カテゴリー「広告の話」の139件の記事

2018年1月 4日 (木)

『世界一のクリスマスツリーPROJECT』について僕が考えていたこと

 僕がこのイベントを知ったのは少し遅くて、Twitterのリツイートで流れてきた例の「冷笑」ツイートを見て、なんか嫌な感じのことをつぶやいているなあ、何があった、と少し不可解かつ不愉快な気持ちになって、それから2、3日後のことでした。リツイートでおぼろげながら例のツイートの理由みたいなものが分かってきて、少し時を遡って調べてみると、通常のしくじりや、Twitterで起こりがちな派手で面白そうなものごとに対する異論反論、嫌儲をベースとした批判等とは違う問題の複雑さが次第に浮かび上がってくるように僕には感じられました。

 僕が調べ始めた時には既に所謂「炎上」になっていて、大勢の方々がそれぞれの思いで批判の言葉を投げかけていました。マスコミ等で今も引用され、イベント運営側が批判に対する反論として使われる「木がかわいそう」という言葉は、この初期のツイートを指しているのだと思います。この言葉は「生活のために木の命を消費しながら木がかわいそうと思うのは」という文脈で動物や植物の命を消費することで成り立つ生活者の欺瞞を指摘するキーワードとして使われているようです。しかし、その指摘は間違っていると思います。「木がかわいそう」という感情は、このイベントのシナリオから考えると人の初期反応としては当然であり、そう思うように仕組まれた物語に対する正常な反応に過ぎず、何ら責められるものではありません。

 このイベントの主催者と共感する人たちの心の中には「木がかわいそう」という感情を憎む気持ちがあるように思います。そういう感情を抱く多くの大衆の心を変えたいという意図を強く抱いていると同時に、大衆をそういう誤った感情を抱く劣った存在として設定していて、その大衆を目覚めさせること、つまり主催者の言葉を借りれば「世界を変える」ことがこのイベントの主題の一つでもありました。

 なぜ憎むのか。いくつかの理由は考えられるでしょう。希少植物を植物の生い立ちを含む物語を付随させた高付加価値商材として成り立たせるためには、ともに生きていくという前提を長い時間をかけて獲得してきた愛玩動物と違い、どうしても商材として生まれ変わるための必然として起きる植物の死を欺瞞として退ける必要があったのかもしれません。既存の盆栽や生花は、生命を消費するという原罪を引き受けた、あるいは前提とした文化ですが、生い立ちを含めた物語を付随させることでその前提は崩れてしまいます。よって「木がかわいそう」という感情を欺瞞とし、木は商材となっても消費者の心のなかで生き続けるものとしなければなりません。

 その彼らの動機が象徴的であったのは、批判により中止となったアクセサリー『継ぐ実(つぐみ)』でしょう。このイベントにまつわる広告コピーワークは概ね稚拙なものでしたが、この『継ぐ実』というネーミングだけは秀逸でした。このイベントの真のコンセプトを正確かつ印象的に表現しています。いくら批判者側が本質は「木がかわいそう」ではないと否定しようとも、反論はそこに引き戻され決してその枠から出ることはないのだろうと思います。

  僕はTwitterではこの件に触れませんでした。その理由は、多くの本質的な批判の言葉がTwitterに溢れていて僕がオンタイムで語る必然はないだろうと思ったこと、そして、既に槇原敬之さんのコンサートが始まっていて、神戸の大きなクリスマスツリーを素朴な気持ちで楽しみにしている人たちがいるということがあります。比較的ウェブに親和性がある僕でさえ、この物語ブランディングのシナリオの欺瞞を数日間知り得なかったわけで、多くの人たちが単なる賑やかなイベントとして消費するのは当たり前のことです。一般論として発信者側が知らせないことの罪はありますが、受け手である消費者が深く知ろうとしないことに罪はありません。

 同時に、多くの批判によって主催者側の狙いを達成することはできない状態になっていました。つまり、契機は完全に失われていて、あくまで僕の判断ですが、批判をするならばイベント終了後に、あの時点においては、マスコミを巻き込んだ集客力の高いこのイベントをツメの甘い素人イベントとして事故なく終了させることが課題であると考えました。

 それは多分に東京糸井重里事務所(現ほぼ日)の元社員でもある僕の個人的な事情も含まれていたと思います。多く人たちが沈黙し静観していたのと同じように、僕もまた沈黙、静観していました。強い批判を展開している田中康夫さんの元に主催者側の弁護士から警告文が届けられたとのことですが、あまり面倒なことに巻き込まれたくないなあという思いも正直ありました。その態度が卑怯であるという批判は受け入れます。

 今回のイベントに対する批判では、被災地神戸という場所で行われたことに焦点が当てられています。当然のことです。これを鎮魂と言われると、被災された方がその傷を逆なでされる気持ちになる。それが人と言うものでしょう。このイベントに対して鎮魂という軸で不快感を表明することは正当であり、そこに疑問の余地はありません。ただ、遅れてきた批判者として、そこにこだわると批判の論点がブレてしまうのではないか、というのがこの原稿を書いている僕の考え方でもあります。

  今回のイベントが被災地神戸ではない場所で行われていなければ問題がなかったのか。そうではないと僕は思います。富山県氷見の山火事を逃れたとする奇跡の木を“いのちの樹”と名付け、遠方への輸送を“生命の大輸送”と呼び、期間中に木を持たせるための植木を“植樹”と言い換えただけで、エンディングで用意されている死の物語に向けて準備されるセットアップとしては物語構成上、必要十分であるからです。つまり、今回の物語ブランディングにとっては震災の鎮魂は補強としてしか機能していません。また、“落ちこぼれのアスナロが神戸で輝く樹になる”という意味付けも物語の補強であり、その本質ではありません。

 その悪趣味な補強こそ、批判者の感情の起点であるというのは間違いではないのですが、その批判に対しては「そんなに深い意味はないですよ」や「うまく感情移入してもらってうれしい」「震災の鎮魂は自分にもやる権利がある」といった反論で堂々巡りに追い込まれてしまいがちです。昨年の12月半ばに僕が書いた批判(月刊経済情報誌『ZAITEN』2月号に掲載)においても、そこは意識していますが、イベントが終了した今、その思いは強くなっています。遅れてきた批判者としては、その策に乗せられることでこの問題を矮小化もしくは風化させるわけにはいかないと思います。

 第一には、このイベントの問題点は「物語ブランディング」と呼ばれる広告手法によってつくられた広告にあると僕は考えています。個人が資金を持ち出し、神戸市という地方公共団体や様々な企業が支援するという有志のボランディアっぽい雰囲気を装っていますが、純粋にその衣を剥ぎ取り、ひとつの広告として見た場合、もはや虚偽広告と言っていいくらい嘘ばかり、嘘という表現が強すぎるならば、真偽が確かではない情報を元に広告がつくられています。批判が大きく、かつ広範囲に広がり過ぎたためこのことを些細なこととして見られていますが、社会に対する広告の信用を考えるとき、決して小さな問題であるとは言えないでしょう。これを大目に見ることは広告の破壊行為であると僕は思っています。

 この物語ブランディングは、構成として、まず初めに崇高な生の物語を示し、木の生命に過剰な意味付けを与え、十分に感情移入させた後、その筋書きを反転させるようにして死の物語が示されます。つまり、死の物語に相当なカタルシスを持たせたドラマタイズがされています。その物語に対して「アスナロを殺さないで」という感情反応がウェブで示されたわけですが、その反応に対しては「そう思った人は、その植物を思う気持ちを大切に生きていってほしい」という答えが用意されています。

 この悪趣味な物語構成に対しては、様々な角度からいくらでも批評できそうな気がしますが、記述が難解になればなるほど現実的には為の論議になりがちですので、ここは例え話で論をすすめます。

 この物語の類型としては、小学校や中学校などでも稀に行われている「いのちの授業」に当てはまります。生徒に後に食用とすると伝えずに鶏を育てさせて、育った後にシメて食べさせるというような教育です。これは現状では教育者が生徒の心を注意深くケアすることでかろうじて許容される教育法ではあるでしょう。このイベントを全面的に応援するとして特集を組んでいた『ほぼ日刊イトイ新聞』は“みなさんがこのツリーを見て、なにを考え、なにを思うか、それこそが清順さんの本当のねらい”と表現し、ウェブで起きた中止運動から神戸市に出された質問に対してイベント終了後に提出された回答でも、主催者の言葉を引用するように“学校では教えてくれないような植物のことを感じてもらう”と示されていました。

 ここで「いのちの授業」が許容されるのであれば、このイベントの物語ブランディングも許されるのではないか、批判者は過剰反応なのではないかという疑問が生まれるでしょう。僕は許されないと考えています。「いのちの授業」が成り立つ条件は、その場が教育の場であることです。教育の場とは、先生と生徒、教える側と教わる側という非対称な関係が成り立つ場です。被災地神戸のクリスマスという高度に公共的な祝祭空間に、その関係が成り立つでしょうか。答えは否です。やるなら、教祖と信者という非対称関係が明確な宗教行事に類するものとして閉じる形でやればよい、そして、公共空間にその関係を成り立たせようとする試みに僕は市民として抵抗を示したいと考えています。

 たぶん、これだけ批判が高まった今なお、主催者とその支援者は、そういう非対称な関係が公共で成り立つと考えているのだろうと思います。今回はしくじったけれども次はうまくいくはずだとも考えているような気さえします。その動機を支えるものは、我々前衛、つまりより深く物事を考え、知り、未来を見据えている者が、愚かなる大衆を導くべきであるという信念であるのでしょう。この信念に対する批判は、かつて吉本隆明が前衛党派、前衛知識人批判の文脈で行った大衆の原像についての論考を振り返れば足りるでしょう。あなた方は大衆の原像を見誤っている。大衆の原像を見誤った思想は、大衆によって唾棄される。僕が言いたいことは、それ以上はありません。

 ここまで論考をすすめてもなお残ることがあります。それは、批判者の心に残り拭い去ることができない、グロテスクなものを見てしまったという忌避感です。この核心に迫るには、日本の社会思想史をたどる必要が出てくるだろうと僕は思っています。少なくとも僕には、この象徴化された死をモチーフとした物語に、死による魂の救済という思想の片鱗が見えます。それは宮沢賢治の『よだかの星』等にも見られるものですが、読むための自発性が求められる小説として書かれた物語に対して、実際のモノや人が動くコト消費として公共空間で示したことに、現代性を見ることができます。主催者の「嫌なら見るな」は反論としては成り立ちません。

 ここ十数年の思想的な流れを見ると、「新しい公共」論が隆盛し、その後、東日本大震災が起きました。表面的には政府が機能不全になり、ある種の人々に無政府状態のような高揚感が生まれました。本来は公共が担うはずのことも個人が担う、担えるという空気が生まれました。それは、あの危機に対して一定の貢献はあったとは思います。しかし、それは危機で生まれた欠乏を緊急避難的に埋め合わせるものであって、あのときに際立った個人の力はある時点で公共に還元されなければなりません。あの頃の空気が永続的なもの、つまり、未来のあるべき形ではないと僕は考えています。

 熊本の震災では、東日本大震災の経験を生かしてボランティアの仕組みが徐々に整備され、所謂「野良ボラ」が減り、スピリチュアリズムや自己啓発、自分探しをベースとした個人の信条が暴力的に公共に持ち込まれることが少なくなりました。危機に瀕した人が公共あるいは社会の使命として、その助けを受けるのに、あなたが信じるのは俺かあいつか、と属人的に問いただされ、地域社会が分断される状況をいつまでも続けるわけにはいきません。経験を生かして次の時代へとつなげていく。歩みは遅くとも、一歩ずつ前に進んでいく。それが未来というものの実相だと思います。今回のイベントに批判が集まり、その物語ブランディングが無化されたのも、その経験を経た社会の成熟であるだろうと僕は考えています。

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2012年1月26日 (木)

東京糸井重里事務所を退職しました

 思い起こせば、このブログを書き始めてから4年と3ヶ月になるんですね。その半分以上の時を、東京糸井重里事務所で働きながら過ごしたことになります。

 このブログには書きませんでしたが、2年と少し前のある日、このブログを読んでいただいていたという糸井さんからメールをいただきました。それが入社のきっかけです。私にとって糸井重里さんという広告人は、お手本でもあり目標でもありました。つまり、特別な存在なのです。これは、決してお世辞でもなんでもなく、正直な気持ちとしてどうしようもなくあるのです。

 もしかすると、リアルタイムで広告クリエイターとしての糸井重里さんがつくる広告を追って来た世代は、私の世代で最後かもしれません。それ以降の世代では、文化人としての糸井さん、ほぼ日の糸井さんという感じだろうと思います。このブログでも、糸井さんのことはたくさん書いてきました。代表的なエントリは、きっと「糸井重里さんの重さ」だろうと思いますが、そのエントリを今読み返してみて、あれから3年以上経った今でも、やはり重いです。

 東京糸井重里事務所、つまり「ほぼ日刊イトイ新聞」では、主にほぼ日手帳を担当してきました。自社メディアが中心で、かつ、ほぼすべてのコミュニケーションがネットを起点とし、逆のベクトルでマスメディアやリアルに広がっていくという、これまでに経験したことのない仕事に関われたことは、私にとって大きな財産であり誇りです。そこには、コミュニケーションデザインのすべてがありました。また、これからの新しい広告コミュニケーションの大半は、こうした自社メディアを起点とし逆ベクトルで広がるコミュニケーションになっていくはずです。

 また、東京糸井重里事務所では、糸井さんという私にとって、とてつもなく大きく「重い」人に誘っていただかなければ、たぶん私の人生では味わうことの出来ない楽しい経験をさせていただきました。普段は、あまりこういう姿をブログでさらしたりはしないのですが、今回は特別です。こんなこととか、あんなこととか。そうそう、期間限定ですが、横風太郎の壁紙もゲットできるんですよ。ワニが泳いできますので、そのワニをクリックです。

 自分のこれからの人生を考えたとき、やはり、広告人として、様々な会社が持つコミュニケーションの課題に対してソリューションを提供していく仕事をしていきたい。自分ができることは、やはりこれしかないと思う。

 そんな私のわがままを、社長の糸井さんやほぼ日の乗組員のみなさんは、大きな心で受け入れてくれました。また、最終出社日には、糸井さんからは「応援してる」との言葉をいただきました。泣きそうになるくらいうれしかったです。

 また、いろいろと思い悩むことろがあって前職の退職時にブログでのご挨拶が果たせませんでしたが、応援の言葉とともに東京糸井重里事務所へと送り出していただいた、姉帯社長、元クリエイティブ局長の鎮目さんをはじめとする電通ヤング・アンド・ルビカムのみなさん、送別会まで開いていただいた田中貴金属のみなさん、仕事でご一緒したみなさんにも、あらためて御礼を申し上げます。糸井重里事務所でこんなに楽しく有意義な日々を過ごすことができたのも、みなさんのおかげです。

 じつは、退社日は1月31日なので、まだ東京糸井重里事務所の社員なのですが、もう、たぶん最終日まで犯罪などを起こすことなくなんとか過ごせそうですので、正式な退職前ではありますがご報告をさせていただきました。しばらく充電して、また新たに頑張っていこうと思っています。せっかくのフリーエージェントでノマドな身分(これ、一度使ってみたかったんですよね)、これまでお話を聞きたいと思っていた方ともお会いしたいなあと思っています。突然お声がけするかもしれませんので、その折は、どうぞよろしくお願いします。また、お気軽にお声がけください。

 少し書けなくなった時期もありましたが、こうしてまた書き始めてみて、私にとってこのブログはかけがえのないものだとあらためて気付きました。お読みいただいているみなさんにも、あらためて御礼申し上げます。ありがとうございます。

 今後ともどうぞよろしくお願いします。

 twitter:http://twitter.com/mb101bold
 facebook:http://facebook.com/kouji.ikemoto

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2011年3月18日 (金)

がんばれ、NHK_PRさん。応援してます。

 そもそもの問いが愚問だけど、今、この状況で、広告人として何ができるか、と問われれば、NHK_PRさんみたいなことかな、と答えます。それくらい、NHK_PRさんの中の人の仕事は見事だなあ、と思います。あっ、中の人などいない、でしたよね。失礼しました。

 twitterをやっていない人はわからないかもしれませんが、NHK_PRは、NHK広報局の公式twitterアカウントのこと。NHKの番組の広報ツイートをtwitterで日々届けておられます。twitterのアカウントページの自己紹介は、こんな感じ。

名称 NHK広報局(番宣・広報/ユルいです)

自己紹介 このたびの大きな震災では、皆さん長い緊張状態が続いているようで、様々なところに、イライラと批判と強い口調の言葉が流れています。だからこそ、このアカウントでは出来るだけ日常的なユルいツイートを心がけております。ご批判もあるとは思いますが、ご理解ください。PRはパブリック・リレーションズの略、アイコンはおやつの時間です。

http://twitter.com/NHK_PR

 自己紹介でも書かれているように、今、「批判と強い口調」がtwitterにあふれています。そんな中で、震災発生時から、番組の番宣・広報の枠を超えて、常に有用な情報をツイートしてこられたNHK_PRさんにも「批判と強い口調」が向けられているようです。でも、NHK_PRさんくらいの強者なら、心配は無用。役者が何枚も上。安心して見ていられます。

 震災の発生直後、TLにたくさんのリツイートが飛び込んできました。その中で、私が、ああ、このリツイートは私にとっても役立つし、被災されている方にも役立つだろうな、と思ったのが、たくさんの人にリツイートされたNHK_PRさんのツイートでした。その時は、今よりもちょっとだけユルさひかえめで、最近、少しずついつものユルい感じに戻されているようです。見ていた人はきっと、そうそう、と思っていただけると思いますが、そのモードの見極めとタイミングも見事でした。

 パブリック・リレーションを含めた広告って何かっていうと、つまるところ、コミュニケーションの最適化だと思うんですよね。最適化なんていい感じの言葉を使いましたが、別の言葉で言えば、身も蓋もないけれど、コミュニケーションのコントロール。

 一頃、ホリスティック・コミュニケーションやコミュニケーション・デザインという用語が流行しましたが、なぜ、立体的、全体的にコミュニケーションをデザインしないといけないかというと、それは、これだけ複雑になって、個々人も発信する時代になってきてたら、全体を考えて立体的に情報発信を考えないとコミュニケーションがコントロールできないからでしょ。マスだけ考えても、無理。とりわけコントロールできにくいソーシャルメディアがからむからこそ、今の時代、広告は、コミュニケーション全体をデザインすることが必須なわけです。

 この震災に、広告人として何ができるか。これは、あらかじめ言っておくと愚問です。うちの親父は水道工事をやっていましたが、水道人として何ができるか、という問いに関しては、依頼された仕事を淡々とこなすことしかないわけです。それは、広告人でも同じです。

 それでも、あえてその問いに答えるなら、自分の仕事の範囲で、自分の職業のノウハウを活かす、ということ。

 広告人としてのノウハウ。それは、究極的に言えば、コミュニケーションの最適化、コントロール。コピーやビジュアルは、その手段に過ぎません。広告にコピーやビジュアルが使われるのは、その時に、コミュニケーションの最適化の目的を達成するために有効な手段であるからでしかありません。それだけのことです。

 NHK_PRさんは、会社の求める仕事を超えて、また、所属する日本放送協会も震災時にそれを許して、さらには、支援して、震災時に必要な情報を提供しつづけました。

 その語り口は無駄がなく、気の利いたレトリックもなく、過剰に心を動かすアジテーションでもなく、正しい事実だけを淡々と伝える普通の言葉でした。あの、いつもはユルユルのNHK_PRさんがあえてそうしたのは、きっと、NHK_PRさん自身が、この震災時に、職業人として持つ広告的なノウハウを使って貢献しようと思っていたからでしょう。ここで言う、広告的というのは、NHKの広告になるという意味ではなく、広告的なノウハウを使って、今の状況を最適化し、復興の道筋をつくるということ。だから、どんな見事な広告コピーより、NHK_PRさんの言葉は、力がある言葉でした。NHK広報局は、多くの人がフォローするアカウントです。不特定多数に受動的に伝える、という狭義の広告(アドバタイジング)の要件が揃った中で、そのツイートは、twitterを利用する人たちに、どんな広告よりも「広告的」に届きました。

 私のTLには、必要なときに必要な情報がNHK_PRさんから届いていました。そして、twitterというコミュニケーションの場が、有用な情報を求める場から、この不安で厳しい状況化で毎日をともに生きる人が考え、対話する場になろうとしたとき、淡々とした口調で語られる有用な情報を織り交ぜながらも、いつものユルい語り口に戻りました。その変化が、どれほどの人の心を和ませているか。

 私には、NHK_PRさんが懸命に、コミュニケーションの場を、これからの復興に向けて最適化しているように見えました。それは、自然のままにまかせるのではなく、明らかにコントロールの強い意志が見えます。その意志は、正真正銘、広告人のものです。業務のために、業務を超えて、依頼主である日本のために、広告のノウハウを活かしています。

 NHK_PRさんは、TLに表現されない返信ツイートという手法で、NHK_PRさんを不謹慎だと批判する人に直接きちんと答えています。そのきめの細かさにも、驚かされます。(追記:あらかじめ言っておきますが、逐一答えることが正しいというわけでは決してありません。むしろ、ある一定の割合で起ることとしてスルーするのも正しいやり方のひとつです。また、NHK_PRさんもそのようにお考えでしたが、スルーすると電話で苦情という流れになるので、この時期は特に応答しているとのことです。個人的には、応答により第三者が群になって批判する人を批判し、小さな個人をつぶしてしまうことになりがちなので、現状のtwitterのシステムではできる限りスルーがいいんじゃないかと思っています。また、第三者が叩くのは当事者の望むことではないと思います。)

 広告は、本来的に企業コミュニケーションです。パーソナルなコミュニケーションではありません。なぜなら、企業、つまり公共性を持ったコミュニケーションだからです。あらかじめ属人性は排除された、企業という、法律用語が示すように「法人」が行うコミュニケーションです。NHK_PRさんが「中の人などいない」とおどけながら言うのは、そのいないことになっている中の人が、まさに広告(狭義ではパブリック・リレーション)を行っている自覚からでしょう。

 今、よく言われる話す人が見える企業コミュニケーションの意味は、担当者の顔が見える人ということではなく、その主体たる企業、つまり「法人」に人が見える、感じられるということだと思います。NHK_PRさんのユルさのバランスは、ひとつの理想のように思えます。

 応援しています。同じ広告人として。誰が何を言おうと、NHK_PRさんの行っている仕事は、新しい、明日の「広告」だと思います。同業者として、嫉妬すると同時に、励みになっています。最後に、ひとつだけNHK_PRさんの言葉を引用してこのエントリを終わります。

不謹慎ならあやまります。でも不寛容とは戦います。それでは、あらためてciao!!

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2010年11月 3日 (水)

もし日本で戦争が起きてしまったら、僕は戦争のコピーを書くのだろうか

 馬場マコトさんの『戦争と広告』という本を読みました。重い本。もしかすると、今、懸命に広告の仕事をがんばっている人にはおすすめできない本なのかもしれません。広告人なら、読んだ後、自分自身にこういう問いかけをするのだろうと思います。

 「もし日本で戦争が起きてしまったら、戦争のコピーを書くのだろうか。」

 著者の馬場マコトさんは、馬場コラボレーション主宰のクリエイティブディレクター。私の世代だと、東急エージェンシーの馬場さんといういい方になじみがあるかと思います。1999年に、東急エージェンシーを退社され、「広告を得意先のものにするためには、ひとりのキャンペーンディレクターが、マーケティングからメディアまでをトータルに責任をもってプランニングする必要がある」との考えから、「一人広告代理店」を標榜し、クリエイティブエージェンシーを設立。

 私は、外資系広告代理店出身なので、たぶん馬場さんとは同じ文化にいます。馬場さんは、東急エージェンシーの前は、マッキャンエリクソン博報堂に在籍されていました。私がいた外資系広告代理店文化の中に、ドメスティック代理店の方ではありましたが、東急の馬場さんは確かにいましたし、その文化の中心人物のひとりでした。

 広告は得意先のもの。
 広告はソリューションである。
 報酬モデルはフィーであるべき。

 広告は、目的を持ったマーケティングソリューションであり、よって、それは得意先のものであり、そのソリューションを提供するのが、我々広告人のミッションである。広告表現は、目的を達成するためのひとつの手段であり、アートでもポエムでもなく、ましてや広告クリエーターの自己表現ではない。売り物は、ソリューションそのものであるべきで、報酬モデルはコミッションではなく、フィーであるべき。

 要するに、そんな文化です。そこには、広告を、自己表現のひとつのフィールドとして考えることを嫌悪する心情があります。でも、これは、広告表現の仕事を、仕事として割り切るということを意味するのではありません。むしろ、こういう心情を持つ人の方が、広告表現に自己を入れない分、表現として高度化、緻密化する傾向にあります。この傾向は、ある程度、外資系に限らず、広告表現を真剣に考えているクリエイターであれば思い当たることなんじゃないかと思います。

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 『戦争と広告』は、戦中、戦後を駆け抜けた、広告クリエイターたちのドキュメンタリー。本書の帯を引用します。

広告依頼主は内閣情報局。仕事は戦意高揚を図るポスター制作など。山名文夫、新井静一郎ら「報道技術研究会」の精鋭たちが取り組んだ、最前線の成果から考える、戦争の悲しい宿命。

 この本は、告発、批判の書ではありません。広告人の宿命を描いた本です。化粧品会社で、自らの表現技術を磨いてきた一人のクリエイターが、戦争によって、その表現の場を奪われ、そのとき、内閣情報局から、その才能を国家情宣に生かしてほしいと依頼があった。時代は、戦争一色。だから、断る理由はない。新しい広告、新しい広告表現を懸命に追い求める日々。

 戦争が終わったとき、48歳になった山名文夫さんは「さよなら、みんな終わりだ。」という言葉とともに、戦後の広告界で、新しい広告、新しい広告表現を、リセットするかのように、再び追い求めはじめます。いや、もしかすると、リセットさえしていないのだろうと思います。新しい広告、新しい広告表現という意味では、戦前と戦後は地続きであったのでしょう。

 大政翼賛会で「おねがいです。隊長殿、あの旗を撃たせて下さいッ!」というコピーを書いた新井静一郎さんは、戦後の広告代理店システム構築の中心人物として活躍し、その壁新聞のコピーを「射たせて下さいッ!」と修正したほうが強くなるとディレクション、デザインした花森安治さんは、戦後、「男たちの勝手な戦争が国をむちゃくちゃにしたのだから、今度は自分は女性のために償いたい」として、広告のない雑誌『暮らしの手帖』を創刊。その後、花森さんは、大政翼賛会時代については生涯沈黙しつづけました。

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 戦後、多くの芸術家、文学者、学者がその戦争責任を問われました。しかし、広告人はその責を問われることは、ほとんどありませんでした。それは、広告が、依頼主があり、その基本的な性格を、課題解決のためのソリューションであるとしているからなのかもしれません。いかに広告クリエイターが業界で名が知れていたとしても、広告が世に解き放たれたとき、その表現の裏にいる表現者、つまり、広告クリエイターは、基本的には匿名存在、広告は匿名表現です。

 けれども、そのソリューションの手段である広告表現は、才能や感性など、個人の資質に多くを依存する、芸術的創作によって立つ手段です。元電通関西の堀井さんは、こう言っています。

 「広告を芸術に利用するんやない。芸術を広告に利用するんや。」

 同じ広告人として、至極真っ当な言葉だと思います。広告という命題のもと、芸術だけでなく、生活者としてのクリエイターの思いさえ溶けてしまう。それが、広告。そこに、表現としての広告の捻れがあり、広告の危険があるように思います。

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 『戦争と広告』は告発、批判の書ではないけれども、この本の中には、戦後、吉本隆明さんが行った転向論と同じようなラディカルな投げかけが含まれているように思いました。個人な興味としては、戦後における個人のメンタリティの分断と連続性、そのベースになる広告に対する考え方そのものに興味あります。

 それは、本書の中では、山名さんと花森さんの両氏は、対照的な態度で戦後を生きた人として描かれています。山名さんが書かれた戦前と戦後のポエムを示すとこで暗示的に描かれ、花森さんに対しては、「戦争犯罪から逃げてしまった。」「そこが」「弱さになった」と書かれています。

 また、馬場さんは「戦争責任を追求する人々の視点からは、戦争に傾斜し、加担せざるを得ない表現者の資質と、またそうしなければ暮らせなかった生活者としての視点に欠けると思う」と述べられています。

 吉本隆明さんの転向論の文脈で言えば、戦前は大政翼賛会で広告立案を担当し、その才能を発揮し、戦後は一転して、「男たちの勝手な戦争が国をめちゃくちゃにした」として、戦後の消費者運動を牽引した花森さんの、戦前、戦後を通してのラディカルな活動の中には、アドバタイジングとは何か、プロパガンダとは何か、アドバタイジングがプロパガンダと違うものだとすれば、そこにはどのような違いがあるのか、ということを示唆するものが含まれているように思います。

 本書では触れられていないけれど、表層は真逆な戦前と戦後の活動の中の、見えない同一性にこそ、よりラディカルな問題が含まれているように思います。それは、表層は真逆でありながら、どちらも庶民という下からの視線を偽装した啓蒙、つまり、プロパガンダである、という同一性があり、だからこそ、『暮らしの手帖』という雑誌は、広告と同居できなかったのでしょう。

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 「もし日本で戦争が起きてしまったら、戦争のコピーを書くのだろうか。」

 著者の馬場さんは、率直に「書くだろう」と述べています。そして、だからこそ、「そんな時代を迎えないためには、戦争をおこさないことしかない。」と言います。

 私は、どうだろうか。

 一生活者としては、できればやりたくはない。けれども、職業人としてはどうなのだろう。「書かない」と言いたいし、葛藤もするのじゃないか、とも思います。でも、生活者として、勤め人として、断れるかどうかは、わかりません。もしかすると、これは正義である、もしくは、こういう考え方もあり得ると簡単に納得し、職業人として新しい広告を追い求めるのかもしれません。けれども、少し違う考え方も、あり得るんじゃないか、と思っています。

 2007年9月に、私は「消費者金融のマス広告は是か非か。」というエントリを書きました。あれから、少し時間が経ちました。馬場さんと20年下の世代の広告人である私は、少し違う結論が導きだせる気もしています。この問題は、なんとなく大げさかもしれませんが、世代が乗り越える課題だと思っています。

 その鍵は、前述のアドバタイジング、プロパガンダの違い、そして、アドバタイジングの社会性、言い換えれば、社会的表現としてのアドバタイジングの限界。簡単に言えば、社会的なコンセンサスを根拠にしながら、邪悪なインサイトは描いてはならない、という社会の一部である企業表現としての広告の範囲を、広告制作者自身が、自ら問い直すことなんだろうと思います。

 要するに、広告の再定義の問題のような気がします。その意味では、今言われているような、PPPなどの小さな問題も、じつは地続きなんだろうと思うのです。

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 私たちの世代は、戦争を知りません。馬場さんの世代も戦争を知らない世代であるけれど、より戦争が感覚的につかめない世代であることは間違いはないでしょう。戦争とは、社会のコンセンサスが戦争イコール正義である状態なのだから、上記の考えは、もしかするとまったく無効になってしまうのかもしれません。その意味では、馬場さんが言う「戦争をおこさないことしかない」という結論は、正しいのでしょう。

 でも、そうであるからこそ、私たち下の世代は、そうなる前に考えていかなといけないのではないかと思います。馬場さんと違う結論を導きださなければいけないのではないか。遠くを見通して、小さなこと、些細なことにも注意深く耳を傾けながら、新しい広告の倫理をつくっていくしかないのだろうと思います。世の中に必要とされなければ、広告で飯を食うことさえできないのだから。それが、一生活者としての広告人の視点のように思います。少し、青臭いけれど。

 だからこそ、この『戦争と広告』のあとがきに書かれている馬場さんの言葉を、結論としては受け止めませんでした。それが、広告人の先輩が届けてくれたこのという誠実な仕事に対しての、後輩広告人がとるべき正しい態度なのだろうと思っています。

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2010年10月17日 (日)

「このブログ、広告がすごく好きだということが伝わってくるんだけど、ときどき、本当は、広告がすごく嫌いなんじゃないか、と思うことがあるなあ。」

 長いことブログをやっていると、私に向けてではない言葉で私について言及されていることもたまにあって、まあ、それなりに俗な人間でもあるので、それなりに見つけては読んだりしているんですが、ずいぶん前にですが、その中で少し気になる言葉があったんですね。

 その言葉は、特に批判や反論というわけじゃなく、私のブログを読んでの感想みたいな言葉でした。確か、はてなブックマークか、ブログかで語られた言葉ですが、探してみたけど見つかりませんでしたので、だいたいこんな感じ、と思っていただければと思います。

 「このブログ、広告がすごく好きだということが伝わってくるんだけど、ときどき、本当は、広告がすごく嫌いなんじゃないか、と思うことがあるなあ。」

 確かになあ、そうなんかもなあ、みたいなことは少し思います。広告がすごく好き、というよりも、実際は、広告は職業だし、唯一、私の専門分野だとも思うし、一応それなりに長く真剣にやってきて、有名とか無名とか関係なしに、それなりに、やっぱりあるわけですよ。言いたいことが。それに、この領域では、誰よりも考えているし、わかっている、みたいなことが。実際に、ひとつのジョブ単位では、誰よりもいいソリューションを出す自信がある、ということを前提に仕事をしているわけで、ずいぶんと思い上がった言い分ではあるけれど、それくらいのずぶとさがないとやってられないわけで、ね。

 だから、好き、というのとは、ちょっと違う気もしますが、まあでも、それを好きと言うんだよ、と言われれば、そうですね、としか言いようがない気もしますので、まあ、広告がとても好きなんだろうと思います。

 広告がすごく嫌いなんじゃないか、ということについては、正直、あっ、痛いとこついてくるなあ、と思いました。嫌い、ではないけれど、そう見える部分は確かにある、と自分でも思います。

 この言及は、確か、PPP(Pay Per Post=お金払って提灯ブログを書いてもらうこと)関連のことを書いたときの指摘だったと記憶しているんですが、私はPPPについては、rel=nofollowで、エントリに明示していたとしても、あまりいいことではないと思っていますし、そんな流れが新しい広告だとすれば、私はその新しい広告に否定的。というか、そんな新しい広告はいらないと思うし、最終的には絶対にうまくいかないと思っています。このあたりについては、『「純広」という言葉が持つ意味』というエントリなんかで書きましたので、お暇なときにお読みいただければと思います。

 もうひとつ。

 かの人に、このブログ主、もしかすると広告が嫌いなんじゃないか、と思わせた要因は、きっとこれかな、と思いあたることがあります。最近では『「あえて狙わないほうがいい」という時代』というエントリにも書きましたが、2000年に入ってから、なんとなく、あっ、もうこれまでの広告の言葉は信じてもらえなくなっているんじゃないか、みたいなことに気付いたからなんですよね。

 2000年と言えば、Web2.0とか言われるずっと前。その頃に、なんとなく、そんな気分が少しありました。消費者は、もう、所謂コピーライターの言葉を企業の言葉として信じてはくれないんじゃないか、みたいな気持ちがあったんですね。イコールで結べない、みたいな感覚。

 これまで、興味をもたれて、それなりに信じてもらえた広告の言葉は、いつのまにか信じてもらえなくなってしまった、という意識が私にはあります。それは、私の場合、すこしばかり過剰に、という気がするけれど、まあ、その領域に執着している限り、ちょっとバランスが悪いなあ、とは思うけれど、しょうがないことではあるんでしょうけどね。

 今、広告に書いてある言葉のとおりにメッセージを受け取る人は、どれくらいいるのでしょうか。メッセージは、書いてある言葉、その言葉を裏切らない企業行動、品質、サービス、言動、経済活動、そのほか諸々のことが統合的にあわさって、はじめてメッセージ足りうるものだと思います。それは、昔も今も変わらないけれど、時代の空気は、そのことを厳密に評価するようになっている気がします。言ってることと、やってることが、まったく違うやんか、とか、会ってみると、ちょっと嫌なやつだったよ、みたいな、ね。

 単純に言えば、もう、レトリックだけでは駄目かもね、ということですね。

 でもね、だから、反コピー、反言葉というわけではなくて、だからこそ、その統合されたイメージの核になる言葉を選ぶ、というか、つくっていかなきゃならないんじゃいか、という思いが、私には過剰にあるんです。その、あれも違う、これも違う、っていう中で、残った言葉をつむいで提示することが、広告コピーなんじゃないか、といった。

 その核があって、そこからぶれなければ、逆に、どれだけ長くてもくどくても、信じてもらえるし、読んでもらえる。特に、ウェブがあったり、メディアが多様化している、つまり、モードが複数ある状況下では、この、様々なものの中心となるべき、広告コピーは大切になってくるんじゃないかな、と思います。そして、この核の部分がしっかりしていて、しかも包容力がありさえすれば、もう一度、広告は、その核の部分をベースに、表現として、もっと自由に飛び立てるんじゃないか、みたいなことは、希望として思ったりもしています。

 加えて言えば、その核をつくるのは、今も、本当は、専門職たる広告人固有の領域ではないか、という自負はあります。でも、実際は、そういうふうな世の中の流れはないですけどね。今、広告人はみんな弱ってるから。

 広告は信じているけど、それは、今までの広告じゃない。でも、その、これからの広告っていうのは、世間で言われている「新しい広告」でもない。

 まあ、こういう私のややこしい部分が、広告嫌いに見せているんだろうな、と思います。というか、私にも、その先の深層心理はわかりませんので何とも言えませんが、自己言及の限界というものがあるにしても、とりあえずは、広告って信じてもらっていない、だから、信じてもらえる広告はどのようにあればいいのか、みたいな捻れが、私にはあるんでしょうね。つまりは、これまでの広告の文脈からは、少し距離は置いています。

 でも、距離は置いているものの、そういえば、手法としての広告については、今まで一度も懐疑的になったことはないですね。それは、あらためて考えると、ほんとそうだったなあ、と思います。広告はもうだめ、これからは口コミとPRだ、プロモーションだ、ブランデッドエンターテイメントだ、みたいなことは、一度も思ったことがありません。それは、単にモードの問題。モードがたくさんあるだけの話で、根元は同じ。実務で言えば、ここで根元がバラバラになってしまうのは、かなり問題だと思っています。

 そういう意味では、やっぱり、根っからの広告好きなんでしょうね。では、よい日曜日を。

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2010年9月 9日 (木)

「広告」というのはひとつのテクノロジーなのだと思う

 それは、よきにつけ、悪しきにつけ。

 当たり前のように広告の仕事をしてきて、それなりに広告の方法論を身につけて、広告という文化圏の中で息をして、広告というものの考え方にどっぷり浸かってきたけれど、その「広告」というやつは、「広告」というやつの外部から見れば、かなり異質なものの考え方のような気がします。

 所詮はビジネスではあるから、いろんな組織のごたごたに従うしかないこともありますし、それが現場のリアリズムかもしれませんが、本来的には、広告とは、そんなごたごたさえ排除するものの考え方のような気がします。だからといって、つくり手がいちばん尊重されるかというと、組織のごたごたさえ原理的には排除されるのと同様に、つくり手のプライドや自我さえ排除される、そんなものの考え方。ある意味で、きわめて悪魔的な考え方なのかもしれません。

 つまり、なによりも尊重されるべきは、広告。そして、広告によってかたちづくられるブランド。

 デザインより、コピーより、広告、そしてブランド。広告やブランドという命題の前では、デザインやコピーは、ブランドをつくる、あるいはブランドのメッセージを伝える手段である広告の、単なる一要素に過ぎません。

 元電通関西のCR局長である堀井博次さんは、こう言っています。

 「広告を芸術に利用するんやない。芸術を広告に利用するんや。」

 芸術に、自己表現とか、デザインとか、コピーとか、いろんな言葉を入れるとわかりやすいかもしれません。そして、また、広告は、広告クリエイターのキャリア形成の過程で、デザイナーやコピーライターの自意識を存分に利用しながら、と同時に、その自意識を、その都度、広告の名のもとに叩き潰しながら、広告至上主義者たちを創り出していきます。

 その過程で、ある者は、広告という冠を自ら外し、広告という呪縛から逃れ、冠なしのクリエイターとして生きるでしょう。しかし、それができなかった、あるいは、あえてしなかったものは、同じクリエイターでも、冠なしのクリエイターとは、まったく逆の倫理観をもって生きることになります。ほとんど宿命的に。

 広告というのは、それ、そのもの自体が、ひとつのテクノロジーなのだと思います。そのテクノロジーは、これまで、功罪あれど、経済や産業、文化の発展を支えてた、近現代の主要なテクノロジーのひとつのように思いますし、なんの因果か、私は、そのテクノロジーに取り付かれてしまっているのだろう、とは思います。

 それは、でも、やはりテクノロジーであるがゆえに、普遍的な考え方ではないことは事実なのでしょう。その内部では、その倫理は当たり前であっても、その外部では、異質なものの考え方ではあるのでしょうね。で、広告がテクノロジーであるがゆえに、そのシステムを貫く倫理に忠実な者にしか、広告がもたらす果実を手にできないだろうけれど、その外部にあるものが、その倫理に従えないことは、なんとなく分かるような気がします。

 今、自分が何をやりたいのか。何よりも、それがいちばん尊重されるべき。そういう文化圏に、私はたぶんいないんだろうと思います。今、広告のために、ブランドのために、何をやるべきなのか。そういう倫理の中にいます。そのことは、当たり前のように思っていたけれど、きっと、異質な考え方なのでしょう。

 と同時に、異質であるからこそ、テクノロジーをつかさどるテクノロジストとしての価値を持ち得るのだし、とも思います。そしてまた、きっと、そういう視点を持たない限り、広告クリエイターなんて職種は、これからは、中途半端なクリエイターとしての価値しか持ち得ないだろうとも思うし、たぶん、時代は、そんな中途半端さは必要としないでしょう。

 それにしても、厳しい時代に生きているものだなあ、と思います。たかが広告クリエイターが、夜中にブログでこんなことを書く時代。ほんとは、そんなことは体でわかっていて、夢とか希望とかを書くほうがいいんでしょうけど、やっぱり、時代が書かせるんでしょうね。

 まあ、なんとかなるさ、みたいな根拠のない自信みたいなものも、なくはないですけどね。どっちにしても、この5年でしょうね。根拠ないけど、たぶん、5年。広告をとりまくまわりの風景は、きっとガラッと変わる。そんな気がします。

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2010年7月28日 (水)

「あえて狙わないほうがいい」という時代

 消費者が広告を見る目があきらかに変わって来たなあ。

 そんなふうに思ったのは、思い返してみると、2000年を少し過ぎてからのような気がします。これまでも、メインストリームではなく、どちらかというと異端的な考え方を好んでしてきたので、それ以前から、なんか新しいやり方は探してはいたけれど、それは、例えば、Saatch & Saatchが提唱していたSMP(Single-minded Propsition)だったり、どちらかというとメッセージ開発の手法的な話が中心だったような気がします。私にとっての90年代は、そんな感じです。

 SMP理論は、簡単に言えば、あるブランドがある市場環境に置かれるとき、そのブランドが持つ課題を達成するために必要なのは、つきつめると、たったひとつの短く強いメッセージになるはずだ、という理論で、その成功例としては英国の労働党から保守党へ政権交代を実現した"LABOUR ISN'T WORKING."という広告キャンペーンがあります。日本語に訳すと「労働者は働いていない。」あるいは「労働党は働いていない。」ということになります。つまり、労働党が政権を担っているのに失業者ばかりじゃないか、労働者は働いてないし、労働党も働いていないでしょ、ということ。

 これは、Saatch & Saatchの躍進をつくった、もはや古典と言われる広告キャンペーンですが、その広告キャンペーンを見て大きな衝撃を受けました。この考え方に基づいて、日本橋三越で「あす10時スタート。」という単純極まりないコピーの広告をつくったりして、それなりの成果もありました。で、この後、Saatch & Saatchの日本法人に入ることになって、こんな広告をつくったりもしました。

 この一連の広告は、1990年後半から2000年まで。その頃の実感としては、私の場合は、よりプリミティブな表現を目指してはいたものの、まだ広告の技法やレトリックは通用していたような気がします。それに、広告業界も、「外資系らしい」という形容のもと、それなりの評価をしていたような感じもありました。

 それが明らかに変わって来たのが、私の感覚では、今思えば2000年に入ってからなんですよね。もう、広告業界で、とりわけ広告クリエーター界隈で評価されているような表現の大部分は、広告としてはもはやきちんと見てはくれないよ、みたいな肌感覚がありました。そして、広告としてみてくれないよ、というこの感覚は、広告よりもっと広い概念である表現としても批評の対象にさえならない、ということとほぼ同じような感覚で、脱広告というポストモダニズムさえ、陳腐な戯れ言に聞こえてしまうような感覚です。

 これは、広告が否定されてきたのではなくて、言ってしまえば、これまでよしとされてきた広告表現のあり方が飽きられて来た、底が見えて来た、裏が知られてしまった、という感覚です。

 ちょうどその時期に、私は広告代理店でクリエイティブ・ディレクターとして働くようになりました。因果なものだな、と思うけれど、気付いてしまったものは、もうしょうがないですよね。他の同業者がこれまでの手法の究極を目指しているときに、私はなんとなく、その方向はもう先がないかもと思ってしまったんですよね。逃げたわけではなく、もうその方向では、広告は広告になれないかもな、という感覚でした。で、こんな広告をつくったり。それが、2003年頃。

 ●    ●

 今週号のSPA!の「エッジな人々」というインタビューで、作曲家で音楽プロデューサーの小室哲哉さんがこんなことを語っていました。

小室 あえて狙わないほうがいいと思いますよ。以前は、プロの作曲家なら、“狙い過ぎ”の曲ってすぐわかったんです。「サビはCMのタイアップ用で、絶対あとからAメロとBメロつけたな」とか。それが今は“一億総ジャーナリスト状態”で、一般の人もそういうことに気づいている。何かに似ているとか、何にインスパイアされたとか、「そんな細かいところまでわかるの!?」って驚かされます。だからごまかせない。当然ですけどね。'90年代までは一般の人が“通”になっているとは感じなかった。みんなが驚いてくれる、喜んでくれるカードを'80年代に僕はいっぱいためてたんです。

ーーーー今、そういうストックは?

小室 ない‥‥っていうと、何もないのかよ!ってなっちゃいますけど(笑)、今は一度ゼロに戻って作ってるっていうことです。僕はもう自分らしさについて考えているだけ。聴いてくれる人がジャーナリスティックに総評してくれればいいなと。ブログやツイッターでも‥‥‥

SPA! 2010年 8月3日号「エッジな人々」より引用

 音楽と広告という分野の違いはあるけれど、時代認識としては、まったく同じような感覚なんですよね。それは、どちらも社会の変容が作用しているわけだから、同じ感覚であることは当然と言えば当然ではあるのですが。

 引用では、これからの小室さんの抱負としてブログ、ツイッターが言及されています。だからといって、読み手が、この社会の変容が、個人メディアとソーシャルメディアによるものだ、と考えるのは間違っています。2000年には、個人メディアやソーシャルメディアは普及していませんでした。つまり、主客が逆なんです。

 2000年くらいから、個人メディア、ソーシャルメディアを受け入れる素地が社会にできた、ということなんですよね。そういう、個人が発信するメディアを受け入れるだけの素地が、いつのまにかできていたということなんです。ただ、それにインフラやテクノロジーが追いつかなかっただけで。

 これは、きっと成熟と呼んでもいいものだと思いますが、その社会の成熟に、音楽や広告が対応できなかったということなのかもしれません。音楽や広告は、人がつくるわけですから、原理的には、人々の変化より少し遅れます。表現には制作というタイムラグがありますし、表現はかなり強い文化の拘束がありますから、変化には相当の痛みが伴います。

 ●    ●

 小室さんは、こう言っています。

今は一度ゼロに戻って作ってるって言うことです。

 それは、音楽に戻るということだろうと思います。であるならば、広告の話にあてはめると、広告に戻るということなんだろうと思うんですね。脱広告ではないはずなんです。なぜなら、脱広告は、メディアの変容にあわせた“狙い過ぎ”の広告に過ぎないとも言えるからです。

 すごく逆説を含む、ややこしい話ではありますが、メディアが多様化し、広告の受容が複雑で細切れになってきたのは、メディアがそうなってきたから、ではなく、社会に、そのきめ細かなメディアを受け入れる素地ができたということです。であるならば、広告が、まさしく広告として機能するためには、“狙い過ぎ”を排除したプリミティブな力を持った広告である必要があるということなのだろうと思います。

 その社会の変容は、例えば、ブログやツイッターはおろか、ネットさえ一切見ない、私の親父でさえ含む変容です。

 なぜこんなことを書いたのかというと、このブログをずっと読んでいただいている方ならわかると思いますが、私がブログにこういうことを書いている、ほんとうのきっかけは、2000年にあって、そのときにはブログやツイッターはなかったということをもう一度、私自身が確認するべきだろうと思ったから。

 メディアの変容の前に、社会の変容があったということ。それは、すでに2000年を契機にしてはじまっていた。そこをおさえておかなければ、その先のすべてを間違えてしまうような気が私はしています。自戒の意味を込めて、もう一度確認しておきたいと思います。つまり、今のメディアの様相は、その変容した社会が求めたものとしての時代に表れたものにすぎないということ。

 「あえて狙わないほうがいい」という時代、という認識が正しいとすれば、その前提は、必然的に2000年を契機とした変化になるはずです。もし、そうではなく、個人メディアやソーシャルメディアの台頭が時代を変化させたとすれば、その帰結としては「細かく狙っていく時代」になるはずで、それは今の複雑化、細分化された広告手法として表れています。

 今の広告を考えるとき、このふたつの論点の対立は、じつはあるのだろうなと、私は思っています。それは、以前のようなメッセージ開発手法のような派手さはないけれど、より本質的でプリミティブな問いかけのような気がしていて、この先、私が考えていく際に、このエントリは、一見地味ではあるけれど、後から振り返ったときに、結構重要なエントリだったんだな、と読み返すエントリになるんじゃないかなと思っています。

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2010年6月27日 (日)

「広告は性格の良い人がやるものではない」について考えてみました。

 リファラで気付いたのですが、Googleで「広告は性格の良い人がやるものではない」を検索すると、このブログの「「タイプ別性格判断」というものをやってみたのですが」という記事がトップに表示されるようです。ちなみに、当該エントリにはその答えは書かれていません。

 それにしても、どういう事情でこんなワードで検索をしたんでしょうね。何か嫌なことでもあったのでしょうか。

 若い広告クリエーターで、上司ができる人かつ性格が悪くて、その上司に自分の企画が通らなくて、そのうえ「君、広告向いてないんじゃないの?辞めれば?」みたいなことを言われて、「あのCDむかつく。性格最悪。だいたい広告なんて性格が悪くないとできないんじゃねえ?きっとそうだ。そうに違いない。」みたいなことなんでしょうかねえ。

 ともあれ、「広告は性格の良い人がやるものではない」というフレーズは妙に気になります。どうなんでしょうね。そんな気もしますし、そうじゃない気もします。でも、「広告は性格が良い人がやるものである」とはちょっと言えないような。

 例えば、純粋にピュアアートが好きで、自分でも絵やらイラストを描いていて、自分なりの美やら価値観を純度の高いかたちで持っていて、そんな自分の能力を広告で活かしていきたいと思っている人がいたとして、その人が広告制作の現場に入ってきたとしたら、たぶんしんどいことになるんじゃないかな、と思います。純粋な人ほどしんどいことになりがち。

 なぜしんどいかというと、広告っていうのは、企業のコミュニケーション活動の一環だから。つまり、原則的にはそこに自分の美や価値観が入り込むすきまがないんですよね。広告制作では、自分の美や価値観、もっと言えば、普遍的な美よりも、広告というものが上位概念に位置していて、あらゆる美は、広告にめいっぱい利用するものとしてあります。ある意味でさみしい考え方かもしれないけれど、広告主はパトロンじゃないから、しょうがないことですよね。

 入り込む隙間があったとすれば、それはたまたま自分の美や価値観がその目的に合致した場合だけ。で、このたまたまの合致が幸福かって言えば、そうとも言えないんだろうなあ、とも思うんです。若くてまだ世の中に名前が出ていない人なら、それは世の中に出るチャンスにもなるでしょうけど、ある程度名前が出ている人なら、自分の芸術が広告に利用されているという苦悩が出始めます。と考えると、若くて名前が出ていない人であっても同じことが、本当は言えるわけで、そう思わなくて済むのは、その人の人生の過程で、たまたま広告に利用されるメリットが勝っていたというだけのこと。

 これは広告だけでなく商業芸術すべてに言えるし、ピュアアートであっても少なからず同じとこが言えるんでしょうけど、その中でも広告は、そんなジレンマが鋭く出てくるものではあるのでしょう。

 だからと言って、自分の美や価値観を一切持たない人が広告でうまく生きていけるのかというとそうでもなくて、そういう人のほとんどは、単に技術のない人として、現場では使いものにならない人になってしまうんだろうなとも思います。

 自分の美や価値観を持っていなければ広告クリエイターとして有能にはなれないけれど、その意識を純化すればするほど、今度は自分の美や価値観と広告との間で引き裂かれてしまう。この矛盾をしなやかに受け流して、その時その時でうまく立ち回っていくことが「性格が悪い」というのなら、きっと「広告は性格の良い人がやるものではない」というのは正解なんでしょうね。

 私はそのあたりをどう考えているのか。

 うーん、どうなんだろう。なんとなくは、その「性格の悪さ」を引き受けるというか、まあしゃあないわなあ、という感じではあるかなあ。私はキャリア的にもディレクションワークをすることが多いのですが、今まで何度か「それはわかる。わかるけど、今、それは関係ないから。非情かもしれないけれど、この広告にそれは一切いらないんです。あなたの価値を否定しているわけじゃないけど、今は、それはいらない。わかってください。」みたいな思いを持ったことがありました。

 私はもともとがCIプランナーだし、表現者としての思いに鈍感な部分もあるのかもしれませんが、それでも、若い頃、自分の価値を否定された気分になったことが一度もないと言えば嘘になります。その時からいくらかの時が経って、若い時の自分に言うとすれば、それは表現者としてのあなたを否定してロボットになれ、ということではなくて、自己表現としての技術と同じくらい、いや、もしかするとそれ以上、広告の表現技術の世界って奥が深いし、繊細なんだよ、ということなんだろうと思います。

 それに、社会と密接に関係するコミュニケーション・アートとして広告を捉えれば、これほど奥の深いものはないと思うし、世の中の変わり目で、今までの広告手法が通用しにくくなって来ている今だからこそ、その技術の磨きがいがあるとも思うんです。

 広告は、基本、作り手の立場で言えば、匿名表現です。コミュニケーションの主体は、企業、あるいはブランド、商品だから。でも、だからこその社会性や社会的意義もあったりして、きっと「広告は性格の良い人がやるものではない」というのは、そのまま、「性格が良い」人ばかりでは世の中は回らないのよ、という意味で、その表現がより大きな社会性を担っているからだ、とも言えるんじゃないかな、なんてことも考えたりします。

 Googleで「広告は性格の良い人がやるものではない」と検索した方がどんな方かはわかりませんが、これが私の答えです。ちゃんとした答えになっているかどうか、自信はないけれど。ではでは。

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2010年6月21日 (月)

「街」を考える。「街」として考える。

 
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 あじさいがいよいよ満開になってきました。あいかわらずへたくそな写真で失礼。Willcom03のカメラには「接写モード」がありましたので、思い出したように使ってみた次第です。ちなみに、このあじさいは私のものではありません。近所のおうちの駐車場に咲いているものです。わりと見事なあじさいなので、通る人が足を止めて眺めていきます。

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 考えてみると、街というものは不思議なもので、よく街並と言いますが、街並を構成するひとつひとつは、誰かの家だったりビルだっりして、その「誰かのもの」が集まって、互いにゆるやかに関係することで、ひとつの「街」という像をつくっているんですよね。

 きっと、この「誰かのもの」が大事なんだと思います。「街」というものの、活気だったり、安らぎだったり、そんなこんなの「街」的ななんだかんだは、この「誰かのもの」が集まることでできている。そんな気がします。

 逆に言えば、ぜんぶ自分のもので「街」を構成したとしても、「街」的ななんだかんだは、きっとつくれないのでしょうね。そこに決定的に欠落しているのは、関係なんだろうと思います。構成と関係は、似ているようで違います。関係は摩擦を生むけれど、構成は摩擦を生まない。これが大きな違いかもしれません。

 そう考えると「街」というものは、ひとつの主体の肥大化した姿ではなくて、様々な主体が関係することでできる、あるひとつの像のことであって、「街」というものは、実体ではなくイメージなのかもしれません。さらに言えば、ひとつの主体は「街」を偽装することはできない。それは、いくつかの都市開発の失敗でも言えることだろうと思います。このあたりに都市開発プランニングのジレンマがあるんでしょうね。

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 これからの広告コミュニケーションでは、「街」をいかにイメージできるかということが重要になってくるのだろうと思います。少し前は、そういうイメージはあまり必要ではありませんでした。新聞やテレビという閉じられた枠の中で、コミュニケーションの効率を高めるだけでよかったけれど、これからは、「街」を意識せざるを得なくなってきます。マスだけを使うにしても、ソーシャルメディアは意識せざるを得ないですしね。

 これまでのソーシャルメディアにおけるプロモーションの失敗は、ある程度は、ソーシャルメディアという場における「街」のイメージの欠落によるものだと言えるのではないでしょうか。

 場を「街」とイメージすることは、じつはひとつの逆説を生み出します。必要になってくるのは、マスメディアでの広告コミュニケーションで求められた「公共」の意識です。ソーシャルメディアでのコミュニケーションを、これまでの文脈におけるBTL(Below the line)と捉えるとダメなんでしょうね。

 ソーシャルメディアは同じウェブでも、自社サイトやバナー広告、リスティング広告とはまったく違っていて、コミュニケーションの「場」が、主体の延長線ではなく(純広告は他人の場所をお金で購入しているという点で主体の延長)、明らかに大勢の人が住む場所に積極的に踏み込んでいくという点で大きな違いがあります。つまり、「街」に出かける感じでしょうか。もしくは、自らが「街」の一部になるということでしょうか。

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 満開のあじさいを見ながら、なんとなく、ああ、こういうことなんだよなあ、と思いました。とともに、こういうことがいちばん難しいんだよなあ、とも思いました。ともあれ、そろそろウェブやソーシャルメディアの特別視というのもなくなってきて、こういう夢のないウェブ広告の話も聞いてもらえるようになってきたという感じはしてきています。

 あと、ソーシャルメディアへの参入を口コミ醸成とからめて論じている傾向があるけれど、口コミを起こすなら、やっぱりマス広告とか自社サイトでのコンテンツが最適だと思うんですけどね。そこが、ここ最近の論調への違和感です。だって、ソーシャルメディアはBuzz発生の「場」にしか過ぎないんですから。口コミサイトだって、もとネタは店舗での読者の体験だったり、試用体験だったりするわけだし。

 Twitterだってブログだって、基本は情報発信。どれだけメディアがインタラクティブになっても、変わるわけはないです。情報発信があって反応がある。その逆はないです。そのあたりは、まだまだ論調が夢見がちというか、整理されていない過渡期な感じはまだまだします。

 「ソーシャルメディアとの距離の取り方」というエントリで書いた問題意識の延長として読んでいただければと思います。お時間があれば、あわせてお読みください。

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2010年5月27日 (木)

ソーシャルメディアとの距離の取り方

 これからはネットの時代なんだよ。

 そんなふうに語られていた頃は、じつはマスメディアとネットという構図をとりながら、その台詞を口にする人の頭の中では、じつは別の構図が描かれていたんだろうと思います。本当は、マス広告とネット広告という構図ではなく、純広告的アプローチと非純広告的アプローチの構図だったりします。純広告ではなく、タイアップ、コラボレーション、口コミなどなどでうまくやれないか、ということだろうな、と。うまくやれないか、という言葉の意味は、安くやれないか、ということなんでしょう。

 マス広告とネット広告ということなら、わりと話は簡単で単純。不特定多数に広く伝えたいのなら、Yahoo! JAPANなどの大手ポータルサイトのバナー広告なんかは、もはやマス広告と言ってもいいだろうし、ターゲットセグメントで言えば、雑誌に出稿するのも、セグメントされたサイトに出稿するのも、手法的にはほぼ同じであって、それほど頭を悩ませることもないんだろうと思うんです。

 でも、頭を悩ませる部分は、こういう部分ではなくて、ネットにはブログやSNS、Twitterなんかで積極的に情報発信し、コミュニケーションを活発に行う消費者がいて、このかつてなかった環境下で、うまくこれを使えないかな、どうすればいいんだろう、みたいな悩みだったと思うんですね。

 この目の前の新しい環境を使って、タイアップやコラボ、口コミなんかでうまくやれないかな、と。うまくいけば、マスメディアの高い媒体費を節約できるし、そのうえ手法的には未来感もあるし、とてつもない可能性を秘めているはずだよなあ、という感じでしょうか。

 一頃、そういう非純広告熱が高まった時期がありましたが、それなりの成功もあり、その一方で失敗もあり、なんとなく、非純広告手法のだいたいの効果がわかってきた時期が今なのではないでしょうか。ネットの側でも、ネットユーザーに金品を支払って、人為的に口コミを起こすような手法は、Googleのペナルティ措置なんかもあり(参照)、ずいぶん下火になってきました。その一方で、ネットをうまく使っている企業もたくさんありますし、ブログで情報発信して人気を得ている企業もあります。

 その多くは、自らソーシャルメディアに普通の人と同じ目線で参加している企業です。参加しないで、ソーシャルメディアを広告にだけ使うというのは、なかなかうまくいかない、という、考えてみれば、論理的にきわめて当たり前のことが、ようやくわかりはじめてきた、というのが今なんだろうな、という印象を私は持っています。

 ソーシャルメディアは、一方通行の従来メディアではなく、個人単位の発信者が双方向でつながり、集合的になって、はじめて括弧付きの「メディア」としてのボリュームを持ち得たのだから、その中で存在感を得るためには、そこから距離をとって、自らがネタになるか、もしくはその中で個人と同じ単位のひとつになるかしかないわけです。

 つまり、少なくとも原理的には、やるか、やらないか、どちらかしかない。やらないで使う、というのはない。やらない、の場合は、ソーシャルメディアが持つ集合的な感性に適合した情報発信によっていいネタになるということが求められるし(まあ、言い方は身も蓋もないけど、それが私がよく言う表現の問題)、やる、の場合は、わかりやすく言えば、個人と同じように、ソーシャルメディアの住人になる、ということが求められます。

 ローマは一日にしてならず、という言葉もありますが、特に企業ブログなんかは特にそうで、地味な更新の積み重ねが成功の秘訣だったりします。個人ブログだって、毎日おもしろいエントリを書くのは大変。企業ブログなら、なおさらです。おもしろいエントリもあれば、それほどでもないエントリもある。そんな淡々とした積み重ねしかないんですよね。それに、炎上とかもあるかもしれないし。それほど過敏になる必要はないかもしれませんし、普通にやればめったなことではトラブルはないし、トラブルがあっても早めの対処で大丈夫だけど、それでも心配する必要がない、というのは嘘だから。

 これ、個人だったらなんでもないことですが、企業にとっては敷居が高いことかもしれないですね。そんなリスクをとれないですよ、というと、ネットでは、遅れた企業として嘲笑のネタになってしまうことが多いですが、でも組織が大きくなって来たら、気軽な発言は慎むべきだというのは、至極真っ当に理解できます。他の人はともかく、とりあえず私は理解します。

 初期費用は限りなくゼロに近いけれど、そのぶん、じつは敷居は高い。しかも、販促情報の発信だけでは、よほどの人気企業でない限り人気が出ないので、メディア的な価値も持ちにくい。それが、企業におけるソーシャルメディアの活用だと思います。継続は力というけれど、そこには、広告表現のようなプロフェッショナルまかせではないコミュニケーションスキルがある程度は求められますし。

 Twitterが盛り上がって、Twitterのビジネスでの活用が増えてきました。いわゆる企業アカウントですね。気軽にできるというのが、企業参加を即している部分もあるのでしょうね。でもね、ブログなんかよりもっともっとコミュニケーションが活発なTwitterは、企業にとっては、上記の理由から、さらに敷居が高いはずなんです。本気で考えれば、相当に高いはず。

 その部分を理解した上で、ソーシャルメディアとの距離の取り方を考えることは、これからの企業活動では必須になるのではないかな、と私は思っています。みんながやっているから、遅れたくないから、やる、というのではなく、既存メディア(ネットメディア含む)に広告を出稿するよりも、コミュニケーションとしては敷居が高いことを理解して、そのうえで、どこまでやれるのかを考えて、その軸をぶらさずに継続していくことが大切なのではないかな、と思います。

 で、そのことさえ明確にすれば、ソーシャルメディアでの情報発信はそれほど難しいことではないと思います。それは、いくつかの実務経験からも言えることです。もちろん、やらないという判断もありだと思いますし、やらないというスタンスでも、ネットにコミットする方法はいくらでもあるわけですし。その部分で工夫をしていけばいいと思うんです。恥じることはない。それが、ソーシャルメディアがある程度育って来た今の、あるべきスタンスだと私は考えます。

 Twitterから、わりと厳し目の商業利用についてのガイドラインが発表されました。まだ未確定な部分もあることを含めて、「はてなブックマークニュース」がわかりやすかったです。

何ができて何ができない?Twitter、タイムラインへの有料広告挿入禁止へ - はてなブックマークニュース

 まだグレーな部分は多いものの、先のGoogleのPay Per Post(ユーザーに金品を支払い一般ユーザーにブログエントリを書いてもらうこと)へのペナルティと同様のベクトルにあるようです。これは、自社アカウントでの広告ツイートを禁止するものではありませんし、そもそも、販促オンリーのツイートは人気が出にくいだけのことですが、身のあるソーシャルメディアの活用をしようと考える企業の方は、ソーシャルメディアが広告に対して、このような認識を持っていることは知っておいてもいいとは思います。特に、敷居が比較的低い小さな企業は。

 せっかくのソーシャルメディアへの参加です。初期費用はゼロに近くても、継続のもろもろを考えればゼロではありません。短期の成果を急ぐあまり、ソーシャルメディアで嫌がられては本末転倒です。マイナスのブランディングだけは避けたいですよね。そのためにも、どうソーシャルメディアと距離を保ちながら付き合っていくのかを考えることは大切です。めんどくさいけど、そのことをきちんやるのとやらないのとでは、2年後、3年後、ずいぶん違ってくるのだろうな、と思います。

 これは、広告の専門家としてだけではなく、ある程度、ソーシャルメディアで情報発信をしてきた個人ブロガーとして思うことです。ちょっと説教臭いかなあと思いながらも、なにかの気付きになればいいな、と思っています。それに、世のTwitter本は、敷居が高いなんて言わないだろうし、そのあたりは、率直に書けるブログの良さでもあると思いますし。

 ではでは。

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