カテゴリー「ビル・エバンス」の17件の記事

2009年11月 9日 (月)

バランス。あるいは、動きつづけるということ。

 なぜ、いつもバランス論に行き着いてしまうのかな、ということを考えていて、もしかするとものごとを三つの項で考えるからなのかな、なんてことを思いました。三つの項で考える限り、そこには強烈な対立みたいなものは生まれにくく、最終的には、その三つの項のバランスを考えることになります。

 例えば、こういう感じです。はじめに、二項の例。

 プライベート
 ソーシャル

 この2の項は、対立関係にあるので、究極的にはそのどちらかを支持し、残る一方と敵対するということになります。それをバランスということもできるけど、加藤典洋さんの著書に「君と世界の戦いでは、世界に支援せよ」というのがありましたが、つまり、そのバランスには、そんな捻れ感があります。

 けれども、ものごとを二項ではなく三項で整理すると、こうなります。用語としては、もしかすると同列にはならないかもしれませんが、ま、そのへんはご愛嬌で。

 プライベート
 コミュニティ
 ソーシャル

 人の生活を考えたとき、プライベートとソーシャルの対立関係で考えるよりも、プライベート、コミュニティ、ソーシャルの三つのモードを行き来すると考えたほうが、私はよりすっきり世界が認識できるように思います。ネットなんかでも、このバランスの問題がいつも問われますよね。

 ●    ●

 話は少し飛びますが、私がなぜビル・エバンスというジャズピアニストに興味があるかというと、音楽というものを、三つの関係というか、三項の運動としてとらえたアーチストだからだと思います。

 ピアニスト
 ベーシスト
 ドラマー

 私はその三項が対等にインプロビゼーションを交換する円環運動を「永遠の三角形」と勝手に呼んでいるのですが、その円環運動を成立させるには、どこかが頂点になって二等辺三角形を形づくると、すぐさま二項対立関係になってしまうので、ある緊張感を持って、運動しつづけるしかないのですね。私は、ビル・エバンスという人を、その「永遠の三角形」というものを、一生かけて追い続けた芸術家であると考えています。

 この緊張感ある持続運動は、少し言葉のニュアンスが違うけれども、バランスとも言えなくもなく、その意味合いでバランスという言葉をとらえると、バランスというものは、とてつもなく困難な行為であるとも言えるかもしれません。

 で、ビル・エバンスが追い求めた「永遠の三角形」が完成したのかというと、これは私は少し疑問があって、もしかすると「永遠の三角形」というものは理念上のもので、本当は成り立たないのかもしれないな、というのが「永遠の三角形」のモチーフだったりもするのです。人は、第三項排除的なものから自由になれるのか、みたいな。

 だから、絶えず動きつづけることを求められるのですよね。ライブ、ライブ、またライブ。ビル・エバンスという人は、言ってしまえば、そんな人生だったような気がします。

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 ブランドメソッドにも、ブランドトライアングルという手法が多くみられるし、そこでのパワーブランドは、そのトライアングルが強度の高い正三角形であることを求めます。

 ミッション
 ビジョン
 ビリーフ

 ここにも、ある種の完璧さを定着させることへの嫌悪感みたいなものがどうしようもなく起るんですよね。現実に動いているブランドって、そんなに割り切れたものではないよ、というような。つまりは、そこで止まったら、すぐに第三項排除の魔の手がやってくる、みたいな感じがするんですね。

 きっと、それがCIというブランド手法の弱点の部分でもあるのだと思います。なんとなく、そこから離れて、もっと泥臭い広告という分野を選んだのは、今思えば、そんな理由だったのかもな、とも思います。

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2008年3月30日 (日)

Miles Davis said

Milesebans_3  「いいプレイをする奴なら、肌の色が緑色のヤツだって雇うぜ。」と急進的な黒人ジャズファンに語ったマイルス・デイビスですが、マイルス・グループで音楽的な意見対立があったとき、唯一の白人プレイヤーであったビル・エバンスが口を挟むと、「おい、黙ってな。オレたちは、白人の言うことなんてききたくないね。」と言って若いエバンスをからかったそうです。マイルスという人はお茶目だし、一筋縄ではいかない人だから、そんな憎まれ口も、世間に抗って採用した白人ピアニストに対する彼なりの親愛の表現だったのでしょうね。

 マイルスという人は、本当に興味が尽きないです。こういうことを書くと、マイルスは白人差別主義者だと思い込む人もいるかもしれませんが、人間が生きている現実は、もっともっと複雑で、私はむしろ、率先してそういう憎まれ口を叩く、つまり、リーダーである自分が言ってしまうことで、他のメンバーが持つかもしれないそうした思考を自ら封じるというマイルスの振る舞いに、エバンスは救われたのではないかと思うのですね。そして、もちろん、マイルスはエバンスの言うことを聞かなかったわけでもありませんしね。マイルスという人は、クレバーな人ですから。

Kind  マイルスとエバンスの競演は、「1958 Miles」と「Kind of Blue」(写真)の2枚のアルバムで聴くことができます。そして、その2枚を聴くと、いかに世間に抗ってまでも、エバンスというピアニストがマイルスにとって必要だったかが分かります。

 マイルス・デイビス、キャノンボール・アダレー、ジョン・コルトレーン、ポール・チェンバース、ジミー・コブ、そして、ビル・エバンス。蒼々たるスタープレイヤーの中の、若手ピアニスト。マイルスは、コード中心のバップイディオムから旋律中心のモードイディオムへ、アップテンポからミディアムテンポへ、というテーマがありました。マイルスが考える、その新しいコンセプトは、残念ながら、彼が率いる一流プレイヤーたちには十分には理解されていなかったような気がします。但し、新進ピアニストであるエバンスを除いては。

 エバンス加入前に、ピアニストのレッド・ガーランドがマイルス・グループを脱退しています。クスリのせいだとも言われていますが、当時、萌芽としてあったマイルスの新しいコンセプトへの違和感も原因だったのではないかと思います。

 ジャズファンにはよく知られた話ですが、「Kind of Blue」に収録されている「Blue in Green」という静謐な名曲は、マイルス作曲とクレジットされていますが、エバンス作曲です。これがマイルス作曲とクレジットされているのは、コード進行の着想がマイルスであったことと、このアルバムに収録の曲をマイルスのフルオリジナルとしたいレコード会社の意向(もしかするとマイルス自身の意向)もあったと聞きます。そして、エバンスは、最期まで自身のピアノトリオで、この「Blue in Green」を演奏し続けました。「マイルスがつくった美しい曲です。」と演奏する前に付け加えながら。

Every_2  ホーン付きのバンドではなく、自身のピアノを中心とした活動をしたいと申し出て、マイルス・グループを脱退します。マイルス・グループ脱退後に制作されたエバンスのアルバム「Everybody Digs」のジャケットには、マイルスの言葉が署名入りで記されています。

 I've sure learned a lot from Bill Evans. He plays piano the way it should be played.   Miles Davis
(ビル・エバンスからは多くのことを学んだよ。彼は、ピアノはこう弾かなければいけない、という弾き方をするんだ。マイルス・デイビス)

 ちなみに、このエバンス脱退は、一般的に白人差別に耐えかねてと言われていますが、それは違うと思います。ひとつは、エバンスが語るように、自身の希望。そして、コルトレーンの手紙によると、エバンスの重度のドラッグ癖のため、マイルスがやむを得ず解雇したとのことです。「Kind of Blue」が録音されたのは、エバンス脱退後。そして、当時のマイルス・グループの正式ピアニストはウィントン・ケリーでした。

 つまり、エバンスが呼ばれたのはこのアルバムのため。死後発見されたコルトレーンの手紙の内容が真実であるとすると(プライベートな手紙ですからそのまま信じるわけにはいきませんが)、ますます、いかにマイルスがこのアルバムの制作にエバンスが必要だったかが逆説的にわかります。

 そして、マイルスはご存知のように、エレクトリック・ジャズという新しい世界を切り開き、エバンスは伝統的なアコースティック・ジャズを深化させていきました。マイルスのはく言葉には、いつもそこにユーモアがあり、たくさんのトラップが仕掛けられています。そして、いつも多くの共感と誤解がつきまといます。そして、エバンスがはく言葉は、愚直です。そして、それは、真理であるとともに、それゆえの嘘がつきまとっています。

 たった2年ほどですが、この対照的な2人の芸術家が深く関わった偶然は、彼らの後に生まれ、彼らの人生を俯瞰的に見ることができる私の特権からの視線ではあるけれど、歴史は必然なんじゃないかと思わせてしまうのです。私は、歴史は必然の流れだとは思わないけれど。

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2008年3月18日 (火)

もし、ビル・エバンスのあのセッションが月曜日だったら。

 もしかすると、私はビル・エバンスを聴いていなかったかもしれないというお話。蔵書を整理していたら、2001年に出版された「文藝別冊 総特集ビル・エヴァンス」というムック本が出てきました。うれしい。この本の存在を長い間忘れてました。で、つらつら読んでいると、ポール・モチアンのインタビューが。話題はもちろん、かのビレッジ・バンガードのライブについて。あのライブのギャラは1晩で、ひとりあたりたったの10ドルだったそうです。

 「バンガード」ではよく演奏したもんだ。時には人が少なくてめげてしまったこともあるけどね。こんなこともあった。二セット目が終わってもうお客さんがほとんどいなくなってしまった。そこでビルがオーナーのマックス(・ゴードン)に言ったんだ。今日はこれで終わりにしたいんだけど、ってね。そうしたらマックスが、まだ三人いるじゃないか、帰っちゃダメだよ、って慌てていたのがおかしかったね。(聞き手・構成:小川隆夫)

 へえ、そうんなんですね。ポール・モチアンの話し方は、なんとなく落語家っぽいところがあるので、湿りがちのあの頃の話も、ユーモアがあっていいんですよね。スコット・ラファロを失って落ち込むエバンスについて「ぼくとしてはほうっておくしかなかったよ。」と語るポール・モチアン。そのあっけらかんとした明るさの中に、きっと現実というものの本当の姿があるんでしょうね。

 あのライブ録音、ビル・エバンス・トリオのバンガードでの初単独ライブだったそうです。その日が日曜日だったこともあり、オーナーのマックス・ゴードンはしぶしぶ録音を許したそうです。日曜日はお客が少なく、ジャズのライブハウスは暇なんですね。あのCDをよく聴くと、客は聴いてないんですよね。おしゃべりばっかり。へんなタイミングで笑い声が聴こえるし。

 もし、あのライブが月曜日だったら、マックス・ゴードンは録音を許してなかったかもしれない。そう考えると、あのライブ盤はなかったかもしれない。そう思って聴くと、ああ日曜でよかったなあ、としみじみ思います。しかしあれですね、このアルバムは何度聴いてもいいですね。グルーブが瑞々しいんですよね。熱い、でもなく、激しい、でもなく、瑞々しい、という表現がぴったりのような気がします。柔らかくしなやかな筋肉をもった若い人が、気持ちよく走るときの感じ。なんか、もうちょっといい表現はなかったかな、とも思いますが。

 ラファロの死後、抜け殻のようになったエバンスから、モチアンに電話がかかってきます。「チャック・イスラエルって知っているかい。」そして、エバンスは再びモチアンとともに活動を始めます。当時、エバンスは借金まみれになっていたそうです。薬ですね。ジャズマンにはありがちな話です。「こうして、ぼくたちは次の時代に向けて新しい一歩を踏み出したのさ」と話すモチアンって、ほんとにいい感じ。ドラムの音と一緒です。モチアンのドラムって、暖かくて、ふわっとした包容力がありますよね。このおじさん、私は大好きです。

 

注:このエントリの中で、あのセッションとか、あのライブ録音とか言っているのは、「Waltz for Debby」と「Sunday at the Village Vanguard」のことです。リンク先で視聴(Real Player)できます。聴いたことがないひとは、だまされたと思って一度聴いてみてくださいな。ロックな人でも案外すんなり聴けると思いますよ。とくに、ジャズを食わず嫌いな人は、この2枚から聴き始めるといいと思います。


参考:The Village Vanguard Web Site

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2008年2月26日 (火)

私はなぜピアノトリオが好きなんだろう。

 というタイトルを見て、そんなもん知らんがな、と思った方もいらっしゃると思いますが、「私の興味は世界の興味」と勘違いできるところが個人メディアたるブログだと思うので、書いてみたいと思います。って、前段がくどいですね。

 MacBookのiTuneの中にもピアノトリオがたくさん入っています。ビルエバンストリオとか、ビルエバンストリオとか、ビルエバンストリオとか、ビルエバンストリオとか。でも、本当は、キースジャレットや、バドパウエル、セロニアスモンク、ハービーハンコックなど、一応一通り入っていますけどね。最新のものでは上原ひろみも入っています。

 なぜか今日は、昼飯を食べながら、歩きながら、電車に乗りながら、仕事をしながら、なぜピアノトリオが好きなのかばかり考えていました。思いつく理由としては、ベースが活躍しているから、というのがあります。私は、大学のときにベースを弾いていて、普通のコンボだと律儀に4ビートを刻んで、スィンギーなリズムをつくるのに専念するベースが、ピアノトリオだと、とたんに自由になるんですね。同じ楽器なの、というくらい生き生きとします。

 私は、ジャズにおいて、ベースをリズム楽器という呪縛から解放したのは、ピアニストであるビルエバンスではないかな、と思っていて、確かにスコットラファロはエバンストリオで自由奔放に弾いていましたが、それはリーダーであるエバンスあってのことだろうなと思うんですね。ラファロは、エバンスと出会う前は、わりとオーソドックスなランニングベースを弾くベーシストだったそうです。

 でも、この理由はいまいち違うなと思うところもあります。ベースが活躍するという意味ではポールチェンバースのリーダー作「BASS ON TOP」なんかがありますが、あのアルバムは見事だなあと思うものの、それほど大好きという感じではないのですね。

 ピアノが好きだから、という理由は少しあるかもしれません。私はピアノは挫折していますので、ちょっと複雑な気持ちを持っています。ピアノが上手に弾けるというだけで尊敬してしまうような卑屈さもあって、ああ、なんか情けないよなあ、俺、なんて思うこともあります。でも、だからといって、ピアノソロはそれほど聴く訳でもないしなあ、なんて思ったりもしました。

 でたどり着いた結論。

 やっぱり、ピアノトリオという形式には、すごく余白があるから。

 とりわけ、ビルエバンスのようなインタープレーを重んじるピアノトリオの場合は、間合いというか、音と音のあいだの空間が聴こえてくるんですね。沈黙も聴こえると言いますか、ああ、今この空間で、ピアニストとベーシストとドラマーが会話しているんだな、というのが分かるんですね。それも、3人というのがちょうどよくて、2人だと、どうしても恋愛とか尊敬とか敬愛とかが前に出過ぎて、それはそれでスリリングではあるんですが、ピアノトリオの持つあの感じとはちょっと違う何かになります。4人だと、バンドっぽくてこれもちょっと違う感じです。

 すこし前に、ある輸入車のラジオCMで、ピアノトリオにフリージャズっぽい演奏をしてもらって、それを別々のチャンネルで録音して、それを順番に流して、最後に合体させるという企画をやったことがあります。それぞれのプレイヤーには個別に部屋に入ってもらって、ヘッドホンでお互いの音を聴いてもらうという感じで録音しました。

 そのとき感じたのは、会話しているんだなあ、ということでした。あわせて聴くときちんとした音楽になっているのですが、それぞれのパートを別々に聴くと、音にところどころ沈黙があって、不思議な感じがするんです。まるで、相手の息づかいを確かめているかのような緊張感がありました。企画のときにも、それは頭の中では想像していたんですが、やはり聴いてみると沈黙の持つ迫力が違いました。

 その沈黙の美しさを聴くためには、できればいい再生機で聴く方がいいのでしょうね。普段はMacBookにBOSEのPCスピーカーをつないで聴いていますが、いつの日かこんないい音響で「Bill Evans at the Montreux Jazz Festival」を聴いてみたものだなあと思っています。

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2007年12月16日 (日)

かつて、ビル・エバンスがアメリカの片隅で日本の芸術のことを書いたように。

 ビル・エバンスは、自身がピアニストとして参加したマイルス・デイビスのリーダーアルバム『カインド・オブ・ブルー』(1959年)のライナーノーツに文章を書いています。このアルバムは、ハードバップ全盛時代に、モード手法といった新しい音楽理論のジャズへの適用など、新しいチャレンジに満ちた、現代ジャズを考えるとき、決して外すことができない、とても重要な記念碑的な名盤。すごくクールで美しい音楽に満ちています。ぜひ、聴いてみてください。ジャズを知らない人でも、聴きやすいと思います。エバンスの書いた文章の出だしの部分を引用します。

Improvisation In Jazz by Bill Evans
 
There is a Japanese visual art in which the artist is forced to be spontaneous. He must paint on a thin stretched parchment with a spacial brush and black water in such a way that an unnatural or interrupted stroke will destroy the line or break through the parchment. Erasures or changes are impossible. These artists must practice a particular discipline, that of allowing the idea to express itself in communication with their hands in such a direct way that deliberation cannot interfere.

 
(私訳)ここにひとつの日本絵画がある。その絵画において、描き手は、無意識であること、自然であることを強いられる。ごく薄くのばされた紙に、特別な筆と黒い水を使って描いていくその絵画では、筆運びが少しでも不自然だったり失敗したりすれば、たちどころに線は乱れ、紙は破れてしまう。そこでは、もはや消去や修正は不可能なのだ。描き手は、特別な鍛錬を積まねばならない。自らの手と交感しながら、頭の中に生まれた着想を瞬時に紙の上に定着するために必要な特別な鍛錬を。

 この日本絵画とのアナロジーから、若き白人ジャズマンであるビル・エバンスは、ジャズにおけるインプロビゼーション(即興)の概念を語っていきます。西洋音楽の素養を持つエバンスはきっと、西洋音楽の建築的な構築性のアンチテーゼとしてのジャズのインプロビゼーションを、西洋絵画の建築的な構築性のアンチテーゼとしての日本絵画に、その構造的な同一性を見いだしたのでしょう。エバンスの音楽に魅せられる日本人としては、この文章は誇らしくもあり、日本人がジャズを語る(あるいは演奏する)意味みたいなものを与えてくれます。一気に、エバンスに親近感が沸くというか。なんか、単純にうれしいですよね。

 エバンスが、当時のキャリアと照らしあわせてみて、少しばかり背伸びした文章を書いた背景には、当時のジャズという音楽を取り巻く空気があったとのことです。それは、ジャズは黒人だけの文化であり、芸術であるという空気です。(詳しくはこちらのエントリーをご参照くださいませ。)要するに、白人であるエバンスは、ジャズを音楽性や芸術性のコンテクストに引き戻したかった、みたいなことです。

 マイルスにとって、エバンスという白人ピアニストを起用するのは勇気のいることでした。それにエバンスは、若いときは無口で少し暗めで繊細な「硝子の少年」だったそうです。録音の時も、少し毒舌気味のマイルスは、そういうエバンスの緊張をほぐすために、よくからかっていたそうです。そんなエバンス青年の少し背伸びした、そして当時の空気を考えると少し勇気のいったに違いないこの文章を自らのリーダーアルバムに掲載するマイルスもなかなかなもんだなあ、と思います。マイルスが、この文章を読んで「エバンスらしいよなあ」と頬を緩ませている姿が目に浮かびます。

 少し話は脱線しますが、エバンスは、通説によれば、急進的な黒人運動家たちのバッシングにあって、マイルスバンドを脱退します。エバンスとマイルスは、その後、演奏家としては交わることはありませんでした。エバンスは、アコースティックジャズを貫き(中期にはローズを使った妙なアルバムもありますが)、マイルスはエレクトリックジャズの先駆者になりました。お互いに才能と個性のあるジャズマンですから、啓して遠ざかるという感じなんだろうなと思います。

 でも、ああいう陽性な性格のマイルスですから、いろいろやんちゃなエピソードもあったようで、例えば、『モントルージャズフェスティバルのビル・エバンス』で共演したドラマーのジャック・ディジョネットは、このライブの直後にマイルスに引き抜かれます。マイルスらしいなあ、と思います。マイルスは子供っぽい無垢さがある人ですからね。エバンスはああいう性格ですから「まあ、マイルス兄さんが引き抜かはったんやからしゃあないわなあ」みたいな感じだったんではないかと想像します。でも、エバンスファンとしては、あと3枚くらいはゴメス、ディジョネットのエバンストリオを聴きたかったなあ、と思うんですがね。歴史にたらればはないですけど。

 それにしても、訳してみて思ったのは(本当は全文を訳してみようと思ったんですが、力尽きました。いい文章なので、それは追々やっていきます。)、彼が残した書き言葉には、やはり孤独なひとりの人間としてのビル・エバンスが見えますね。特に、それが書かれた状況や背景に思いを馳ながら読むと。インタビューにはない書き言葉の特徴ですね。

 思考(=書き言葉として現れるもの)というものは、本質的に孤独なものなんだろうと思います。そんなことはこの英語の原文には少しも書かれていなかったのであれですが(笑)、なんとなくそんなことを読みとってしまいました。私にとって、ブログを書くことは、ログを重ねるという時間の連続性の中で、孤独な思考を書き綴って、自分自身の成長の糧にするというか、そんな感じです。48年前のビル・エバンス青年の孤独な思考に、48年後の日本の片隅でブログに書き言葉を綴る私は、ほんの少しだけ勇気づけられた気がします。

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2007年11月15日 (木)

疲れたココロに効く音楽。

 12月立ち上がりキャンペーンの制作で、ここ最近にはないほど忙しい日々をすごしています。まあいろいろとうまくいかないものですね。制作物がどっとあって、ひとつひとつが手を抜けないものだらけで、おまけに納期まで時間がない。いやあ、参りました。いろいろ愚痴りたいこともあるけれど、やっぱりブログじゃそれは無理。タイトルに偽りあり、ですね。でもねえ、やっぱり愚痴の醍醐味はリアルですよ。やきとんをつまみながら、ホッピーで、愚痴って、愚痴って、愚痴りまくる。ナカミ(ホッピーに継ぎ足す焼酎のこと)もう一杯ね、なんて時間もないんですな、これが。

 まあ、そんなときは、お気に入りの音楽を聴くのがいちばんです。好きな音楽を聴きながら、ほけーとすると、まあ、明日もなんとかなるかな、なんて気になるから不思議です。

 この前、マイルスの言葉をタイトルにしたエントリを書いたけど、そのとき「はてブ」のコメントを見てたら、マイルスなのにビル・エバンスカテゴリーって、みたいなコメントがあって、思わず笑ってしまいました。今回のエントリも、エバンスの話じゃないけど、エバンスカテゴリーにしときます。それに、薄くですけど、エバンスに関係ありますしね(笑)。それと、これを機会に、エバンスカテゴリーのエントリでも読んでみてくださいませ。いいですよ、ビル・エバンス。

 で、疲れたココロに効く音楽。私の場合、ミッシェル・ペトルチアーニの「Looking up!」という曲なんですね。ミッシェル・ペトルチアーニというジャズピアニストは、エバンスの影響を色濃く映すフランスのピアニストで、音楽性はエバンスほどは思索的ではなく、どこか明るくカラッとした感じがありますね。日向の明るさというか。でも、ラテン的な感じでもなく、あくまでエバンス派の音です。明るいエバンスと言ったらいいんでしょうかね。1999年にお亡くなりになっています。享年36歳でした。

 この方は、先天性の障害を持っている方で、身長が1mほどしかなく、20歳くらいしか生きられないと医者からは言われていたそうです。あと、フランス人ではじめてブルーノートレーベルと契約した人でもあります。フレンチジャズというとイージーリスニングっぽいジャズが多いのですが、ペトルチアーニの場合、まったく違います。人によっては、エバンスの後継者と呼ぶ人もいます。エバンスもそうですが、やはり繊細な音を奏でるピアニストは日本では人気が高く、来日も多かったそうです。

 「Looking up!」という曲はオリジナルで、すごくやさしいメロディで誰にでも親しめる曲です。いつも私が書いているエバンス論で取り上げる難解な曲ではなく、ほんと簡単で単純。どんな人もきっと好きになると思います。なんの理屈もないし、ただただ元気になるんですね。いい曲だなあ、と思います。

 ペトルチアーニの中では、彼のメジャーなヒット曲という感じで、4ビートではなく16ビート。いわゆる、みんなが楽しみにしている十八番というとこですね。カシオペアなら「ASAYAKE」、スクエアなら「トゥルース」みたいな感じの曲ですね。ウェザーリポートなら「バードランド」。ナニワエクスプレスなら「ビリービン」。プリズムなら「カルマ」。ジョージベンソンなら「ブリージン」。渡辺香津美なら「ユニコーン」。日野皓正なら「ピラミッド」。渡辺貞夫なら「オレンジエキスプレス」。ハービーハンコックなら「ウォーターメロンマン」。チックコリアなら「スペイン」。もう、いいですか、そうですか。

 この曲、スタジオ録音バージョンは、フュージョン風で、ストリングスとかが入っています。でも、私のおすすめなのは、アコースティックのトリオバージョン。YouTubeにいい感じのライブ映像がありましたので、ご紹介しておきます。

Michel Petrucciani - Looking Up - live JazzBaltica

 ね、ほんとに親しみやすいメロディでしょ。難しいことを何にも考える必要がない。

 ああ、今日は天気がいいなあ。ほら見てみてよ、あの雲。パンみたいなカタチしてるよね。おいしそうだね。あっ、そうだ、そろそろお昼にしない。あの雲見てたら、お腹すいてきちゃった、みたいな。いいなあ、こういう理屈抜きのしあわせ感。

YouTubeのリンクについての追記:
私はYouTubeでいろいろな音楽を楽しんだり、紹介したりするかわりに、気に入ったものは、著作権者のメリットになるように、なるだけ買うようにしています。このへんのグレーゾーンって難しいですね。たぶん、これからネットは「等価交換」という概念が重要になってくるような気がします。それは、またのちほど。

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2007年11月 9日 (金)

「いいプレイをする奴なら、肌の色が緑色の奴でも雇うぜ」 by Miles Davis

 ビル・エバンスというピアニストの生涯を振り返ると、マイルス・デイビスというトランペッターは非常に重要な人物として登場します。エバンスとマイルスが出会わなければ、ジャズにモードというムーブメントは起きなかったかもしれません。エバンスは、マイルスからモードを吸収し、マイルスはエバンスからモードの発展の契機をもらいました。

 1959年、マイルスは若き白人ピアニスト、ビル・エバンスを起用し、名盤「カインド・オブ・ブルー」を発表します。その音楽性の高さは、またいつか論じてみたいですが、ここで触れるのは違う話題です。当時、ジャズは黒人の魂だと思われていました。とりわけ、アフリカ系アメリカ人にとっては、その気持ちは強かったのです。それは、今もそうですね。当然、若き白人ピアニストであるビル・エバンスを起用したマイルスには、激しい批判が浴びせられます。どうして、黒人の魂であるジャズに白人を起用するのか。マイルスよ、おまえは白人なのか。俺たちは、おまえを誇りに思っていたのに失望したぜ。そのとき、マイルスは毅然と言ったのです。

 「いいプレイをする奴なら、肌の色が緑色の奴でも雇うぜ」

 私は、この言葉が大好きです。もちろん、差別される側が差別するという複雑な状況におけるマイルスの毅然とした態度に対する敬意もありますが、もうひとつ、私はこの言葉からすぐれた音楽をつくるという「目的」に対する純粋な態度を読み取るのです。

 私たちは、知らないうちにある行為に対して、その行為の目的以外の目的を持ってしまうことがあります。私にとって身近な例をあげると、いい広告をつくるという目的が、いつのまにか制作者にとっていい広告「作品」をつくるという目的に変わってしまったり。かわいい些細な例では、いい仕事をする目的のために打ち合わせたり話し合ったりすることが、打ち合わせたり話し合ったりすることを楽しむことが目的になってしまっていたり。

 不愉快な状況に対する違和感は、それを分析してみると、結構、「あっ、こいつ目的が違うな」ということから起因することが多く、私自身の失敗や醜い行為の原因を探ってみると、そうかあのとき私は目的を違うのもにしていた、と気付くことが多いのです。虚栄心だったり、顕示欲だったり、取り繕いだったり。

 マイルスは、すぐれた音楽をつくるという目的を、黒人の地位向上という目的に摩り替えませんでした。そして、彼は、音楽家であるひとりの人間として黒人の地位向上に貢献したのです。エバンスがグラミー賞を獲ったとき、マイルスは怒りくるって会場を後にしたという噂話をジャーナリスト達は書き綴りました。黒人と白人という文脈で面白おかしく。そのとき、エバンスは、そのことについて尋ねたインタビュアーに対して、私とマイルスの音楽的交流を知っている人なら、そんなことがあるはずはないとわかるだろう、と答えています。

 私が好きな音楽家は、すべて音楽をつくるという目的を、音楽以外の目的にすり替えることをしなかった音楽家です。私が好きな人間も、ある行為の目的を、違う目的に頑ななまでにすり替えない人です。私は、そこまで完璧に生きている自信はありませんが、彼らのように生きたいと思います。たとえそのすり替えられた目的が正義であろうと、基本的に目的のすり替えは、駄目なことであると思うのです。明確な理由は分からないけれど、少なくとも、私には、不快で薄汚く感じるのです。目的に対して純粋であり、忠実であること。それが人間の価値を決めると私は信じています。

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2007年10月28日 (日)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(10)

 ビル・エバンス・トリオの音楽を「三項関係の音楽」ととらえようとするのが本稿の狙いなのですが、ピアノトリオに限定して話をすすめると、大きく二つに分けられるのは、これまで話した通りです。つまり、リーダーであるピアニストとリズムセクションであるベース、ドラムの「二項関係」と、ピアノ、ベース、ドラムがそれぞれ対等な「三項関係」です。

 で、この「三項関係」は、力関係が対等な場合、正三角形を描くと思いますが、必ずしもビル・エバンス・トリオはそうではありません。これは、ビル・エバンスという音楽家の全生涯を俯瞰できるリスナーという特権的な立場だからこそ言えることですが、それぞれの時期で三点は様々な力関係を示していように思えます。初期と晩期ではまったく違うように私には思えます。では、やはりビル・エバンス・トリオは「二項関係」を超えるものではなかったのか。私は、そうではないと考えます。

2007y10m28d_211255421  要するに、「三項関係」を指向するということとは、三点を円周上に規定し、その三転が絶えず動き続ける「運動」なのではないかな、と思うんですね。なんとなく上手く言えていない気がしますが。図にするとこういうイメージでしょうか。理想として想定される正三角形は、「運動」におけるほんの一瞬でしかなく、もしかするとそれは、仮想される理想にすぎないのではないか、と考えます。また、「三項関係」であり続けるには、三点が絶えず互いの位置を注視しつつ動き続ける必要があり、動きを止めるとき、それは「二項関係」に収斂してしまう、そんな緊張感のある関係です。

 根本的に考えれば、三項というのは平面を構成する最小単位であり、これを私は、社会的関係を構成する最小単位でもあるのではないかと思うのですね。そして、この社会的関係(ほんとは関係と言い切ってしまいたいのですが)は、絶えず二項関係になりたがる。動きを止めたとき、すぐに平面=社会的関係ではない別の何か、それを、第三項排除理論では「暴力」なのでしょうが、そういうものに転化してしまうのではないかと思うのです。平面=社会的関係が、我々の日常であるとすれば、その平面性の破壊こそが、暴力のメカニズムであり、その暴力性というものは、ある意味権威でもあるので、見方を変えれば非常に安定感のあるものでもあるのでしょう。それは、もしかすると、いちばん居心地のいい世界であるのかもしれません。

 ジャズという芸術の過程において、ビル・エバンス・は、明らかに伝統とか権威の破壊者ではあったと思います。しかしながら、それは、所謂フリージャズムーブメントのように、モードジャズムーブメントのように、あるいはエレクトリックジャズムーブメントのように、あからさまな破壊のあり方ではありません。西洋音楽理論及びジャズ理論の延長線上にあり、しかも、その音楽は、スタンダード曲の解釈というジャズの伝統に則っています。しかし、そのビル・エバンス・トリオの目指す音楽の態度は、これまでの伝統とか権威を内部から徹底的に破壊するものであったと私は思います。

 その革命の精神は、キース・ジャレットというピアニストによって見事に継承されているような気がします。そして、正三角形への希求の強度は、私から見ると、キース・ジャレットの方が数段強く、もしかするとそれ以上は、人間の精神では限界ではないかと思うほどです。ジャック・ディジョネット、ゲーリー・ピーコックというエバンス共演者とともにするトリオが、キース・ジャレット・トリオではなく「Standards」であることからも、それは読み取ることができるような気がします。

Bill Evans Trio  Autumn Leaves
STANDARDS Autumn leaves

■『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート
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2007年10月26日 (金)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(9)

 『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノートをしばらく書いていませんでした。いろいろ混乱することも多く、思い描くビジョンに迫れないでいます。簡単に言えば、ハードバップ全盛の頃は、たとえそれがピアノトリオであっても、ピアニストというリーダーを頂点とする二等辺三角形にすぎなくて、完全に三点が等価な三角形ではなかった。しかし、ビルエバンスというピアニストは、完全な三角形を目指し、自身のピアノトリオ芸術を完成させようとした。それは、しばしば、インタープレイと呼ばれるものである。で、ビル・エバンスが完全な三角形を、ジャズにおいて初めて完成させたと言いたいところなのだが、根源的に考えた場合に、そもそも完全な三角形は本当に可能なのだろうか、という問題意識とともに、ビルエバンスの生涯の芸術の詳細な記述により、ビル・エバンスの芸術の本質とともに、第三項排除という理論に見られるような、二項関係による暴力の発生メカニズムを超える、緊張感のある三項関係の新たなる評価をしてみたい、みたいなことなのですが、書いている本人もわかったようなわからないような感じで、ここ20年間もやもやしっぱなしです。

2007y10m26d_203209152_2  図にするとこんな感じですかね。バド・パウエル・トリオの場合は図1のような感じになります。天才ピアニストであるバド・パウエルについていくことができる凄腕リズムセクションという感じです。これは聴いていただくとすぐに分かると思います。YouTubeから引用しますので、聴いてみてください。
Bud Powell - Shaw Nuff
 しかし、すごい時代になりましたね。著作権上の問題はあるかと思いますが、こういう感じで文章は今まで絶対に書けなかったですから。こうして引用することがいいことがどうかはグレーですが、私はこうしたことでまたバドを知らない人がCDを買ってくれるきっかけになると信じて、引用しています。

2007y10m26d_205423994  一方、ビル・エバンス・トリオの場合は図2のようなイメージです。もっとも、これはビル・エバンスがこの図のようなことを目指したということで、それが完全な形で実現できたかどうかは神のみぞ知るという立場が、この『永遠の三角形』の立場ですが。この図のベースをエディ・ゴメスに、ドラムをジャック・ディジョネットにしたのは、私は、この三点が等価な三角形が奇跡的に成立したのが、このトリオのたった1枚だけの音源『モントルージャズフェスティバルのビルエバンス』だけだと考えているからです。残念ながら、このトリオでの映像はYouTubeにはありません。しかし、エディ・ゴメスの演奏する映像はありますので、引用します。なんとなくイメージはつかめるかと思います。
BILL EVANS TRIO LIVE IN OSLO 1966 - VERY EARLY
 この「Very Early」はエバンス作。エバンスの曲は、わりとメロディが難しい曲が多いのですが、この曲と有名な「Waltz for Debby」だけは別格で、非常に難解なコード進行でありながら、メロディが親しみやすく美しいですね。「All The Things You Are」と同じ5度下降進行で、こちらは3拍子になっています。ちなみに4度上昇進行は「Autumn Leaves=枯葉」が有名で、様々な曲に使われています。(とここまで書いて、これでよかったでしたっけ?)で、もう一曲。非常に美しいスタンダード曲です。エバンスのステラは珍しいですね。エバンスだと、マイルスのリーダーアルバムが有名ですね。
Bill Evans Trio - Oslo '66 - Stella By Starlight
 しかし、美しいですね。出だしのヴォイシングなどは、どう言ったらいいんでしょうか。ゴメスのベースも、いいですね。この頃のエバンスは、まだ穏やかなピアノソロを弾いていて、あのラファロ、モチアンの時期を彷彿させます。

 このエディ・ゴメスとの時代は、じつは、エバンスとゴメスのデュオと、ドラマーという二項関係的な傾向が強く、ゴメス時代の晩期のアルバム「モントルーⅢ」では、ついにデュオの演奏になってしまいます。その中で、今ではキース・ジャレットのStandarsで有名なジャック・ディジョネットとのトリオだけは、少し違うのです。少しでも気を緩めるとすぐに崩壊してしまいそうな緊張感の中、奇跡的に完全な三角形の「永遠」が垣間見えたような気が私にはするのです。鑑賞音楽としては、多少饒舌で、緊張感がありすぎるきらいがありますが。

 この『永遠の三角形』を読んでいただいている方には、もう耳にタコみたいな話かもしれませんが、有名なラファロ、モチアンとのトリオは、ゴメス時代とは逆に、モチアンをリーダーシップ(まとめ役)にした二項関係のような気がします。モチアンがドラム、チャック・イスラエルがベースの「Blue in Green」。すごくレアな映像です。ラファロではないですが、モチアンがまとめるトリオであることが少し分かるかもしれません。
Bill Evans Trio ( Rare ) 1962 'Blue in green'
 ドラムを中心に聴いてみると、また違った角度でエバンストリオを楽しめるかもしれません。で、今のモチアンです。彼は、自己のバンドではピアノレスなんですよね。自分の頭の中では、いつもビルのピアノが響いているから、と言っていたのを覚えています。
Paul Motian Eletric Bebop Band, Brasil 2002
 なんとなく、ビル・エバンス・トリオの匂いがしますよね。本質的な意味でのエバンスの継承者は、ポール・モチアンではないだろうか、という気もするんですね。

 最後に、エバンスの最後のトリオ。エバンスは、このマーク・ジョンソンがベース、ジョー・ラバーバラがドラムのトリオのことを、ラファロ、モチアンのトリオを超える最高のトリオであると言っていました。確かに、非常に素晴らしく感動的な演奏には違いありません。エバンスは、この時期、「The Days of Wine and Roses=酒とバラの日々」を好んで演奏していました。たぶん、自分の死期を悟っていたのでしょう。肝臓がほとんど限界だったそうです。最期の演奏では、指が腫れあがり、ほとんどピアノが弾ける状態ではなかったそうです。
 エバンスの言葉を信じるならば、彼が追い続けた「永遠の三角形」は、この映像にあるはずです。しかし、私には、若い2人と、若い演奏家を見守るジャズの巨人であるビル・エバンスの二項関係にどうしても思えるのです。第三項排除の理論を借りて言えば、エバンスを敬愛する若き演奏家が、尊敬、敬愛といった美しい人間の感情によって、エバンスを排除したというか。少し意地悪な表現ではありますが、別にネガティブな意味ではなく、そうして特別な者として愛するという行為は、それは一面ではいい意味の排除であるはずです。そういう風な排除という行為こそが、尊敬という行為の構造なのではないでしょうか。
Bill Evans Trio - The Days of Wine and Roses
 幸せそうなエバンスの表情と走るピアノのメロディ。疾走感があるんです。猛スピードで自分の死へ向かって走るエバンスを、若い二人が必死になって追いかけているかのようです。もうこの頃のエバンスは、若い頃のように、まるでピアノと同化するかのような前傾姿勢はとっていません。悟りというものがあるとすれば、悟りの後の明るさとはこのようなものではないか、と思います。そして、エバンスは、これが「永遠の三角形」であると思っている。しかし、それはもしかすると「永遠の誤解」かもしれない。私は、そこに芸術の底知れない残酷さと美しさがあると思っています。

■『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート
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2007年8月28日 (火)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(8)

■ポール・モチアンの『BILL EVANS』

Billebans ポール・モチアンは、1990年に日本のポリドールから、その名も『BILL EVANS』いうビル・エバンス・トリビュートアルバムを出しています。ドラム、ポール・モチアン。ギター、ビル・フリーゼル、テナーサックス、ジョー・ロヴァーノ。これは、当時のポール・モチアン・トリオのメンバー。そして、ベースが、ビル・エバンス・トリオ最後のベーシストである、マーク・ジョンソン。このアルバムは、日本のポリドールが出していることからも、たぶん、企画自体はポリドールのものだと思います。

 この編成に、私はポール・モチアンの複雑な心境を感じ取ります。彼名義のレギュラートリオが、ベースレス、ピアノレスで、ドラム、ギター、サックスという変則的な編成のトリオであり、エバンスに捧げるアルバムがトリオではなく、ベースをプラスしたカルテットなのです。何かで読んだことがあるのですが、ポール・モチアンは「私は、私の率いるグループではピアニストはいらない。なぜなら、私の心の中でビルのピアノが響いているからだ。」と言っていました。しかし、本当は、彼の心の中で響いていた音は、ビル・エバンスとスコット・ラファロなのだと思います。

 彼が率いている「ポール・モチアン・トリオ」そのものが、じつは、ビル・エバンス=ビル・エバンス・トリオのトリビュートなのだと私は思うのです。そして、世界でただひとり、ビル・エバンス・トリオを継承できる音楽家である自負が彼の中にあると私は思います。

 ビル・フリーゼルというギタリストは、ボリュームを使って(ギター特有のアタック音をカットする、もしくは、減音することで、ピアノのようなハーモニーを出せる)、ビル・エバンスの生き写しのようなハーモニーを奏でる個性的なギタリストで、『BILL EVANS』の熊谷美広氏の解説によれば、最後のビル・エバンス・トリオとの共演し、彼はビル・エバンスとのデュオアルバム『アンダーカレント』のギタリスト、ジム・ホールの愛弟子だったそうです。

 日本からビル・エバンス個人のトリビュートアルバムを出す企画を依頼されたとき、彼のレギュラートリオではなく、ベーシストを入れたカルテットである必然があったのだろうと思うのです。なぜなら彼は、ビル・エバンス個人ではなく、ビル・エバンス・トリオの音楽を継承しているのだから。しかも、ベーシストは、ラファロの幻影を排除できるベーシストでなければいけない。それは、逆説的ではあるけれど、マーク・ジョンソン以外にないのではないか、と私は思います。その複雑なねじれ方が、ポール・モチアンの美学なのでしょう。

 このアルバムは、数あるビル・エバンス・トリビュートアルバムの中では、傑作だと言ってもいいと私は思っています。全曲、エバンスの楽曲であり、なのにワルツフォーデビーが入っていなかったり、ピアノトリオではなかったり、親しみにくいところがありますが、エバンスの音楽性の本当の意味でのトリビュートになっています。アルバム最後の「チルドレンズ・プレイ・ソング」は、美しいの一言で、後期のビル・エバンスが失った、優しさと美しさがあります。このアルバムを聴くと、あの、一般的に黄金期と言われるトリオは、その音楽の構造的な関係において、ポール・モチアンが率いていたと、確信してしまうのです。

■逆三角形の頂点としてのポール・モチアン

Motian1  ポール・モチアンのドラミングは、モチアン以降のドラマーのドラミングと比較すると、かなりオーソドックスです。繊細でなめらかなブラシワークを基調とし、モダンにスイングする、いわゆる「気持ちのいい」ドラミングだと言えます。『Waltz for Debby』をドラムだけに集中して聴いてみてください。インタープレイ、三者対等の同時進行的インプロビゼーションという言葉とは裏腹に、そこには暴れるベースと試行錯誤するピアノを注意深く聴きながら、絶妙な感覚とテクニックでまとめ上げるひとりの音楽家がいるはずです。

 モチアン以降、ベーシストのみならず、ドラマーもすべて、スコット・ラファロの幻影にとりつかれて、インタープレイであろう、三者対等の同時進行的インプロビゼーションであろうとする、アバンギャルドな指向性が見られます。そして、かなり厳しい見方をすると、その多くが消化不良を感じます。

 スコット・ラファロ、ポール・モチアンとのトリオで、インタープレイ、三者対等の同時進行的インプロビゼーションというコンセプトが確立されました。しかし、そのコンセプトが達成したと思われたあの芸術的達成は、じつは、厳密には、二者の同時進行的インプロビゼーションと、それをまとめるドラマーによるものであると言えるのではないかと思います。

 あの黄金期のビル・エバンス・トリオは、エバンス、ラファロの二者関係と、その逆三角形の頂点としてのモチアンという音楽的な構造を持ったトリオであったのだと思うのです。なかば、この音楽的達成は伝説化しているから、そう言う人はあまりいないようですが、私は、エバンスのこだわり続けたピアノトリオの形式を歴史的に俯瞰したとき、どうしてもそういうふうに結論づけざる得ないように感じるのです。

 このトリオによって、できあがったコンセプトは、ラファロ亡きあと、多くのベーシスト、そして、ドラマーまでもを苦しめます。そして何よりも、ピアニストのビル・エバンス自身を苦しめるのです。あの後、エバンスは、麻薬によって精神と身体はボロボロであったといいます。プライベートにおいても、かなり問題があったといいます。この時期のビル・エバンス・トリオは、文字通り、エバンスのリーダーグループだと言えます。そういう意味では、演奏は安定しています。

 そんな中、エバンスは、ラファロではない新しい才能を見つけるのです。それは、ベーシストのエディ・ゴメス。彼のベースに、ラファロの幻影は見えません。そこにあるのは、スコット・ラファロという生身の人間の感性が昇華されたコンセプト化した「インタープレイ」です。そして、そのコンセプトに純粋に魅了されたその若いベーシストは、自らの言葉で饒舌すぎるほど饒舌に語り始めるのです。
 
『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(9)に続きます

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2007年7月30日 (月)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(7)

■エバンス、ラファロ、モチアンのトリオ誕生まで

 マイルスグループから独立した後、ビルエバンスはピアノトリオを結成させます。いよいよ、ジミーギャリソン、ケニーデニスとのトリオで本格的にライブ活動を開始します。杉田宏樹さんの『ピアノ・トリオ固執の最大成果〜ポートレイト・イン・ジャズを読む』(ジャズ批評別冊「ビル・エヴァンス」所有)によると、ほとんど客が集まらなかったそうです。たった3週間でドラマーが4人、ベーシストが7人も変更されてしまいます。

1961_2 そんな中、ビルエバンスは当時23歳の若きベーシストであるスコットラファロと会うのです。はっきりとした資料はありませんが、たぶんオーディションだと思います。ラファロの演奏は、チェットベイカー・グループで聴いていて(エバンス自身、かつてチェットベイカーのサイドメンでした)、エバンスは喜んで彼を迎え入れたそうです。ドラムは、クラリネット奏者のトニースコットのグループや、ヴァイブ奏者のエディコスタ、ボーカル&トランペット奏者のドンエリオットなどで共演した旧友、ポールモチアン。1959年、エバンス30歳のときのことです。

 3者対等の同時進行的インプロビゼイションの手法は、このラファロとの出会い、そして、旧知の友モチアンとの再会によって始まります。私たちは、ビルエバンスの生涯の音楽を俯瞰できる、リスナーという特権的な立場で見ていますが、実際は、ビレッジバンガードライブ録音の2枚(『Waltz for Debby』(参照・試聴)『Sunday at the Village Vanguard』(参照・試聴)の雰囲気を聴いてみても、それほど注目されていたわけではないようです。

 実際、意気投合したトリオは、チェットベイカーのオーディションに再度出かけたりしてようで、ラファロ同様、エバンス自身もまだ無限の可能性を秘めた若きジャズピアニストにしかすぎなかったのでしょう。(ちなみに、このトリオでの初アルバム『PORTRAIT IN JAZZ』(参照・試聴)の2年前、ラファロは『THE LEGENDARY OF SCOTT LAFARO』という名のアルバムを録音しています。しかし、それが商業ベースで録音されたものか、彼の死後にその録音に発掘され販売されたものかは今のところ不明です。)

■スコットラファロがなぜ伝説のベーシストになったのか

 このトリオでの録音はわずか4枚しか残されていません。まずはこのトリオのファーストスタジオ録音アルバム『PORTRAIT IN JAZZ』(1959年)。2枚目のスタジオ録音アルバム、『Explorations』(1962年,参照・試聴)。そして、1961年6月25日のNYビレッジバンガードのライブ録音『Waltz for Debby』『Sunday at the Village Vanguard』です。

 そのうち、『Sunday at the Village Vanguard』は、スコットラファロの急死にともない追悼として急遽発売されたものです。ビレッジバンガードのライブが終わってわずか13日後の7月6日に、自動車事故で急死するのですね。両親が住むNY北方ジニーヴァに向かって車を走らせていたとき、途中で方向を誤り、木に激突。即死だったそうです。(参考資料『ビル・エヴァンスージャズ・ピアニストの肖像』(参照)ペーター・ペッティンガー著 相川京子訳)

 この話は、ジャズ界では有名な悲劇ですから、ここではあまり深く論じることはしません。けれども、それが運命だとすれば、あまりにも残酷だと思うのです。エバンスは、その時点で、麻薬に溺れていました。なのに、あの美しい演奏を残せたことに芸術の魔力を感じますが、その彼の唯一のよりどころであったラファロの才能を失い、彼の絶望を思うと言葉を失います。

 エバンスはその2年後、ピアノの一人多重録音による『自己との対話』でグラミー賞を獲得します。ジャズ興行界で彼を名実ともに大スターにしたのは、じつはこの奇怪なソロピアノアルバムなのです。彼が33歳のときのことです。あまりにも皮肉です。彼は、インタビューの中で、こう語っています。
 
 『あのトリオ(ラファロ、モチアンのトリオ=管理人注)の特徴は、共通した目的と可能性を感じていたことだった。われわれが演奏するにつれて音楽は発展し、実際の演奏を通じて形になっていった。信頼のおける形で結果を得るのが目的だった、もちろん、リード楽器だったので、私が演奏を整頓した形になったかもしれないが、独裁者になるつもりはなかった。もし音楽自体が応答を引き出せないのなら、それには興味がない。スコットとポールの両者に出会えたことが、私の経験に一番の影響を与えたと思う、あの日レコーディングした内容に感謝している。
 あれがスコットに会った最後で、一緒に演奏した最後でもあった。ある特定の突出したミュージシャンの演奏に依存する部分が多いコンセプトを発展させてしまったら、その人物がいなくなってしまった時はどうやってふたたび演奏し始めればいいのだろう?』(『ビル・エヴァンスージャズ・ピアニストの肖像』ペーター・ペッティンガー著 相川京子訳)
 
 ここで彼は「ある特定の突出したミュージシャンの演奏に依存する部分が多いコンセプト」と言っています。それは、「3者対等の同時進行的インプロビゼイションの手法」です。そのコンセプトは、ベーシストの突出した才能が必要だった。そこに、ビルエバンスが求め続けた「永遠の三角形」の可能性とその限界を見る鍵があると思うのです。それは、人間という生き物が持つ「関係」の可能性とその限界(ではないかもしれないけれど)を示すものだと、私は思うのです。
 
『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(8)に続きます

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2007年7月28日 (土)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(6)

■現代ジャズベースの基礎を開いたピアニスト

 ジャズに限らず、ロックでも何でも、ベースを弾く人は、エバンスは好きだろうなと思います。ロック好きで、ジャズなんてたるくて聴いてらんねえ、というベースマンの方、だまされたと思って一度ビルエバンスを聴いてみてください。きっと、えっ、と思いますよ。

 エバンスというピアニストは、現代ジャズピアノの基礎を開いた人になっています。バークリー音楽院(世界的に有名なジャズの大学)のメソッドは、エバンスの奏法が基礎になっているそうです。でも、同時にエバンスは、現代ジャズベースの基礎を開いた人とも言えるのではないでしょうか。ベースという楽器が、リズムセクションを支える楽器という呪縛から自由になったのは、ビルエバンストリオ以降なのですから。

Scottlafaro 当時23歳だった若きベーシスト、スコットラファロ。伝説のベーシストです。なぜ伝説と呼ばれるかは、後述しますが、彼との出会いがなければ、ビルエバンストリオの音楽はもしかするとなかったのかもしれません。

 エバンスは「彼は素晴らしいベース奏者であり、また才能の持ち主だった。しかもその才能が吹き上げる油井のように湧きこぼれていた。……まるで乗り手を振り落とそうとするあばれ馬だった」とラファロを評しています。そのあばれ馬のような才能の暴走ぶりは、わかりやすいところでは、『Waltz for Debby』(参照・試聴)の「Miles Tone」で聴くことができます。

■ベーシスト「ラファロ」の等身大の姿

 若さ故の未熟さも含めて、この曲を聴くと等身大のラファロが見えてくるんですが、どうでしょう。指が先に動いて、頭がついていけなくなって、構成力を失って訳がわからなくなってしまう、そんな感じがありありと感じられて、実際にベースを弾いたことがある人なら脂汗がじわっと滲んでくるようなリアルな演奏です。

 もちろん格好いいんですよ。このリズム感覚が1961年にあったということが驚きです。これ、ジャズの4ビートが苦手なロック派の人に聴いてほしいです。すごくモダンなビート感です。(たまたまこれを読んだロック好きの方がいらっしゃいましたら、試聴を聴いた感想をくださいませ。すごく興味あります。)

 でも、この演奏、なんか気持ちが苦しくなるんですね。曲が終わったときにちょっと聞こえる客の嘲笑。なんであんな意地悪な編集するんですかね。あれ、どう考えても消化不良の演奏を聴いたときの客の反応ですよね。ちなみに、ビルエバンスはこのNYビレッジバンガードの演奏は、あまり気に入ってなかったそうです。彼にとっては改善の余地ばかりだったんでしょう。それが、エバンスの代表作になってしまうんですから、歴史はある意味で残酷なもんですよね。

 スコットラファロ(Scott Lafaro)は、1936年生まれで、1957年に初レコーディング。1959年には『ダウン・ビート』誌のクリティック・ポール新人賞。いま、私の持っている文献を調べているのですが、現在、これくらいしかわかりません。ウィキペディアにも載っていないようです。たしか、ラファロの全録音が収録されたトリビュートアルバムが出ているはずですが、現在手元にありません。
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 写真は、彼がニューポートジャズフェスティバルに出演したときのもののようです。カラー写真はめずらしいですね。Ed Dephoureさんが撮影。そのホームページにいろいろと記述されていましたが、英語以外の言語で書かれていたのでわかりませんでした。(この部分はわかり次第、また別の機会に。)

 ラファロのベースの音って、すごく軽いんですよね。よくギターライクと言われたりします。もちろん、当時の録音の限界もあるかと思いますが、それでも、軽快でアコースティックな音です。ベースという楽器が不思議なもので、弾く人でかなり音が変わるんですよね。私の場合は、ちょっと粘り気のある音が出るようで、地を這うようなグーンという感じの音になります。大学のとき、エレベは、フレットレスのフェンダージャズベを持っていたのですが、それを他のベーシストに貸したとき、彼は、アタック音がはっきりした音を出したのでびっくりしました。

 でも、写真を見てもわかるし、ラファロはかなり弦高が高いようですね。弦の硬さはきっとやわらかめだと思います。なので、弦の振幅が激しくなり、あの軽快な音が出ているのでは、と推測するのですがどうなんでしょう。

■ラファロとの出会いでエバンスが確信したもの

 その「あばれ馬」のような才能と出会ったとき、エバンスは当時のスターピアニストであるバドを頂点として形成されるハードバップという大気圏から離脱できると確信したんだろうと思います。たぶんエバンスの頭の中には、リーダーアルバムに『New Jazz Conceotions』と名付けるくらいですから、三者対等のピアノトリオ音楽の手法はあったと思うんですね。

 マイルスとの音楽的実験を経て、ついに、この若き天才ベーシストと出会う。そのとき、エバンスの中には、いける、という頭の中でバチッと火花が走るような感覚があったと思うのです。モチアン、ラファロとのトリオの最初のアルバム『PORTRAIT IN JAZZ』(1959年,参照・試聴)にはその片鱗を聴くことができます。しかし、まだこの時点では新感覚のバップという感じです。

 このトリオはNYを中心に、かなり多くのライブをこなしていたと聞きます。その中で、エバンスの中にあるアイデアはどんどん肉付けされ、具体化していったのだと思います。毎日が、きっと、これはいけるかもしれないという創造的な興奮だったのでしょう。後に、ビレッジバンガードのライブがあった日々のことを、ドラマーのポールモチアンが回想したのですが、そこに興味深いエピソードがあります。

 あの『Waltz for Debby』『Sunday at the Village Vanguard』の2枚が録音されたライブ。その直前まで、エバンスとラファロは互いの演奏についてすごい剣幕で口論していたそうです。はたから見ても、すごく険悪な雰囲気だったそうなんですね。そのトリオが、ライブでは、あのリリカルで素晴らしい音楽をつくるのです。芸術というものの本質がここにあるような気がします。

 そして、私には、このエピソードからも、このモチアン、ラファロのトリオが持っている三角形の構造を感じられるのです。それは、モチアンを頂点とし、二等辺のふたつの点がエバンスとラファロで結ばれる、逆立した三角形の構造です。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(7)に続きます

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2007年7月16日 (月)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(5)

Conceptionsビルエバンスの初リーダー作は、1956年の『New Jazz Conceptions』参照・試聴です。エバンス27歳の作で、ベースがテディコチック、ドラムがポールモチアン。この演奏を聴くと、当時のほとんどすべてのジャズピアニストがそうであったように、エバンスもまたバドパウエルの影響下にあったことが、はっきりと感じられます。ベースも、4ビートのランニングが多く、モチアンもジャンプ感のあるハードバップ的なドラミングです。

1940年代にチャーリーパーカーを中心に起こされた、新しいジャズスタイルであるビ・バップ。諸説ありますが、ビ・バップとは、当時のジャズの中心スタイルだったビッグバンドのグルーブ感、重厚感を、ライブハウスのような狭い空間の中で成立する少人数のグループで可能にしたスタイルで、ビックバンドの音の重厚感の変わりに、音数が多く疾走感のあるアドリブを持ってくることで、ビッグバンドとは別の音楽的なクオリティを作り出していきました。そして、天才的ソロサックスプレーヤーであるチャーリーパーカーの才能に負ったビ・バップのスタイルは、瞬く間にニューヨークのジャズ界を席巻していったのです。

そのムーブメントの中で、天才ソロピアニスト、バドパウエルが登場します。彼もまた、当時では超絶的であった疾走感のあるピアノソロでスターになっていきます。今日のモダンジャズの基礎は、この二人の天才によって作られたといっても過言ではありません。グルーブ、スウィング、ファンキー、ジャンプと言った、半ば禅問答のような感覚的な概念は、この二人の演奏が持つ感覚をベースにしています。言ってみれば、この二人が生み出した音楽的な感覚が、これらの言葉の原器になっているのです。

当然ながら、このようなバップ的なグループ編成においては、必然的に、ソリストの超絶的なアドリブソロを引き出すためにすべてが構成されます。ドラム、ベースといったリズム隊は、いわゆるソリストがその音楽的創造性を表出しやすい音楽的環境を生み出すことに専念することになりました。

Topそんな中で、最高の音楽的環境を生み出せる天才ドラマーやベーシストは、その独自の音楽的才能を、ソリストとして表現するために、リーダーアルバムをつくりだしていきます。例えば、ポールチェンバースの『Bass on Top』参照・試聴。このアルバムは、ジャズベースを志す人なら一度は聴くほど面白く、日頃ジャムセッションで延々と4ビートのランニングを弾かされ続けるベーシストにとって、とてつもない爽快感をもたらしてくれます。なにせ、ベースが主役なんですから。もう、全編、ベースソロだらけなんです。ベースが歌う歌う。そこのけ、そこのけ、ベースが通るです。

でも、このバップ期においては、この『Bass on Top』さえも、ソリストとリズム隊というグループ編成の原則の例外ではありません。要は、バドパウエルの変わりに、ベーシストのポールチェンバースがソロを担当しているだけなのです。ピアノ、ベース、ドラムのトリオに限定して論を進めますが、トリオの構図として、やはりこの『Bass on Top』も逆立した1:2なのですね。

エバンスの発のリーダー作『New Jazz Conceptions』においても、それは同じです。1:2のトリオなのですね。新しいジャズのコンセプション、というアルバム名ではありますが、それは、この段階では、彼が生涯固執し続けた3者が対等の関係性は見ることはできません。どちらかと言えば、そこに見られるのは、斬新なヴォイジングだったり、スタンダード曲の新しい解釈だったり、主にピアニストとしての新しいコンセプションなのです。

このアルバムは、発売1年たって約800枚しか売れなかったそうです。その後、彼は前衛的ジャズコンポーザーであり理論家であるジョージ・ラッセルの音楽を吸収し、1958年、マイルスデイビスグループに参加します。マイルスも、エバンスとは別の形で、脱バップの方向性を探っていたジャズプレイヤーでした。しかも、マイルスは当時、当時の若いエバンスとは比べものにならないくらいの大スターでした。しかも、マイルスにとっても、白人の無名に近いピアニストの起用は、白人社会の裏返しとして生まれた黒人中心主義の当時のジャズ界ではすごく勇気のいる行為だったと言います。

しかし、エバンスと同じように前衛的な理論家であったジョージラッセルの影響を受けながら、脱バップの方向を探っていたマイルスにとって、エバンスとの共同作業は必然だったのかもしれません。マイルスは、エバンスと一緒に音楽を作る中で、その後のマイルスの音楽、エバンスの音楽、それ以上に、その後のジャズを語る上で欠かせない「モード手法」を形成していきます。

モード手法は、簡単な説明しかできませんが、これまでの長調、短調といった古典的西洋音階の調性と、その調性が必然的に内包するコード展開に対して、それとは別の調性を持ってくることで、既成の調性とコード展開の持つ権力的とも言える支配を無効化し、もっと音楽を自由にしようという試みです。音楽の理論にはあまり造詣がないので、大ざっぱなことしか言えませんが、ちょと私なりに説明していきます。

例えば、ハ長調はドレミファソラシドですね。その調性は、例外なくコード展開の法則を持っていますよね。音楽が始まるときと終わるときは、かならずドミソだとか。そのドミソは、ドファラに行きたがって、ドファラは、シレソに行きたがって、シレソはドミソに行きたがる、みたいな引力を和音は持ちますよね。トニック、サブドミナント、ドミナントと言いますが、そういう和音の順列を調性そのものが持ってしまいます。これは、その中のコードを分解していっても、この順列構造自体はかわることがありません。

また、長調は元気で明るく、単調は悲しく暗い、という性格を調性は持っています。この2つの調しか選択肢がない限り、どれだけ作曲で感情のバリエーションをつくろうとも、その感情のベースである長調、短調からは絶対に逃れることはできませんよね。そこから別の調性を手にすることで、西洋音楽の感情表現の支配から自由になろう、という取り組みが「モード」なのです。

ジャズでよく使われるのは、ラシドレミフォソラという音階のドリアンという調性です。非常に不安定でとらえどころのない音階で、長調でも短調でもない感覚があります。このドリアンをつかって曲を書くというのが、大ざっぱに言えば、ジャズにおけるモード手法です。しかも、ここに十二音階的な旋律手法が取り込まれて、ほとんど古典的な和音構成は持ち込まれません。

1958Kindこのマイルスとエバンスの共演は、1958年『ジャズ・トラック』(日本版タイトル『1958マイルス』(参照・試聴と1959年『カインド・オブ・ブルー』参照・試聴で聴くことができます。ちなみに、このモード手法を発展させていったのは、エバンスと同時期にマイルスグループに在籍したジョンコルトレーンです。彼は、モードを吸収以降、練習のとき、ラシドレミフォソラをただひたすら吹き続けたといいます。モードを語るとき、西洋音楽の和音中心主義に対する、旋律からの異議申し立てと言われることがありますが、このエピソードは、このことをよく物語っていますね。

少々、話がそれてしまいましたが、エバンスにとって、マイルスとの出会いが、彼の新しいピアノトリオの芸術にとって分岐点になったことは間違いはないでしょう。このマイルス体験があったのち、独立した彼は、自身のトリオのメンバーを変更していくなかで、当時23歳だった若きベーススト、スコットラファロと出会うのです。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(6)に続きます

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2007年7月11日 (水)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(4)

アメリカのジャズライター、マーチンウィリアムスは『HOMAGE TO BILL EVANS』の中で、こう書いています。

 『トリオが結成されつつある頃(管理人注:ラファロ、モチアンとのトリオ)、エバンスはトリオに対する抱負を次のように語っている、「一人が出て吹き終わって、また一人が出て吹くみたいなものよりも、同時進行的な即興の方向が成長していけたら、と思うんだ。例えばベース奏者が、あるアイデアが自分の中に湧いてきた時に、どうして黙って4ビートのバックグラウンドを奏で続けていかなければならないか。僕が一緒に仕事したいと思うような人たちは、すでに普通のプレイは勉強してきているから、僕たちにはそれを変えられる資格はあると思うんだ。要するに、クラシックの曲だって、ソロになるまでずっと停滞して動かないパートというのはないんだ。ある一声が徐々に大きく聴こえてきて、しまいにワッと全面に出ると言ったような、移行部や展開部があるだろう」。』(小川さち子訳)

このビルエバンスの発言の中に、インタープレイの萌芽が見られるのは言うまでもありません。でも、ビルエバンス以降のジャズを体験している、現代の私たちから見て、なるほどそうか、とあらためて思わせるのは、その着想がクラシックのオーケストレーションがあったこと、そして、「僕たちにはそれを変えられる資格はあると思うんだ」という発言に見られる、彼のやろうとしている新しい演奏に対するジャズ界の抵抗感の雰囲気です。

こういう新しい潮流は、同時に出現するのが常で、たとえば同時期のピアニストであるドンフリードマンなんかも、エバンスと同じような方法で演奏したトリオの録音を残しています。しかし、当時のスターであったマイルスデイビスのクインテットを経験し、マイルス的なある意味、すべてがマイルスの美学によって統率された音楽を通過した彼にとって、彼がやろうとしていることの大胆さは自覚していたであろうことは想像に難くありません。

けれども、ここで私が注目したいのは、この同時進行的な即興の方向性が、旋律を奏でるもう一つの楽器であるベースに対して語られていることです。ここで、三者対等という概念は出てきません。ここにあるのは、即興芸術であるジャズの芸術の極限化のための各パートの最適化であり、それは彼が「彼は素晴らしいベース奏者であり、また才能の持ち主だった。しかもその才能が吹き上げる油井のように湧きこぼれていた。……まるで乗り手を振り落とそうとするあばれ馬だった」と語る、スコットラファロの才能が担保する着想であったことです。

Waltzfodebby『Waltz for Debby』参照・試聴では、その着想の具現化を聴くことができます。その表題曲「Waltz for Debby」では前奏は、クラシックのようにきちんとオーケストレートされたピアノとベースのアンサンブルでテーマが奏でられ、そのテーマが繰り返される瞬間、ポールモチアンのブラシドラムが入ってきます。その2回目のテーマでは、自在な旋律を奏でるのは、ベースのスコットラファロなのです。

そして、エバンスのソロが始まる頃には、ラファロはまさに自由自在に旋律を踊らせます。そのソロの2巡目からは、まるでベースのソロを縫うようにピアノが絡んでいくのです。そのベースラインは非常に不安定で、そのベースの旋律を縫うように展開されるピアノも同じようにとらえどころがありません。そのためか、このライブ録音では、エバンスが後期で多用する、タッタラッタッタ、タッタラタッタという独特シンコペーションがあまり見られません。

この不安定な旋律の絡み合いを見事にまとめきっているのが、ポールモチアンの安定感のあるドラミングです。このアルバムをよく聴くと、意外なほど、モチアンのドラミングは正統派なのです。4ビートに対して、16のビート感を内包する、音が伸びないピアノという楽器の持つ独自性を知り尽くした巧みなドラミングが、トリオの音楽を包み、不安定な二者の緊張感を、トリオによる同時進行的な即興芸術へと見事に昇華しています。

もしモチアンがこのトリオにいなかったら、このアルバムは、世界中の多くの人にこれだけ聴き込まれる名盤になっていたでしょうか。もし、モチアンが、フリーライクな、自由自在なドラミングを主張していたとしたら、この演奏がこれほど芸術的に価値あるもの足り得たでしょうか。

私は、このアルバムを聴いて、思います。じつは、このエバンスの着想をいちばん理解していたのは、エバンス本人ではなく、モチアンだったのではないか、と。そして、モチアンは、同時にわかっていたはずです。エバンスが夢想する、同時進行的な即興の方向性にも、それが現時点で芸術足りうるには、オーケストラに指揮者と楽譜があるように、やはり、ハードバップ期のジャズが求めたものとは性質が違いこそすれ、トリオをまとめるリーダーが必要なこと。

三者対等のインタープレイと言われるビルエバンストリオの音楽。しかし、この『Waltz for Debby』の段階では、厳密に言えば2:1の関係がそこに見られます。しかし、この関係は、ハードバップ期の関係、つまり1:2の関係とは逆立ちした関係なのです。まずは、ハードバップ期の関係を逆立ちさせること。そこから、エバンスの「永遠の三角形」は動き始めるのです。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(5)に続きます

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2007年7月10日 (火)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(3)

まったくビルエバンスの音楽に関係のない話しから始めることにします。仏教で行われる修行のひとつである托鉢(たくはつ)は、禅宗では大抵三人ひと組で行われるそうです。これは、禅宗のとあるお坊さんに聞いた話なので、真偽のほどはわかりませんが、そのお坊さん曰く、二人でも駄目で、四人でも駄目だそうです。一人で托鉢をしているのは、まったくの邪道で、あれは乞食と同じなんですわ、というようなことを言っていました。

関西のお坊さんなので、話し方が落語家みたいでくだけたところがありましたが、一人だと自分の心を律することができず、二人だと連んで怠けるし、四人だと二人と二人のグループに分かれてしまい、結局、二人と同じことになるそうです。だから、托鉢における乞食行(こじつぎょう)は三人で行わなければならないということらしいです。

これをジャズの編成に置き換えると、ソロ、デュオ、トリオ、カルテットになります。ジャズを仏教の行と重ね合わせるのは何ですが、編成におけるトリオの特殊性が見えてくるような気がします。但し、これは編成を構成するミュージシャンがすべて対等であるという条件がつきます。多くは、強力なリーダーのもとに編成されるのが、ハードバップ期のジャズにおけるグループのあり方です。

それは、トリオにおいても例外ではなく、バドパウエルのトリオにしても、モンクのトリオにしても、ピアニストというソリストに対して、ベースとドラムのリズム隊という1:2の関係です。つまりリーダーが率いるグループなのです。

ソロとデュオについては、またの機会に考察しますが、要するに、ミュージシャンがそれぞれ対等であると仮定した場合、その完全に対等な関係を、関係として成立させることができるのは、人間の緊張関係の限界を考えると、ほぼトリオという形式しかない、と言えるかもしれません。

Trioビルエバンスは、ビルエバンストリオというリーダーの名前を関したグループ名ではありますが、音楽表現において三者が完全に対等であるような関係を、その到達すべき理想とした音楽家であったと私は思うのです。ビルエバンスフォロアーであり、彼の目指したインタープレイの理想を追求するピアニスト、キースジャレットが、ゲーリーピーコック、ジャックディジョネットとのトリオに、自身の名を冠せずに「Standards」としたことからも容易に想像できます。この認識は、独創でもなく、なかば常識ですが。

しかし、ビルエバンスの生涯の音楽活動を俯瞰できる、現代のリスナーという特権的な立場でその音楽を聴くと、そこには、三者対等という理想を追求するにもかかわらず、追求し、その手が届きそうな瞬間に、いつも挫折を強いられる、まるで永遠に悟りを開くことを許されない修行僧のような、悲壮な姿をそこに見てしまうのです。

ビルエバンスの音楽の美は、三者対等という理想を追求するものの挫折を強いられ、けれども探求を止めず、動き続けることで三角形であり続ける、その運動の中にあると思うのです。動き続けることによってしか維持できない三角形。それが、ビルエバンスの音楽における「永遠の三角形」であると私は考えるのです。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(4)に続きます

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2007年7月 9日 (月)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(2)

Billevans_1ビルエバンスというジャズマンは、人物的には面白みに欠ける人だったようです。ジャズの世界には、マイルスやバード、コルトレーンのように、個性豊かで、悪く言えばアクが強い人物は数多くいますが、ビルエバンスはキャラクターとしてはいまいちエピソードに欠けるような気がします。

NHKで放送していた「ビルエバンスの奇跡」というドキュメンタリーを見ても、ビデオで出ているライブ(b=マーク・ジョンソン、d=ジョー・ラバーバラ)を見ても、大学のホールにもかかわらず、音響にステージ上で文句をつける、気むずかしいおじさんという感じです。だからといって、エバンスは、ロンカーターやハービーハンコックみたいに、禁欲的で生真面目でもなく、絶えず薬と縁がありましたし、彼が生きた51年を振り返ると、絶えず破滅と再生の繰り返しの人生だったようです。

いわゆる上の写真のような、オールバックでタバコをくわえた繊細な感じは、彼の音楽をよく表していると思いますが、ちょっと生身の彼の本質とは違うような気がします。でも、この写真、かっこいいですね。Piano彼の音楽の一般的な印象は、この写真と、まるでピアノと融合しようとしているかのような、前屈みの演奏の姿が映された写真(左)が決定したような気がします。クラシック好きの女性が好みそうな、内省的で、きれいで、知的で、印象派的な、といった。

でも、彼の音楽を内向的で内省的な、繊細な音楽と捉えると、本質を見失うような気がします。有名なスコットラファロとポールモチアンの『Waltz for Debby』にしても、中期の傑作であるエディゴメスとジャックディジョネットの『モントルージャズフェスティバルのビルエバンス』にしても、晩年期のマークジョンソンとジョーラバーバラの『The Pari Concert』にしても、かなり攻撃的で緊張感にあふれた音楽がそこにあります。

彼はずっとトリオという形式にこだわり続けました。元リバーサイドレーベルのプロデューサーであるオリンキープニュース曰く「マイルス・デイビスのセクステットを、1958年の昔に抜けてからは、トリオ以上のフォーマットで演奏することは、まずほとんどなかった」ピアニストです。しかも、そのメンバーは固定されていて、同じメンバーでトリオを長く続けることが常でした。

それは、いわゆる関係性の音楽という言い方ができるかもしれません。社会的な関係性を構成する最小単位は、三者関係です。二者関係は、いわゆる恋愛などの領域で、吉本隆明が対幻想と呼んだ領域であり、それはやはり区別すべきだと思います。私は、この対幻想を関係性の原初の形だとは考えません。吉本が「関係の絶対性」と呼んだ関係は、明らかに三者関係を念頭に置いていたはずだと、私は考えます。仮にその論を保留するとすれば、三者関係の音楽と言っても差し支えはありませんが。

彼のトリオで言えば、およそ3つの時期に分けられると思います。まずは、初期のスコットラファロとポールモチアンの時代。そして、中期の、エディゴメスとマーティーモレルの時代。そして、晩年まで続く後期の、マークジョンソンとジョーラバーバラの時代です。かなり大ざっぱな分類の仕方かもしれませんが、関係性という軸でトリオの芸術表現の特色を見た場合、この分類でいいのではないかと思います。チャックイスラエルとラリーバンカーの時代をここに加えていなかったりするのは、意図はありませんが、関係性という観点で言えば、過渡期であると考えて良いのではないかと思います。

また、中期において重要な意味合いを持っているのは、前述のジャックディジョネットとエディゴメスのトリオですが、その3人での演奏が残っているのは『モントルージャズフェスティバルのビルエバンス』の1枚のみです。ですから、中期のトリオは、エディゴメスとマーティーモレルのトリオであると規定します。しかし、関係性という軸で言えば、このドラマーのジャックディジョネットとの演奏が非常に重要な意味を持っています。私が「永遠の三角形」と呼ぶのは、このエディゴメスとジャックディジョネットのトリオの演奏であるのです。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(3)に続きます

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2007年6月22日 (金)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(1)

Billevansビルエバンスというジャズピアニストをご存知ですか。私は、彼の音楽が大好きです。好きな音楽は、と聞かれたら、迷わず、オフコースとビル・エバンス!というくらい聴き込みました。はじめて聴いたのは、大学の時でした。

私は、高校の頃から、下手くそながら、ギターとピアノを我流でやっておりまして、やがて当時流行っていたフュージョンにはまりまして、カシオペアやら、スクエアやら、ナニワエクスプレスやら、プリズムやらに夢中になって、小学校時代からの友人と、多重録音でオリジナル曲つくったりしてたんですね。

ちなみに、多重録音と言っても、いまと違って、ダブルカセットで音を聞きながらダビングを重ねていく方法でした。まずは、調律の変えられないキーボードとリズムマシン、そしてベースを、二人で同時録音。リズムマシンも足の指でスイッチオンしてました。で、その録音テープを流しながら、それにあわせてギターなどを録音する、という流れなんです。カセットテープなので、音が微妙に狂うので、ラジカセから流れてくるキーボードのA音にあわせてギターを調律し、エレキギターとアコースティックギターを重ねていくというとんでもなく原始的な方法でした。時代ですね。

そんな内弁慶のアマチュアミュージシャンの私が、やがて中央大学に入学して、大学でも音楽やりたいなあ、と思い、中大モダンジャズ研究会に入ったのです。その頃は、まったくジャズなんか聴いたこともなければ、興味もなかったのですが、なんとなく波長があったのか、まあ成り行きでした。(中大ジャズ研のみなさん、お元気ですか。なにわです。私も、なんとか元気にやってます。)

入ってみて、ジャズを聴いてみたんです。良さがまったく分からないわけですよ。困ったなあ、と思いました。特に中大のモダンジャズ研究会はハードバップ一辺倒の雰囲気があり、ロリンズやら、バドパウエルやら、クール時代のマイルスやら、モンクやら、そんな感じだったんですね。モードとかフリーでさえ、だめ、みたいな感じで、ジャズ愛がなかった私は、なんか場違いなとこに来ちゃったなあ、と。

あの頃、バップ漬けの環境で、私の耳には、なんとなくバップというかジャズの中には、独特のコード(和音という意味ではなく文化的な共通ルールみたいな意味の)がある気がしたんですね。その言語が好きで、理解もできる人には心地良くても、その言語を理解できなかったり、とっつけなかったりする人にとっては、強烈な疎外感を感じさせる要因になるんです。落語や相撲などの伝統芸能の、とっつきにくさに似た感じです。つまり、閉鎖的な感じがしたんです。今はそんなでもないし、ロリンズも好きですが、当時はすっごく閉鎖的な感じがしました。

そんな中、あっ、これ分かる、すごく好き、と思えたのが、ビルエバンストリオの『ワルツ・フォー・デビー』というアルバムでした。ビル・エバンス(1929-1980)は、プロデビューはじめの頃は、かなりバドパウエルの影響が色濃く感じられる、ハードバップ色の強い演奏でしたが、あの有名なベースのスコット・ラファロ、ドラムのポール・モチアンとのピアノトリオを結成し頃から、バドの引力から抜け出すんですね。

このアルバムは、NYのビレッジバンガードのライブなのですが、エバンス、ラファロ、モチアンのトリオの最後のアルバムでもあります。それから数日後、スコット・ラファロが交通事故で亡くなるのです。

このアルバムの彼らの演奏は、今までのジャズとは決定的に違うことがあります。それは「インタープレイ」です。これまでのジャズは、ドラム、ベース、場合によってはギターというリズムセクションが「スィング」と呼ばれるジャズのグルーブを作りだし、ソリストであるサックスやトランペット、あるいはピアノトリオの場合はピアノが、自在にアドリブの創造性を発揮するというものでした。リズム隊とリードがはっきりと分かれていたんですね。

それに対して、このインタープレイは、この明確な区分けを無効化しました。ピアノトリオを例にとると、ピアノ、ベース、ドラムが三者対等で、そのそれぞれがそれぞれの音を聞きながら、直観によってひとつのサウンドを作り上げようとする考え方で、そのプレイの呼応の仕方は、これまでのハードバップにおける「コール&レスポンス」とは全く違う考え方でした。

コール&レスポンスが「ああしたから、こう返す」という反射神経的なコミュニケーションであるのに対し、インタープレイは「あうんの呼吸」的な直観的なコミュニケーションなのです。この手の禅問答的な話になると、大阪人の私は、でもほんまかいな、ちょっとさあ、そのインタープレイって考え方、胡散臭いなあ、と思ってしまうんですが。でもね、このアルバムの音は、本当に、三者が、とくにベースとピアノが自由なんですね。4ビートのランニングベースを弾かないラファロと、逆に、ベースの音を縫うようにからみあうピアノの音、そんな自由かつ緊張感のある、あるいは、少しあやうく危なっかしい対話を、やさしく包んでひとつのビルエバンストリオのサウンドに仕立て上げているのです。

つまり、もうサウンドが、インタープレイなんです。ピアノトリオのそれぞれの点を三角形のそれぞれの点に準えて考えると、通常、バンドというものは、どれかの一点を頂点とする、二等辺三角形を形づくります。ロックのスリーピースバンドは分かりやすいですが、ギター&ボーカルが頂点の二等辺三角形ですね。バド・パウエルも、セロニアス・モンクも、ピアノを頂点とする二等辺三角形です。

でも、エバンス・トリオは、少なくともトリオとして、どの点も頂点にならない三角形を目指しているように、私には思えるのです。

点と直線で形づくられる面の最小単位である三角形は、非常に不安定です。椅子の足を考えても、三脚は不安定ですよね。昔、オート3輪という小型トラックがありましたが、よく転倒したそうです。要するに、すぐに線、つまり二項関係になりたがるのですね。これを逆の観点から、第三項排除という概念を援用して言えば、すべての三角形は、二項関係の硬直から第三項をつくりだすという、二等辺三角形であるとも言い切れるかもしれません。その見方では、正三角形は、仮想の円の中の三点が動いて形づくられる様々な二等辺三角形における、その一瞬の過程であると言えます。

例えば、いじめなどの社会的暴力の関係(これは国家的暴力も同じ構造だと思いますが)においては、頂点の一点は、二項関係の暴力的対立回避のために作り出された、あるいは排除した第三項と言うことができます。その逆位相では、ほんといやな意地悪なものの見方ではありますが、通常のピアノトリオは、ベースとドラムというリズムセクションという自由な音楽の創造性を禁じるとことでスィングというグルーブを生み出すことに特化された二項関係、つまり、ルサンチマンが無意識的にとけ込んだ職人的自意識の二項関係が排除した、第三項という見方もできます。

ビル・エバンスの頭の中に、三角形のイメージがあったかどうかはわかりません。けれども、彼の中には、これまでのジャズの伝統や形式である、ソリストとリズム隊の区別を壊さなければ、彼にとっては自身の芸術の次が見えない、という意識があったことは間違いがないと思います。

二等辺三角形、つまり、二項関係と排除された第三項という関係を拒絶するには、仮想の円を動く三点は、絶えず動き続けなければなりません。けれども、そこのことは可能なのか。それよりも何よりも、完全に対等な三角関係、つまり、私はこれを「永遠の三角形」は可能なのか。そして、ビル・エバンスは、その「永遠の三角形」をカタチにしたのか、それとも、やはりそれは不可能だったのか。

そんなうっとしいことを、エバンスの音楽を聴いて以来、考え続けてきました。あまり整理していないけど、見切り発車でノートというカタチにして書いていきます。急がず、じっくり、うだうだと書いていきますが、よろしくお願いします。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(2)に続きます

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