駒沢大学での講義が終わりました。高先生、学生のみなさん、ありがとうございました。お話をいただいた今年の5月頃は、いろいろと重なっていて、落ち着くまで待っていただいたりしましたので、私としては半年越しのお約束を曲がりなりにも果たすことができて、今、ほっと一息ついているところです。
講義では、広告とは何かということを中心にお話しさせていただきました。このブログを読んでくださっている方のためにも、学生さんへの補完の意味でも、かいつまんで内容を記しておきますね。
私は、広告をこのように理解しています。
いろんな人がいるところで
自分のいいたいコトを発信して
そのいいたいコトに注目してもらって
そこにいる人たちに伝えること
これをもう少し言えば、こんな感じになるでしょうか。
いろんな人がいるところ=メディア
自分のいいたいコト=メッセージ
いろんな人が集う場所が、つまりはメディアと言われるものの内実です。だから、インターネットというものはインフラではあるけれどメディアではありません。しかし、このブログも、あなたのブログも、小さな小さなメディアです。
そのメディアにメッセージを乗せて、いろんな人に見てもらうこと。その要件を満たせば広告です。そのメディアの多くは自分のものでもいいし、他人のものでもいい。多くは他人のものであるけれど、それは単に、パワーメディアの多くは他人のメディアであるから、というだけの理由です。
メディア × メッセージ
それが広告の力を示すもので、そのどちらが弱くても、純粋にかけ算なので、どちらも等しく広告の力に影響を与えます。これは広告実務をやっている方には、よくわかる話ではないのでしょうか。いくらすぐれたクリエイティブでも、乗せるメディアが貧弱だと駄目だし、いいメディアに乗せることができても、クリエイティブが駄目なら駄目なんですね。
この道理は、きっといくら時代が変わっても変わることはありません。また、この考え方は、きっと派閥とか流派のようなたぐいの話ではないだろうと思います。だから、時代の変化に即して、この軸で考えていけばいい。そんなお話をしました。これは、ほんとは自分に向けて話していることでもあるんですよね。
とまあ、せっかくですので、講義内容を書き起こしてみましたが、マイクで話す自分の声を聞きながら、ああ、なんかしゃべりがヘタだなあなんて思いました。あの〜、その〜、ばっかりなんですよね。やになっちゃいました。後半は意識して、あの〜、その〜をなくすようにしましたが、学生のみなさん、ほんと失礼いたしました。ま、こういうエントリも書いているくらいなんで、大目に見てくださいな。
学生さんから、いろいろリアルな質問をたくさん受けて、すごく刺激を受けました。びっくりしたのは、学生さんたちは、今という時代の空気をきっちりつかんでいるんですよね。もしかすると、それは、実務経験の長い私たちより鋭敏なのかもしれません。
ある学生さんから、紙の広告はこれからどうなるんですか、という質問を受けました。私は、現状の説明と、どうなるかは私にはわからないと答えました。紙の広告というと、主に新聞広告だと思います。答えになっているかどうかはわかりませんが、かつて私はこんなことを書きました。少し長いですけど、引用します。
なんとなく思うのは、このまま紙媒体の苦戦が続くと、ネットでのニュース配信はいつか有料に移行するかもな、ということですね。ネットの新聞サイトの広告は、他のポータルへの配信も含めて、PVでも広告媒体の量でも価格でも、わりと飽和点に来ているのではないかという印象を持っています。となると、今のようなネットの新聞サイトは今のままで持ちこたえられるのかな、と思ったりします。ブログを書く一個人としては、リンク切れをよく起こす新聞サイトは、もっともっとネットにパーマリンク付きのアーカイブとして保存する方向でがんばってほしいとは思いますが、企業としてはどこかに収益を求めないとやっていけないはずで、その意味合いで、私は朝日新聞の赤字転落というニュースを受け止めました。
私は、仕事柄もあり、新聞を含めた広告メディアを観測していますが、新聞の崩壊がもしあるとすると、それがネットに入れ替わるという意味合いではなく、折り込み広告を含めた、現状においてもネットよりも広告効率のいい巨大メディアがパンクしてしまうという意味合いだと思います。カテゴリーにもよりますが、現状においてもなお、ある程度の広告プロモーションを実施するときに、新聞は、きめ細かくて格段に効率がいいんですよね。つまり、ネットは代替にならない、というか。今のところ、そんな印象です。
それは同時に、本格的なマスの終焉を意味するのかもしれませんし、それともマスはダウンサイジングしていって、社会が要請するある適正値に落ち着くのかもしれませんが、どちらにしても、大きな社会の転換期に来ているのは、間違いはなさそうな気がします。これからどうなるかを予測するのは、思いのほか難問な気がしています。
都道府県別シェアから見た広告メディアとしての新聞
やはり、ここでも難問と書いていますね。今、海外と歩調を合わせるように、日本の一部の新聞社でも、ネットのニュース配信有料化の動きがあるようです。そうなると、きっと紙の優位性がでてくるとは思うんですよね。ネットは無料であるからこそ、紙に対しての圧倒的な優位性があるけれど、やはりネットメディアは紙メディアの代替にならないというのが、今のところの私の実感です。今後のユビキタスの進展次第でわからないところはありますし、そのネット有料化を大衆が支持するかも不透明ですが。
この講義は、私にとっては、やってよかったです。個人的な話になりますが、いろいろ考えが整理されましたし、あのあと、いろんな小さな出来事があり、どういう理屈かはわかりませんが、分断されているような気がしていたこれまでの経験と今が、少しだけつながったような気がしました。
それと、ブログをやっていてよかったなと思います。世の中には、3つのモードがあると思います。プライベート、コミュニティ、ソーシャル。コミュニティの領域では、上司、部下、先生、生徒というふうに、非対称の関係があります。それが道理です。しかし、ネットがつくった公共性のあるソーシャルな空間では、ある程度、人はいい意味でフラットになれるのではないか、という実感が、今回はすごく持てました。直接の出来事というのはないけれど、なんとなくそんな気がしたのです。
本当にどうもありがとうございました。就職活動中の方も、就職が決まった方もいたようですが、また機会があれば話しましょう。
追記:
なぜ欧米にはないCMプランナーという職種が日本あるのか(欧米ではCMもCD、AD、Cのチームでつくるのが普通)という理由は、このエントリを読むと参考になるかも。
広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1)
要するに、日本では広告がありメディアがある、ではなく、メディアがあり広告がある、という歴史があったからなんですね。日本の広告は、そういう文化で発展しました。