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2011年3月19日 (土)

人はたくさんのボールを同時には受けられない

 これ、有名な広告づくりの教えなんですが、今の状況にも役立つと思います。キャッチボールってあるじゃないですか。1対1でボールを投げ合う。たのしいですよね。そのとき、突然、横から誰かがボールを投げる。受けられますか。きっと、受けられません。たぶん、プロ野球選手だって受けられないんじゃないでしょうか。

 たった2つでも、人間は受けられないんです。

 その広告づくりの教えでは、だからたくさんのメッセージをひとつの広告につめこんではいけません、メッセージはひとつにしぼるべきです、と続きます。たくさんのお金を出して出稿する広告です。受け止められないと、お金を溝に捨てるようなものですから。

 広告情報ならば、消費者はノイズとして無視、となりますが、震災の情報はちがいます。人の生き死にに関わりますから、無視はできません。できるだけ多くの情報を得たい、とりこぼしたくない。それが、人情というものです。

 でも、人間は、多くのボールを同時には受け止められない。悲しいけれど、人間の心はそういうふうにできています。いやがおうでも情報を受けてしまう。それはしょうがないことです。私もそうです。だけど、人間にはそれができない。そういうふうにはできていない。

 そのことは、知っていてもいい、損はないと思います。

 自分のために、愛する人のために、多くの情報を受け止めたい、でも、受け止められない。ひとつの暴投に目が奪われる。次から次へと、大小、いろいろなボールがやってくる。どんどんあせりがつのります。あせる、あせる、あせる、あせる、そして、あきらめる。そのあとに来るのは、絶望感、無力感、虚無感です。その感情が次に求めるもの。

 それは、決して揺るがない絶対的な原理です。しかし、そんなものは、この世界には、たぶんないと思うのです。

 1995年のことを思い出します。阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件があった年です。あの頃は、今みたいにネットも発達してなくて、マスメディアが情報の命綱でした。今は違います。テレビ、新聞、ネット、twitterなどなど、数え上げたらきりがありません。それでも、そんな牧歌的な時代でも、今思えば、阪神淡路大震災のあと、人々の心の中に、絶望感、無力感、虚無感があったように思います。

 私は、このことを忘れることはできません。

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