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2010年10月 7日 (木)

人はひとつの球しか受けきれない

 私がやっている仕事って、何の仕事なんだろう。

 いや、別に懐疑的になっているとか、そういうわけじゃなく。

 簡単に言えば「広告の仕事」とか「コミュニケーションの仕事」とか、そんな話で済んでしまうんだけどね。でもね、じゃあ「広告」とか「コミュニケーション」を仕事にするって、どういうことなの、みたいな、ね、本質的に、それはどういうことを意味しているんだろうか、なんてね。

 ちょっと角度を変えて、たとえばコピーライターなら、言葉を書く人だし、アートディレクターならアートをつくる人。でもね、言葉を書く人も、アートをつくる人もいっぱいいますよね。だったら、その、コピーライターなり、アートディレクターなりの専門性って何なの、みたいな。

 クリエイティブディレクターっていう役職がありますよね。それは、単にクリエイティブチームの責任者とか偉い人とか、そういう意味合いだけでなくてね。

 クリエイティブディレクターっていうのは、実質的には、コピーライターとかアートディレクターとか、日系の広告業界のカルチャーで言えば、CMプランナーとかを兼ねる場合がほとんどだし(欧米の広告業界ではCMプランナーという職種はないんですよね)、欧米では、クリエイティブディレクターは、コピーベース、アートベースとか言ますけど、そういうベースになるものの実務部分を捨象してなお残る専門性というのが、まさにクリエイティブディレクターの職能だったりもして、そこには、それなりの専門性っていうのが確実にあるわけなんです。

 ただのお飾りの言葉じゃないし、私自身は、そういう思いで、やってきたし、今もやっているわけですね。他の人は、実際にはどうか知らないけれど、ま、同じ思いなんだろうな、とは思います。

 ちょっと迂回してしまったけど、クリエイティブディレクターって、実際に何しているの、っていう問いに答えることが、「広告」や「コミュニケーション」を仕事にするって、どういうことなの、という問いの正確な答えになるんだろうな、なんて思うんですね。

 で、なんだろうなあ、と考えていくと、つまるところ、「人はひとつの球しか受けきれない」という人間の心理的な条件のもとで、そのひとつの球をどうするかを考える仕事である、と言えるんじゃないかな、と。

 人って、キャッチボールと同じで、基本的にひとつの球しか受けきれないものなんだと思います。ひとつの球だと簡単に受けられる球でも、同時にたくさんの球が飛んできたら、ひとつも受けられなくなってしまいますよね。

 だから、投げる球はひとつにしないといけないんですよね。投げたい球はいっぱいあっても、投げられる側が受けきれるのは、たったひとつなんです。そのたったひとつの球をどういう球にするか、ということを考えることが、「広告」とか「コミュニケーション」を仕事にするってことなんだと、と。

 足し算は、誰でもできるんですよね。それに、足し算を考えるって、たのしいことだし。足し算は、みんな大好き。

 でも、あれも足して、これも足して、を重ねると完璧になるか、というと、そうじゃないんです。足して、足して、足して、を重ねると、何を言っているかわからない、が生まれるだけなんです。だから、「広告」とか「コミュニケーション」の仕事は、じつは、引き算にあるんです。

 引き算は、基本的には、人間の本性に反した行為なんでしょうね。たぶん、人間は本質的に引き算が嫌い。でも、引き算をしないと、ひとつの球はつくれません。その引き算を考えるのが、「広告」とか「コミュニケーション」を専門にするってことなんだろうな、と思います。

 この「人はひとつの球しか受けきれない」っていうのは、大昔から広告業界で語られてきたメタファではあるんですが、結局、そこに戻るんだろうな。で、そのことは、大昔から語られてきたことだけど、実際は、ほんと難しいことでもあるんですよね。それに、たったひとつの、自分が投げた球が、ほんとにその球でいいの、ということもたくさんありますし。

 また、「広告」や「コミュニケーション」の舞台が多様化してきて、基本、ネットがあるから、いろんな球を投げられると勘違いしがち。でも、ネットができたり、メディアが多様化しても、人間が変わったわけではないですしね。やっぱり、人は、あいかわらず、ひとつの球しか受けきれないんですよ。たとえがちょっとずれるかもしれないけれど、ネットだって、ヘビーユーザーになると、半径ワンクリックとかになるでしょ。

 行動でさえそうなのに、ブランドのメッセージの受容なら、なおさらなんです。

 引き算をミッションにして、こういう感じのことをネチネチと考える仕事。それが、私のやっている仕事だと言えるんじゃないかな。まあ、そんな、みんながあまり考えたくないことを考えるのがたのしい、たのしくてしかたがない、みたいな感じだから、やっていけるし、お金ももらえたりするんだろうな、なんて思うんですよねえ。

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コメント

いつもながら、いい刺激をいただきました。いまの時代、あえて、こういう原則的なことを考えていくことが必要なんだろうと思いました。この役割の重要性って、地方では理解されにくいんですが、根気強く、やっていこうと気持ちを新たにすることができました。
ありがとうございます。

投稿: KIKUyan | 2010年10月 7日 (木) 12:04

こんな時代だから、あえて、というのはあるのでしょうね。ほんと、時代の変わり目ですし、もう一度、今まで培って来た基本を見直すことは大切だと思っています。それに、基本がしっかりしていると、ちゃんと結果もついてきますしね。お互い、がんばりましょう。

投稿: mb101bold | 2010年10月 9日 (土) 00:47

 この「人はひとつの球しか受けきれない」っていうのは、大昔から広告業界で語られてきたメタファではあるんですが


すみません。
これってどこに論拠ありますか。
解せなくて。

投稿: 教えてください | 2010年10月 9日 (土) 02:20

このソースは、探す限りネットにはなかったですが、わりと有名なメタファと認識しています。でもまあ、私は外資系カルチャーに長く属してきましたので、欧米特有のものかもですけどね。
このメタファは絵付きでよく見かけます。あと、馬を描くつもりで、みんなの意見を入れていくうちに、キリンのようなライオンのような、まったく違う動物になっちゃったみたいな絵もよく見かけました。
言い方をかえて「ワンセンテンス、ワンメッセージ」とか、「ワンビジュアル、ワンメッセージ」とかだとどうでしょう。これは、外資限らず、わりと言われていることのような気もします。

投稿: mb101bold | 2010年10月 9日 (土) 12:15

単に、私などは、論拠とかよりも、とってもわかりやすい喩えってことで、いいような気も…

論文書いてるわけじゃなく、まあ、ブログですし…なんて、良く言えばおおらかな人間で、悪く言えば大雑把なので(爆)

メタファーって、なに?って思って、メタファーを調べてしまうような女でございます(笑)

この文章の言いたいことが伝わっているならば、細部のことなんて大したことないさあ~なんて感覚でおります。

世の中なんて、大したことない世界の中で、人が笑っちゃうほど、ドタバタしているとしか思えないのですよね。

でも、その中で、考えることは、とっても大事だな…と。
その考える原点はとなる力は、どこから生みだされるのかなあ~

そんなことを、真剣に考え続けることの方が、大事なことかも…と思ったりしちゃいます。

言葉が通じるって、心が通じるってことなんだろうなあ。
池本さんのように、頭は良くない私ですが、その心は、なんとなくじんわりと伝わります。

だから、人って、そこに存在していてほしいなと思います。

なんてことを、

投稿: 小幡万里子 | 2010年10月 9日 (土) 17:15

小幡さん、こんばんわ。
ま、ソースはともかくとして、教えてくださいさんの「解せない」とおっしゃっていたことの心底の部分って、掘り下げると面白い課題がありそうな気がしているのです。
広告的なコミュニケーションと非広告的なコミュニケーションのあいだに横たわる溝というか問題というか。つまり、メモ的に言えば、受動と能動の問題かな。
そのあたりのことは、きちんと考えなきゃなあと思いました。

投稿: mb101bold | 2010年10月10日 (日) 00:42

私もこの喩えは初めて聞きましたがうまいこと言うなって思いました。
ちょっと違うかもしれませんが最近やった仕事で「ふくらますこととまとめること」「ボールを投げるやつがいっぱいいる中でストライクをさがすこと」とかを考えていたので、なるほどねって思いました。

投稿: denkihanabi | 2010年10月10日 (日) 04:05

確かに「ボールを投げるやつがいっぱいいる中で」というのもありますね。キャッチボールができる広場も、大小含めてたくさんできましたし。ボールを投げるほうとしたら、複雑になってきているんでしょうね。

投稿: mb101bold | 2010年10月10日 (日) 13:26

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