕があなたから離れていく」と表現しているのだと思います。

 この頃、オフコースファンは女性が多かったそうです。女子校の学生さんが、修学旅行のバスの中で「秋の気配」を合唱したという話も聞いたことがあります。きっと、当時の女子高生たちは、そんな男に憧れたのではなく、この歌が描く自意識の王国に自分の自意識を重ねたのだろう、と想像するのですが、どうでしょう。

 確か小田さんの著書にこの歌詞についての言及があったなと思いましたが、ウィキペディアの同曲の項目(参照)にありました。孫引きですが引用します。

“僕があなたから離れていく”って歌うと、まるでとてもやさしい人で、やむを得ず離れていくような…。“別々の生き方を見つけよう”とかって、よく映画の別れの場面であるじゃない? “いつの間にかすれ違った”、とか。でも、本当に好きだったら、別れないもんね。別れるのは“好き度”が低下したからなんだし、もっといい相手が出てきて “こっちのほうがいいなあ”と思ったからかもしれないんで。そういう傲慢な気持ちを横浜の風景の中に隠したのが、あの曲だったんだ。でも、書いたときは必死だったんだよ、言葉さがして。本当はそんなつもりなかったんだけど、あとで考えたらひどい男だな。
「たしかなこと」小田和正

 小田さんらしいですね。どこか建築的なんですよね。つまり、すべてを力学で見ると言うか。傲慢さは自意識の特徴でもあるし、あながち仮説は間違っていないのかもしれません。

 ●    ●

 この転倒した世界の構図は、今でいうところの「セカイ系」と同種のような気もするけれども、違うところは、「私ーあなた」を世界としていないところでしょうね。まあ、「セカイ系」という概念も定義が揺れているから、一概には言えませんが。

 小田さんの転倒した世界の構図は、つねに「私」なんですよね。小田さんは、きっと近代的自我の人なんだろうと思います。だから、「君のために翼になる 君を守り続ける」と宣言した後に「個人主義」や「相対性の彼方へ」というキーワードが出てくることは合点がいきます。

 小田さんは、早大の建築科大学院時代の修士論文に「建築との訣別」と題したそうです。これは教授に却下され「私的建築論」として受理されるのですが、きっと訣別するほどに「社会」という確実な手応えが、小田さんにはあったのでしょう。

 先ほど言及したキリンジの「エイリアンズ」の世界は、そのような確実な社会が感じられない気がします。あえて言えば、社会というものは「私ーあなた」つまり「エイリアンズ」という小さな世界に溶けています。その小さな世界が、目に見えない大きな社会に対峙するという感じです。

 キリンジの「Drifter」という歌から。

たとえ鬱が夜更けに目覚めて
獣のように襲いかかろうとも
祈りをカラスが引き裂いて
流れ弾の雨が降り注ごうとも
この街の空の下 あなたがいるかぎり

僕はきっとシラフな奴でいたいんだ
子供の泣く声が踊り場に響く夜
冷蔵庫のドアを開いて
ボトルの水飲んで 誓いをたてるよ
欲望が渦を巻く海原さえ
ムーン・リヴァーを渡るようなステップで
踏み越えて行こう あなたと

 ●    ●

 「雨の降る日に」という歌について書きます、と書いたわりには、話が広がって、「自意識」についての考察めいたものになってしまいました。書いているうちに、なんとなくわかったことがありました。それを書いて、このエントリをひとまず終えたいと思います。

 「自意識」とは、キリンジの歌にあるように、きっと「シラフ」のことです。そのシラフの世界は、多くの人の「自意識」が重なって、つねに「酔った」状態として表れる、今ここで動いている社会というものに対しては転倒として表れるのだろうな、と思います。それを、かつて、思想家の吉本隆明さんは「自己幻想は共同幻想と逆立する」と呼んだりしました。

 だからどうなんだ、と言われれば、何もないけれど、私としては何かをつかんだような気もしています。前回のエントリ「「大衆の原像」をどこに置くか」とも関連しますが、もし、そのイメージの根拠を求めるならば、酔った状態である、アクティブな社会現象に求めるのではなく、「シラフ」の状態である「自意識」に求めたほうがいいのだろうな、ということ。

 そのためには、こちら側もさめていることが必要で、そこでは自身の「自意識」を見つめることにもつながっているのでしょう。そのことは個人的には大きな収穫ではありました。なんとなくまとまりのない文章になってしまいましたが、それを生で提示できるのもブログという個人がどうにでもできる自由なメディアのよさなんでしょうね。

 では、よい休日を。今日は、東京は一日晴れのようです。

 
  

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2010年6月10日 (木)

「大衆の原像」をどこに置くか

 そもそも「大衆の原像」なんてものはないんだよ、幻想なんだよ、今の時代ではすでに失われたものにすぎないのだよ、という言い方もできるし、その立場に立てば「どこに置くか」という問いは無効になります。でも、私にとっては、この問題は結構切実だったりもします。

 「大衆の原像」というのは吉本隆明さんの概念で、戦後知識人の転向というコンテクストで使われた言葉です。知識人がその知識なり思想なりに「大衆の原像」を繰り込んでいかないと、その知識は大衆から乖離していくよ、ある政治集団なり、知識集団なりに閉じられてしまうよ、そうした思想はいかに高度であっても欺瞞でしかないんだよ、みたいなことです。大雑把な理解ですが。

 吉本さんにとっての「大衆の原像」のイメージ。自分や家族が今日を生きることができ、明日もまた同じように生きることを望む存在で、それ以外の政治経済や思想などについては無関心である、というもので、それは戦後間もなくの、たくましく生きる庶民の姿だったのだろうと思います。

 こういう「大衆の原像」があるのかと言えば、もしかするとないのかもしれません。大衆から分衆へ、ウェブを通してそれぞれの個がつながる時代へ、ということなのだろうし、メディアの多様化で、「大衆の原像」の一言で言い切ってしまえるような「大衆」が見えにくくなったのは、ある程度事実だろうと思います。

 例えば私。

 こうしてブログを書いていて、アクセス数はともかくとして、とりあえずはウェブを通して世界に発信できているという現実があり、夜中にこんな文章を書いている私は、「大衆」と言えるのか。言えないとすれば、吉本さんの言うように、私は広い意味で「知識人」なのか。人によっては「ブログのようなものを書いている時点で、おまえはもうすでに大衆なんかじゃねえよ。」だろうし、人によっては「いつも読んでるけど、知識人なんて笑わせんなよ。調子乗るんじゃねえ。おまえなんか、大衆そのものじゃねえか。」でしょう。つまり、私は「大衆」であり「大衆」でなく、「知識人」でもあり「知識人」ではない、そんな存在。

 もちろんこれは概念の遊びに過ぎないことは、私のブログを読んでいただいている方なら、わかることだと思います。私はまったくもって知識なんかないし、概念ではない「知識人」という人は、学者さんとか、それに類する人のコトに決まっているし、私にあるのは専門分野においてのそれなりの経験くらいのもので、自己規定としては大衆そのものだと思とし、メンタリティも大衆としか言えないんだろうなと思います。

 だけど、「私のようなやつが大衆なんだよ」と言えるかと言えば、躊躇はしてしまいます。

 程度の差こそあれ、ブログとかTwitterとかやってる時点で、同じようなものでしょうね。で、もはや吉本さんが言う「大衆」なんて、どこにもいないんだよ、と言いたくなるけど、それは事実ではないのでしょう。ネットにあらわれている個は、わずか一部であって、大多数は、いまだに、少なくともメディア上ではもの言わぬ人で、それを専門用語で言えばサイレントマジョリティーということになるのでしょう。

 ではサイレントマジョリティーこそが「大衆」か。吉本さんの言う「大衆の原像」か。それはもはや成り立たないのかもしれません。それはだだ単にネットでものを言わないだけだろうし、その中にも、様々なクラスタがあって、だからこその、マスメディアの衰退があり、そんな「大衆」はどこにもいないということが、とりあえずの今の前提であるように思います。

 けれども、その前提は、かならずしも前提にはなっていない、ということは巷の言説を見ればわかります。

 これからの消費者は発言する消費者で、情報を自ら発信し、摂取し、つながりを求める、という今風な言い方は、「これからの消費者」と言い切ってしまう時点で、じつは無意識に「消費者」イコール「大衆」としていて、やはり頭の中で「大衆」を設定してしまっているのです。で、そういう消費者を設定した時点で、そのコミュニケーションは、決定的にサイレントマジョリティーを取りこぼしていてます。で、その消費者の設定の狭さ、精度の低さゆえに、うまくいかないことがよくあるのも事実。

 つまり、多くの人に受け入れられるということを指向する限り、多かれ少なかれ「大衆の原像」というものを現実に乖離しないかたちで思い描く必要がやっぱり出てくるのですね。それがあるとしても、ないとしても、自分なりの確固たる「大衆の原像」をイメージする必要が出てきます。そのイメージを核にしながら、あらゆることを遂行していくことが求められるのです。必ず。あらゆる人は、意識するかしないかは別に、それをやっているはずです。まあ、それを「大衆の原像」なんて古い言葉で言わなくてもいいけれど、思い描いているの同じようなことのはずです。

 そして、その「大衆の原像」あるいは「大衆の原像」と同じようなイメージの精度の差が、結果の差を生み出すと言ってもいいんだろうなと思います。ブログだから、ネットについて言いますが、例えば、ウェブサービスが当たるかどうかは、じつはこのイメージの精度の差が大きく影響しているはずです。わかりやすく言えば、「ユーザー像を見誤ったな」というやつですね。

 よく言われる「キャズムを超える」なんてものは、この「大衆の原像」イメージの精度の問題でもあるのだろうと思うし、「大衆の原像」があるにしてもないにしても、私たちはそのイメージを持たざるを得ないのです。一周回って、吉本さんが提示した「大衆の原像」をどこに置くか、という課題は同じように、今を生きる私たちにも突きつけられているように思います。ほんの些細なことでも、常に突きつけられます。

 きっと、「大衆の原像」はファンタジーです。もしかすると、吉本さん本人にとっても「大衆の原像」とは、そういうのだったのもかもしれないという気もします。今も昔も、そんなものは実体としてはどこにもない。けれども、「大衆の原像」をイメージしなければ、前には進めないし、そのイメージの精度が低ければ、現実と乖離してしまう。つまり、失敗する。

 少し前に、「キャズムの超え方 」というエントリでこんなことをを書きました。少し長いですが引用します。

 広告の分野でよく言われることがあります。時代の半歩後を行け、と。半歩先ではなく、半歩後。私はわりとその言い方が好きで、いつも心に留めてきま した。まあ、私自身が高感度アンテナを張り巡らせた最先端人間でもなく、いたって地味な人間なので性に合っているのもありますけど。なんとなく逆説的な言 い方ではあるから、いやいや先を行ってなくちゃ駄目でしょ、と言われそうだけど、半歩後を行くという言い方に一理あるとすれば、キャズムを超える、つま り、世の中に新しいコンテクストを提示するための方法論としてなんだろうと思います。

 それは、あえて言うと未来を見るための方法論なのかも、とも思います。先を行く者には、未来は遮るものが何一つなく見渡せるけれど、現在が見えに くいのだろうなと思ったりします。でも、未来と言うのは、過去と、現在が軸になって、はじめて未来ですよね。ほんとは、過去があって、現在がある。その続 きにしか未来はないはずなんです。そんな未来を見るための場が、半歩後という場なのかもしれません。

 ジョブスのプレゼンテーションの中に、ネットブックについての言及もありましたね。「何もちゃんとできない」と言っていました。そのあたりに、半歩後から現在を見ている証拠がありそうです。ネットブックが流行っている理由をきちんと把握したうえで、その時代のニーズだけをきちんと汲み取り、そのう えで「何もちゃんとできない」と言っているように思えます。

 つまり、iPadは、ネットブックが象徴する現在と紐付けられた製品であるということなんですね。その現在を見るための場所は、やはり半歩後にし かないでしょう。きっと、ネットブックの流行を嫉妬まじりで見ていたんだろうなあ。どうして、こんな中途半端なものに人は惹き付けられるのか、なんて思い ながら。そこを突き詰めると、たまたまタブレットPCのようなカタチになった、ということに過ぎないのでしょうね。

 あのとき書いた「時代の半歩後」というのは、もしかすると、未来に向けての新しいコンテクストを提示するための核となる「大衆の原像」イメージの精度を高めるための方法なのかもしれません。少し時間がたって、そんなふうに思えてきました。

 そのイメージを考えるとき、私の頭の中には、ネットなんか見たことがなく、多様化された消費社会をしなやかに楽しむスキルを持ち合わせていない父や母がどうしても浮かぶんですね。私は「大衆の原像」を考えるとき、そのような人たちをどうしても切り捨てては考えられません。けれども、それこそが「大衆の原像」であるというのは違うとは思います。

 ならば、私のようなネットを使って自ら発信し、情報を享受する個人こそがこれからの「大衆の原像」であるとイメージすることは、いくら時代の先を行っているように見えても、私の中にある父や母と同じ感覚を否定することにもなります。どれだけ時代が進んでも、きっとこれから先も私はその感覚を持ち続けるだろうし、その過去からつながる感覚を否定して、新しい大衆像を提示することは、イメージによって現実を変えることであり、そういうことはあり得るとしても、それはイデオロギーであり、革命の仕事なのでしょうね。

 そのどちらでもなく、そのどちらも包括するイメージでなければ、やはり「大衆の原像」とは言えないのでしょう。イデオロギーではない未来を描くためにも、このあたりはしっかりと考える必要があるのでしょうね。それは、かなり難しいことでもあるし、きっと自分自身の内なるファンタジーに過ぎないのだけれど。たぶん、語れない、語りにくいから想定しないという選択は、これからも不可能だは思います。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2010年6月 7日 (月)

あの頃、僕らは確かに

Wzero3

 なんとなくオフコース風味のタイトルですが、カテゴリーは「オフコース」ではなく、「W-ZERO3[es]」。そう、ウィルコムのスマートフォン、W-ZERO3[es]の話です。

 えっ、知らないですか。一昔前は、iPhoneみたいな最先端デジタルガジェットだったんですよ。QWERTYキーボードをガシャッと出すと、みんなが振り返ったんですよ。ほんとなんだから。

 「何、何、それ何。うわっ、すごーい。もう一回やってみて。」

 そんな感じでモテモテだったんですよ。Operaを立ち上げて、asahi.comとかを表示して、

 「ほら、PCみたいでしょ。フルブラウザ搭載。いいでしょ。でも、これがはじめてじゃなくて、京ポンが最初。」
 「京ポンって?」
 「京セラ製のウィルコム端末。なぜポンなのかは、忘れちゃったけど。」

 で、ひとしきりウィルコムの先進性を語った後、おもむろにTCPMP(Windows Mobile用のメディアプレイヤー)を立ち上げ動画を見せたりしてね、あの頃、ウィルコムユーザー、W-ZERO3[es]ユーザーは確かに最先端だったんです。(ただし、ある分野では、ですけど。)

 今思えば、メモリもCPUも貧弱だったし、相当無理をして動かしていたので、もっさりした動きでしたし、当時は速く感じていた通信速度も、Wi-Fiや3Gが当たり前になった今となってはね。

 でも、それでも僕らは満足していたし、テンキーや前面や側面のそこかしこに付けられた物理式ボタンにいろいろなアプリを割り当てたり、OSやソフトをカスタマイズしたりして楽しく使っていました。

 スマートフォン。

 この分野は、なかなか難しいのではないか、と言われていたんですよね。欧米ではBlackBerryの成功があったけど、日本ではどのメーカーも消極的。そこに果敢に挑んだのが、ウィルコム+シャープだったんです。iPhoneに比べると微々たるものですが、それでも、それなりにヒットして、ユーザーが増えて、街でもときたま見かけるようになって、そんな状況はちょっと誇らしくもありました。

 それも今は昔。街には、iPhone、iPhone、iPhone、Xperia、そして、iPhone。時代とか、テクノロジーの成熟とか、マーケティングとか、そんなこんなで分析はできますけど、でもねえ、正直言えばやっぱり、ただただくやしくてね。iPhoneがそんなにいいですか。そうですね。よさそうですよね。きっといいんでしょうね。すみません、よさそうに見えます。うらやましいです。

 そこにきて、iPadですよ。CMで革命とか言ってますよね。確かにね、見方によっては革命かもしれん。でもね、でもね、でもですね、W-ZERO3[es]だって革命だったんですよ。あの当時は。電子書籍ですか。W-ZERO3[es]にも、ブンコビューワーがついていて、一足お先に電子読書してたんですよ。僕たちは。

 それにね、調子に乗って言いますけど、モバイル通信という意味では、AIR-EDGEというかAir H"なんか、えらい革命だったんです。なんせ、PCにつなげば、喫茶店でネットが見られるんですよ。ワードで原稿書いて、メールで送れるんですよ。すごい、これでオフィスはいらないよね、という感じだったんですよ。

 とまあ、思う存分愚痴ってみたものの、状況は変わりはしないので、やっぱり今となっては、ちょっと不便なんですよね。ちなみに、今、私が持っているのは、W-ZERO3[es]の後継機のWillcom03なんですけど、この前、とあるお店の電話番号を探してて、目的の情報にたどり着くまでの時間が、普通のケータイに比べて倍以上かかるんですよね。愕然としました。通信速度が遅いのと、Operaが重いのと、フルブラウザで、無駄に表示面積が広いのとが重なって、とっても使いにくいのです。それに、iPodを買ってしまった今、TCPMPは立ち上げることさえなくなりましたし。

 でもね、ウィルコムには期待はしているんです。好きだから。

 先駆者だったのに、いろいろ不運だったなあ、という気もするし、一消費者としては、そこまで義理立てする理由もないし、たかが商品なんだから乗り換えればいいちゃいいんだけど、たかが商品だからこそ、不便でも好きだから使い続けるという選択だってできるんですよね。理屈を超えたものが消費だ、とも言えるわけだし。

 とりあえず、これからウィルコムが盛り返す姿を見たいし、W-ZERRO3[es]が出たときみたいにもう一度驚きたいと思うから、これからも使い続けるとは思うんですよね。DDI Pocket時代からのユーザーだし、通話の品質もいいわけだし。それに、そもそもは電話なんだしさ。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2010年6月 2日 (水)

どうでもいい話

 

1 

 部屋の掃除が終わって出かけようとしたら、携帯電話が見つからなかったんです。いろいろ探すも、どこにもなくて。

 困ったなあ。どうしようかな。あっ、いいアイデアがある、ということで、PCで自分の携帯電話にメールをしてみました。

 ブルルルルル ブルルルルル

 部屋ではなく、なぜかベランダから着信バイブの音。携帯電話は、ゴミ袋の中にありました。なにやってるんでしょうね。メールしなかったら、絶対に見つからなかったですね。

 

 スパムコメントが来ました。いつもは速攻削除。でも、「アップル讃」というアップルが時価総額でMSを抜いたことについて書いたエントリに届いたスパムコメントは、不覚にも公開しそうになりました。こんなんです。

iPadに夢中になりすぎて、鍵をなくした場合などは鍵屋の○○○○をネットで検索して、是非お願いします。

 ○○○○のところは、鍵屋さんの屋号が入ってました。テンプレがあるんでしょうけど、内容を読んでコメントを書き込んでるみたい。ひと手間かかっているところが愛嬌ありますね。

 コメントそのものを入力して検索すると、いくつものバージョンがあるようです。でも、屋号をそのまま載せずに○○○○にしてしまうなんて、我ながらケチ。

 

 郵便受け。ピザやら引越やら借金整理やらのチラシがたくさん。内容を確かめずにゴミ箱行き。広告屋としては胸が痛むけど。

 そんな中、気になるチラシが。というか、紙の切れ端が。コピー用紙にプリントされたワープロの文字。その部分を雑にハサミで切った、5cm×15cmくらいの紙片。

○○党もダメだった。学生時代に支持していた
○○○○党しかないと今更ながらわかった!!

○○○○党はダメ。良いと思った○○党もダメ
だった。やはり○○○○党しかない!!

 本物はちゃんと党名が入っていましたが、一応伏せ字。でも、文脈でそれぞれがどこの党かはわかりますよね。

 ネガティブプロモーションっぽい感じがしないでもないですけど、いろんなチラシの中では、とりあえずはいちばん目立ってました。手法もコピーも、ローテクで雑なところがよかったのかも。でもなあ、こんなものが目立ってしまう時代っていうのも考えものだよなあ。

 というか、がんばれ俺。

 

 もし、フーコーとドゥルーズが今も生きていて、Twitterとかmixiとかをやっていたとしたら。というか、mixiはやらないだろうけど、仮定の話。

 どちらも得意そうな顔で言うんじゃないでしょうかねえ。

「な、見てみ。俺の言うたとおりになったやろ。」

 まあ、フーコーの「言うたとおり」とドゥルーズの「言うたとおり」は真逆なんですけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »